13:ノクスの頭痛
「私たちが議論したところで詮無いこと。いかがいたしますか、陛下」
「ルカを視察に向かわせる」
何の感情も窺わせない瞳で、父上は淡々とそう言った。
「陛下! 瘴気に侵された地にルカを向かわせるなど、危険すぎます! 万が一のことがあったらどうするのですか!?」
「ステラはルカの守護聖女となったのだろう? ギムレットの誘いを蹴ってな」
父上の発言に廷臣たちがざわめいた。
「あの娘、王太子の誘いを断ったのか……」
「なんと無礼な……」
口々に囁きながらも、幾人かの目には兄上に対する同情や哀れみがある。
兄上は
廷臣から向けられる視線には素知らぬ顔をしているが、その実、面子を潰したステラに怒り狂っているのは想像に難くない。
「仮にルカが瘴気に侵されることがあってもステラが癒すであろう。それが出来ないならば守護聖女たる資格はない。無能な守護聖女など不要だ」
「陛下の仰る通りだ。万が一ルカが命を落とすようなことがあれば、ステラもルカの後を追うことになるだろうな」
無言で睨んでいると、兄上は面白がるように笑った。
「そう怖い顔をするな。ステラはエメルナの元・序列第二位の巫女を凌ぐほどの強い神力を持っているのだろう? その言葉が本当なら、彼女一人でディエンの瘴気を浄化してしまうかもしれんぞ。あの生意気な娘が一体どこまで我が国の役に立つか、お手並み拝見といこうではないか」
胸が悪くなるような会議が終わり、私は回廊を歩いて『蒼玉の宮』へ向かった。
回廊の外の庭では花が咲き乱れ、白い蝶が待っているが、のどかな春の風景に目を細める余裕はない。
ステラがこの国にもたらした情報――ローザ・ブレアの不祥事は秘密裏にエメルナ皇国の王族へ流されることになった。
皇宮にいる密偵によれば、一か月後には皇太子とローザとの婚約披露パーティーが催される予定になっていたが、当然その話はなくなるだろう。
婚約破棄されたローザは国外追放か、貴族籍からの除籍か。
それとも評判の悪い下位貴族あるいは平民に売り払われて嫁入りすることになるのか。
悪女の末路など知ったことではないが、とにかくアンベリスはステラの情報のおかげで皇国に対する貸しを一つ手に入れた。
それなのに父上は大怪我から回復したばかりの彼女を早速働かせようとしている。
せめて三日の猶予をくれと私は懇願し、どうにか許しを得た。
現地には南の聖女や神殿騎士たちも応援に向かったため、最低でも一週間は持つ――そう踏んでの懇願だった。
できればステラにはゆっくり休んで欲しかったが、現地で苦しんでいる民のことを考えれば、三日でどうにか体調を整えてもらうしかない。
本当は父上との謁見だって、もう少し先にして欲しかった。
目覚めた翌日に呼びつけるなんて、あまりにも容赦がない。
ステラが兄上や私の客人だったならばもっと寛大な対応をしてくれただろうに――
――ズキン。
「……っ……」
回廊の柱にもたれかかり、片手で頭を押さえる。
「ノクス様!? どうされましたか!?」
頭痛が引くまで耐えていると、『蒼玉の宮』から私を迎えに来たらしいモニカが駆け寄ってきた。
「お待ちください、いま医師を呼んで――」
「……大丈夫。痛みは引いたから、大ごとにしないで」
走り出そうとした彼女の手首を掴んで止めると、モニカは心配そうな顔で私を見上げた。
「……またいつもの頭痛ですか?」
「そうだね。困ったことに、だんだん酷くなってるみたいだ」
頭に痛みが走るようになったのは二か月ほど前くらいか。
最初は気のせいかと思った。それくらい軽いものだった。
しかし時間が経つにつれてその頻度と痛みは増してきている。
今朝の会議に遅刻したのも不意に襲った頭痛のせいだ。
頭蓋が割れるような痛みで、しばらくはとても動けなかった。
「どうしたら良いのでしょう。薬も効かないようですし、私の癒しの力も一時しのぎにしかならず……お役に立てず、申し訳ありません……」
「どうしてモニカが謝るんだ。モニカのせいではないのだから、謝らないで。ほら。顔を上げて?」
「……はい」
モニカはお仕着せの袖で涙を拭い、顔を上げた。
「大丈夫だよ。私は頭痛に負けたりしない。私が倒れたら、ルカを守れる人がいなくなってしまうからね」
「はい。ノクス様がいなくなれば、ルカ様はまた離宮へ送られてしまうでしょう。ルカ様のためにもどうか健やかでいてください」
再びモニカの目に涙が溜まる。
「ステラ様なら治せるでしょうか? 私より強い神力をお持ちですから、もしかしたら――」
「いや、言わないで欲しい。ステラに頼ったら自然とルカも知ることになる。ステラはどう見ても直情型だ。隠し事なんてできるわけがない」
何しろ兄上に堂々と喧嘩を売るほどだからね、と心の中で呟く。
「けれど、それでは頭痛を治す手立てが……」
「大丈夫。もうすっかり治ったから。行こう。今日はエルマー卿とお会いすることになっているんだ、待たせてはいけない。着替えを手伝って、モニカ」
「……はい」
モニカはまだもの言いたげな顔をしたものの、おとなしくついてきた。
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