14:祈りを込めて、指輪をあなたに
◆ ◆ ◆
三日後、私とルカ様は通称『瞬きの扉』と呼ばれる転送用魔法陣の前にいた。
ここは王宮の北側、宮廷魔導士たちが暮らす『賢者の塔』の一階広間である。
魔法陣の周囲には最高位の魔導『師』であることを示す緋色のローブを着た五人の男女がいる。
彼らは転送先の魔法陣を指定するために複雑な装置を弄ったり、宙に浮かぶ七色のオーブに魔力を込めたりと、必要な準備をしてくれていた。
これから私たちが向かうのは交易都市セントセレナだ。
『瞬きの扉』はその維持に手間と費用がかかるため、国内の主要都市にしかない。
ディエン村に最も近い魔法陣がある場所がセントセレナなのだった。
「仮にも国の王子が危地に臨むというのに、同行者は私だけなんですね」
巫女の法衣を大胆に改造したような衣装を着た私は呟いた。
王宮に滞在したこの三日間でルカ様の立場はわかったつもりではいたのだけれど、改めて現実を知らされるとやはり信じがたい。
「護衛をつけるべきだと何度言っても父上は聞き入れてくださらなくてね……」
忙しい公務の間を縫って見送りに来てくださったノクス様は遠い目をした。
「大丈夫です。護衛は要りません。むしろ足手まといです。戦場を知らず、安全な場所で呑気に剣を振っているだけの貴族連中より俺の方が強い。兄上から頂いたこれもあることですし」
ルカ様が掴んだのは左の腰に下げた剣だ。
一年前も持っていたこの剣は魔剣で、刃こぼれしない上に斬撃を飛ばせるらしい。
「確かに、偉ぶることしか能のない愚かな貴族よりは死に物狂いで戦ってきたルカのほうが強いだろうけれど……一応名誉のために言っとくけれど、貴族の中にもまともな人はいるからね? 貴族不信になってはいけないよ。心を閉ざして、自分から線を引いてしまうのはルカの悪い癖だ。ルカの内面を知ればみんなきっとルカのことを好きになるから、まずは自分を知ってもらう努力をしなさい」
「……。わかりました」
ルカ様は小さく頷いた。
「……貴族に
気になった私は口を挟んだ。
「呪われた王子だって言われて、離宮で虐められてたんだ。もちろん、相応の報復はしたよ。一人残らず」
「……ノクス様は本当に弟想いでおられるんですね……」
にっこり笑うノクス様の背後に暗黒のオーラを見た私は冷や汗を掻いた。
怖い、暗黒のオーラが怖い!!
「そうだね。ステラが大事そうに首に下げてる指輪型の魔導具だって、元々は私がルカにあげたものだよ」
「えっ? そうだったんですか」
私は驚いて、ノクス様の視線の先にあるもの――自分の首に下げた指輪を摘まんだ。
「ああ。ルカが右手に嵌めている指輪が、私の手元に残していた指輪だ。戦地に行くルカを心配して、もし命の危険が迫ったときは父上の命令を無視して飛んでいこうと思ってたのに、肝心な時に外してたんだよねえ……?」
再びノクス様から暗黒のオーラが立ち上り、ルカ様は素早く目を逸らした。
そんなルカ様を見て、ノクス様が苦笑する。
「死の淵に瀕したおかげでステラと運命の出会いを果たせたのだから、結果としては良かったんだろうけども。もう二度と『死んでも構わない』とか言わないように」
話したな? という非難の目でルカ様が私を見たため、今度は私がルカ様から目を逸らす番だった。
はい、昨日、ノクス様にお茶に誘われて洗いざらい喋ってしまいました。
さすが王子というべきか、ノクス様はギムレット様に負けず劣らずのお喋り上手で、私からどんどん情報を引き出すんだもの!
おまけに私が知らない幼少期のルカ様の可愛らしい出来事や趣味嗜好なども教えてくださるのだから、もう全部喋るしかないじゃないですか!!
