12:会議の間にて

   ◆   ◆   ◆


 ――完全な遅刻だ。


 壮麗な王宮の廊下を歩き、会議の間の扉を開けると、その場に居並ぶ廷臣たちは一斉にこちらを見た。


 絹のカーテンから陽光が差し込む、広々とした部屋である。


 大きなテーブルには贅を尽くした最高級の椅子が並べられ、勇名を馳せる将軍や国の頭脳たる文官たちが腰かけていた。


「遅れて申し訳ありません。私に構わず話を続けてください」

 軽く頭を下げてから、上座に用意されている自分の席に着く。


 私の右隣には国王である父上が座っている。

 そして左隣――第三王子の席は今日も無人のままだ。


 この席は形式的に用意されているだけ。

 父上は私の再三の訴えにも聞く耳を持たず、国議にルカが参加することを許していない。


「ノクス王子が遅刻とは珍しいこともあるものですな。今日は雪でも降るかもしれません」


 軽口を叩いたのは議長であるアドルフ・ネルバ大公爵だ。

 金髪碧眼、髭を綺麗に整えた紳士然とした風貌。


 人の良さそうな柔和な微笑みを浮かべたこの男は父上の弟であり、私にとっては叔父にあたる。会議には彼の息子であるトーマス・ネルバ侯爵も出席していた。


「昨日は遅くまで本を読んでいたもので……以後気をつけます」

 言いながら、私は速やかに近づいてきた女性の文官から議事録を受け取った。


「ありがとう」

 微笑むと、彼女は頬を赤らめて頭を下げ、自分の席へと戻っていった。


「では次の議題ですが、王都付近に出没する山賊とその対処について――」

 アドルフの声を聞きながら、文官が書いた美しい文字にざっと目を通す。


『西の神殿に所属する聖女や神殿騎士の奮闘虚しく、ディエン村に発生した瘴気は日々その勢いを増して噴き上がり、魔物による被害も拡大している。そのため、王の代理の「目」として第三王子ルカを派遣し、現場からの報告に応じた増援部隊を向かわせることとする』


 議事録の中に書かれていたその文章を読んで、暗澹たる気持ちになった。


 当然、ルカの役割は視察だけに留まらず、戦闘要員として働かされるのだろう。

 いつもこうだ。

 何かと理由をつけて、ルカは死地に送られる。


「――今日の会議は以上となりますが、質問などございますか?」

「では一つ」

 すかさず声を上げると、多くの廷臣たちは「やはりな」「またか」という顔をした。


 ルカを排斥しようとする父上たちと、どうにかルカを守ろうとする自分との対立はもう見慣れた光景なのだ。


 自分の味方をしてくれる廷臣もいるが、やはり父上や兄上の権力には敵わないため、ほとんどの廷臣は風見鶏を決め込んでいる。


「ディエン村の一件ですが、噴き上がる瘴気はバネッカまで到達する勢いだと聞きます。バネッカが瘴気に侵されるようなことがあれば、飢えた民が大挙して王都に押し寄せてくることになるでしょう。ディエン村や近隣の村からは山のような嘆願書が届いていますし、いまさらルカに視察などさせずとも危機的状況にあることは明白です。グレアム殿、いますぐに騎士団を動かすことはできないのですか。現在は第一・第二騎士団とも王都で待機中のはずです」


「無論、直ちに出撃する準備はある。陛下のご命令があれば」

 居並ぶ臣下の中で最も筋骨隆々の大男――騎士団長グレアムは傷跡の残る唇を動かし、低い声でそう告げた。


「陛下。どうかご決断を」

 私は黙している父上に顔を向けた。


「まあ待て。事の詳細もわからないというのに、そう焦るものではないだろう。騎士団を動かすというならば視察は必要だ」

 悠然とそう言ったのはテーブルを挟んで向かいにいる兄上だ。


「視察が必要ならば偵察兵に行かせれば良いでしょう。何故ルカに行かせるのですか」

「国の一大事だと言ったのはお前だろう。それこそ王子が行かなくてどうするのだ。しかし私とお前には公務がある。となれば、適当なのはルカしかいないな」

「――~~~」

 歯噛みしていると、兄上は父上に顔を向けた。

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