15:交易都市セントセレナ

 交易都市セントセレナは活気に満ちていた。


 道沿いの並木は綺麗に整えられ、水門に設置された魔導具により浄化された水が水路を流れている。

 青空の下で開かれた市場は人でごった返し、前に進むのも難しそうだ。


「凄い人ですね……」

 市場の端に立って唖然としていると、不意に影が落ちて視界が暗くなった。


 何事かと空を仰げば、その背中に大きな荷物を括りつけられたグリフォンが頭に赤い布を巻いた男性に操られながら空を飛んでいる。


「わあ! 見てくださいルカ様、グリフォンが人を乗せて空を飛んでいます!」


 グリフォンは馬と鳥を足して割ったような外見をしており、魔物にも関わらずいったん主と認めた人間には忠実で、性格も比較的穏やかなものが多い。


 人間だけではなく、亜人やエルフ、ドワーフといった様々な種族が集う交易都市では馬とグリフォンが主な交通手段になっているらしく、見回せば観光客や荷物を載せて空を飛ぶグリフォンがあちこちにいた。


「凄い! 魔物を調教して交通手段にするなんて、エメルナにはなかった発想です! 巫女姫様が国を守る結界を張っていますから、エメルナでは魔物がほとんどいないんですよ! とはいえ『ほとんど』なのでもちろん魔物はいますし、凶悪な魔物に結界を破られたりすることもあるんですが――わあ、あのドワーフ可愛い! ふわふわ! 許されるなら撫で回したい!! あっ、十字路で旅芸人が芸をしています!! 素晴らしい芸です!! なんであんなに激しく動いているのにボールを落とさないんでしょう!?」


 私は興奮のままにルカ様の腕を掴んで揺さぶった。


「向こうの屋台では頭から犬の耳を生やした小さな男の子の亜人が果物を売ってますね。売れたのが嬉しいんですね、揺れている尻尾がとっても可愛い! その隣で雑貨を売っている女性は東方から来られたんでしょうか、袖がゆったりした、変わった服を着ておられます。歩きながら焼き串を食べているのはエルフの親子ですよね? 意外です。エルフはもっと上品な種族だと思っていました。人と同じで、個人……この場合は個エルフ? によるのかもしれませんね――」


 息が続かなくなるまで早口でまくし立ててから、はっと我に返ってルカ様を見る。


 ルカ様は顔を逸らし、口を手で覆っていた。

 声には出していないけれど、肩の震えで笑っているのだとわかる。


「……すみません。つい浮かれてしまって……いまは非常事態なんですから、浮かれている場合ではありませんよね。行きましょう」


 ああ、穴があったら入りたい。

 身を縮めて市場から一本離れた通りに移動しようとしたら、ルカ様が私の腕を掴んで止めた。


「笑ってしまって悪かった。無邪気にはしゃぐ姿があまりに可愛くて」

「えっ」

 不意打ちでそんなことを言われたものだから、私の顔はますます赤くなった。


「時間のことならそこまで気にしなくていい。迎えのグリフォンが来るのは昼過ぎだ」

「グリフォンに乗れるんですか!?」

 紫の目を輝かせた私を見て、またルカ様が笑う。


「ああ。市場を歩いて昼食を摂る程度の余裕はある。兄上も『南の神殿から増援部隊が到着したから大丈夫、そこまで切迫した事態にはなってない。つかの間の観光を楽しんで』と言っていた」


 どうやら私が浮かれてはしゃぐのはノクス様にはお見通しだったようだ。


「行こう。立ち止まっている時間が惜しい」

 ルカ様は赤面している私に向かって手を差し出した。


「……手を繋いで良いんですか?」

 果たして王子様と手を繋いで往来を歩くのは許されることなのだろうか。


 しかもいまは二人きりなので、……何かとんでもない勘違いをされてしまうのでは?


「これだけの人だ。手を繋がないとはぐれるだろう? 嫌なら無理にとは言わない」

「嫌ではありません!!」

 ルカ様が手を引っ込めたため、私は慌ててその手を掴んだ。


「なら問題ないな」

 両手でしっかりとルカ様の手を握っている私を見て、彼は愉快そうに笑った。

 慌てるくらいなら最初から素直に手を取ればいいのに、と目が言っている。


「~~~~」

 勝負をしていたわけでもないのに、なんだか負けたような気分になりつつ、私はルカ様に手を引かれて歩き出した。


「体調はどうだ?」

 干物を売っている屋台を見ながら、ルカ様が言った。


「はい。おかげさまで、もうすっかり元気です」

「それは良かった。目覚めて三日で大変な仕事に付き合わせることになって、悪いな」

 ルカ様は長い睫毛を伏せた。

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