話のついでのように、私がもたらした情報によってローザは近いうちに婚約破棄されるだろうと言われたときは驚いた。
正式に婚約破棄されたら教えてあげようかとも言われたけれど、私は断った。
自分を崖から突き落とした女の話など積極的に聞きたいものではない。
私はいまルカ様の守護聖女となれて幸せなのだから、ローザが二度と私の人生に関わらなければそれで良い、そう答えた。
そうだね、自分を不幸にした相手への一番の復讐は幸せになることだとノクス様も微笑んでくれた。
「聞いてるのかな?」
ノクス様はルカ様の頬を片手で掴んで強制的に自分に顔を向けさせた。
「もう言いません。誓います」
「よろしい」
速やかに答えたルカ様を見てノクス様は笑い――急にふらりと頭を傾け、ルカ様の肩に乗せた。
「兄上?」
反射的な動きでノクス様の身体を支えたルカ様は戸惑っている。
「――必ず無事に帰って来なさい」
倒れそうになったのかと思って心配したけれど、ノクス様は単純に抱擁したかっただけらしく、ルカ様の背中を叩いた。
「言われずともそのつもりです。それより、もう小さな子どもではないのですから、抱擁は止めてください。人前でこんなことをされては恥ずかしいです」
ルカ様の頬はわずかに朱に染まっている。
五人の魔導師たちから向けられる生温かい眼差しに耐えられないようだ。
魔導師たちは全員準備が終わったらしく、仄かな光を放つ魔法陣の傍に佇んでいた。
「いいじゃないか。ルカはいくつになっても私の可愛い弟だよ?」
砕けた口調で言ってノクス様は抱擁を解き、ルカ様の頭を撫でた。
兄弟の微笑ましいやり取りを見守っていると、ノクス様はちょっとした悪戯を思いついたように笑った。
私の前に立ったかと思いきや、両手を伸ばして私をその腕の中に閉じ込める。
「!!? ノクス様!?」
狼狽えていると、ノクス様は私を抱きしめたままルカ様のほうを見て噴き出した。
「あはっ、あははは。まさかルカがそんな顔をする日がくるとはね」
笑いながらノクス様は私から離れた。
「そんな顔?」
興味を惹かれてルカ様を見るけれど、ルカ様は特に変な顔はしていない。
強いて言えば、やや不機嫌そうかな?
「悪かった、もうしない。だから機嫌を直してよ、ルカ」
「別に、不機嫌になどなっていません」
ルカ様の声音は誰が聞いても嘘だとわかるほど冷たい。
「そうだ、お詫びに良いことを教えてあげる」
ノクス様はルカ様に顔を寄せて何かを耳打ちした。
たちまち、ルカ様の顔が真っ赤になる。
「……何を言い出すんですか」
「別に? ただそういう事例があるということを教えただけだよ?」
ルカ様は目を伏せ、なんだか困ったような顔をしている。
一体何を言われたんだろうか。
「魔導師たちも準備を終えたようだし、話はこれくらいにしよう。そろそろ行っておいで」
ノクス様は私たちを優しく促したけれど、私はノクス様に返答することなく、ルカ様を見つめて胸元の指輪を摘まんだ。
私が何を言いたいのかを瞬時に察したらしく、ルカ様は頷いてくれた。
気持ちが通じたようで嬉しくなる。
「ノクス様。この指輪、お返しします」
私は紐を首から外して簡単にまとめ、紐ごと指輪をノクス様に差し出した。
「え。要らないのか?」
「はい。いまの私にはルカ様から頂いたこれがありますし――」
左手を持ち上げ、薬指に光る銀色の輪をノクス様に見せる。
交差した二本の剣と竜――王家の紋章が描かれたこの指輪こそ、私がルカ様の守護聖女である証だ。
「この先私がルカ様から離れることはありませんから、この指輪がなくとも大丈夫なのです。ですからどうか、この指輪はノクス様が持っていてください」
「もし兄上に命の危険が迫ったときは飛んでいきます。どこにいても、必ず」
照れも迷いもせず、真顔でルカ様は断言した。
「………………」
自分の台詞をほぼそのまま返されたノクス様は青い目をぱちくりさせた。
それから、じわじわと顔を赤くし、俯いてしまう。
「……私より遥かに危ない立場にいるくせに……いまから死地に行くくせに……どう考えても命の危険があるのはルカのほうだろう……」
どうにか気恥ずかしさを紛らわせたいらしく、ノクス様は磨き上げられた床を見つめて呟いている。
「ノクス様。僭越ながら申し上げますと、ここは素直にありがとうと仰るべきかと」
不敬なのはわかっているけれど、ノクス様の反応が面白くて、私は真面目腐って言った。
ノクス様はこんなことで怒らない。その確信があるからできることだ。
「……ありがとう」
まだ顔を赤く染めたままノクス様は私の手から指輪を受け取り、「もういいから行って来なさい」と私たちの背中をぐいぐい押して魔法陣の中へ入れたのだった。
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