14:抱擁には慣れてません

「……話を聞いていたか? まさかいままで寝ていたんじゃないだろうな」

「失礼な。ちゃんと起きていましたよ。お話を聞いた上で確信したんです。やっぱり私はルカ様の守護聖女になるべきだと」

「何故」

 ルカ様は怪訝そうだ。


「だって、ルカ様の魔法は危険な毒魔法なんでしょう? もしルカ様が暴走したとき、止められるのは私しかいないじゃありませんか!」

 拳で胸を叩いてみせる。


「万が一ルカ様が人を傷つけてしまったり、暴走するようなことがあったら、傷つけたものを私が片っ端から癒して差し上げます。お任せください!」

 私はいかにも自信満々に胸を張っているけれど、本当は自信なんてない。


 でも、できるかどうかわからないなんて弱気なことは言っていられない。


 それをルカ様が望むなら、やるだけだ。


「絶対にルカ様の役に立ちます。だから私を守護聖女にしてください。お願いします!!」


 ルカ様の両手を包むように握り、魂を込めて訴えると、ルカ様は呆気に取られたような顔をして――それから、苦笑した。


「……俺は将来を約束された殿下とは違う。宮廷での立場も弱いから、お前に何もしてやれないぞ。俺と一緒にいると、またカエルや雑草を食べる羽目になるかもしれない。想像以上に辛い目に遭うかもしれない。それでもいいのか?」


「いいです。私は、ルカ様がいいのです」

 微笑んでから、急に不安になって私はルカ様の手を包んでいた手を離した。


「ルカ様は私が守護聖女では嫌ですか? ご迷惑ですか?」

 神力の大きさから守護聖女としては申し分ないとしても、人間的に嫌いだと言われたらどうしようもない。


「迷惑なわけがあるか」

 ルカ様は両手を伸ばして私を抱きしめた。


「――!!?」

 予想外の行動に顔がカッと熱くなる。


「むしろ俺のほうから頼みたいくらいだった。殿下がお前を欲しがるからあの場では遠慮するしかなかったが、俺はずっとお前のことが欲しかったんだ」


「そ、その言い方は何か大変な誤解を招くような気がするんですが……」

 守護聖女として、とちゃんと言って欲しい。


「覚悟しろ。俺の守護聖女になるなら、俺は戦場であろうとどこであろうとお前を連れて行く。泣き言を言っても逃がさないからな」

 私を抱く手に力がこもり、さらに強く抱きしめられた。


「のっ……望むところです!!」

 思い切ってルカ様の身体を抱き返す。


「頼もしいな。さすがは『戦場の天使』」

 耳元で小さな笑い声がする。

 ルカ様の笑い声を初めて聞いた。それも、こんな至近距離で。


「その呼び名は止めてください……」

 私は恥ずかしさに頭を下げ、ルカ様の胸に顔を埋めた。


「よく似合うと思うが?」

「……怒りますよ」

「わかった、もう言わない」

 低い声で警告すると、本当に、それきりルカ様は何も言わなくなった。


 ルカ様の体温を肌越しに感じる。


 戦場で鍛え上げられたルカ様の胸板は鋼のように固くて、強く押し付けられているとちょっと苦しい。


 女性の柔らかい身体とはまるで違う――男の人なのだ。


 当たり前のことをいまさらながら意識してしまい、私は耳まで赤くなった。


 心臓があまりに大きい音を立てているものだから、ルカ様に聞こえているのではないかと不安になる。


「……あの。も、もうそろそろいいですか?」

 異性に耐性のない私は数秒で白旗を上げたけれど。


「もう少しだけ」

 耳元で甘えるように囁かれてはもう何も言えず、私はルカ様の腕の中でカチコチに固まり、解放されるそのときをおとなしく待ったのだった。

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