10:呪い子って?
「止めろ」
ルカ様が私の肩を掴み、半ば強制的に座らせた。
私が王太子の敵と認定されることを恐れているのか、その顔には焦燥の色が浮かんでいる。
「俺の守護聖女になったところで何の利益もない。俺はお前に何もしてやれない。一時の感情に流されて人生を棒に振るな。殿下の守護聖女になればお前はきっと幸せに――」
「私の幸せを勝手に決めないでください!」
肩を掴む手を振り払って睨みつけると、ルカ様は怯んだように口を閉じた。
「陛下の御前でも言いました、私はルカ様に恩返しがしたいと! ルカ様の守護聖女になることが許されないなら私は誰の守護聖女にもなりません!」
宣言する。
「――………」
ルカ様はなおも唇を開きかけたが、私の強い眼差しを見て説得は不可能だと思ったらしく閉じた。
強い風が東屋を吹き抜け、ルカ様の黒髪が揺れる。
私のドレスも揺れ、イヤリングが引っ張られて耳に軽い痛みを覚えた。
「――ふん」
風が収まった後、聞こえてきたのは実に不愉快そうな声。
「王の子であるかどうかすら疑わしい呪い子を聖女が守護するのか。お笑い種だな」
ルカ様との見つめ合いを止めて正面に顔を戻せば、態度をガラリと変えたギムレット様が長い足を組んで嘲笑していた。
――王の子であるかどうか疑わしい……?
困惑していると、ノクス様はいつになく厳しい目でギムレット様を見据えた。
「兄上。何度も言いますが、王太子ともあろう者が流言に惑わされてはいけません」
「流言か? 真実だろう」
「兄上!」
ノクス様は言葉を強くしたが、ギムレット様の嘲りは止まらない。
「でなければ何故ルカは兄弟の中で一人だけ黒髪なのだ? 魔物と同じ赤目なのだ? 他国に嫁いだ姉上たちは金髪だったぞ。瞳の色も私たちによく似ていた。異常なのはこれだけだ」
――ぶちっ。
ルカ様を『これ』呼ばわりされたその瞬間、今度こそ我慢の糸が切れた。
「殿下。やはり私は御身をお守りする守護聖女にはなれません。残念ながら私と殿下では価値観そのものが違うようです。気分が悪いので失礼致します」
無礼なのは承知の上で、私は立ち上がった。
ギムレット様たちに深々と頭を下げてから、青ざめた顔で俯いているルカ様の腕を掴んで引っ張り、そのまま二人で東屋を後にする。
「ルカ様」
東屋から十分に離れたところで立ち止まり、私は石畳の小道の上でルカ様に向き直った。
庭園の出口、薔薇が絡んだ門の傍には見張りの兵士がいる。
人目がある場所では迂闊なことは話せない。
「夜になったらお部屋を訪れて良いですか。二人きりでお話ししたいです。言いたいことも聞きたいこともたくさんあります」
「……。わかった」
ルカ様は赤い目を伏せ、ため息をつくようにそう言った。
夕食と湯浴みを終え、陛下との謁見時に着た重いドレスよりは遥かに動きやすい服に着替えた私は、頃合いを見計らってルカ様の部屋を訪れた。
勧められるまま長椅子に座り、暖炉の薪が爆ぜる音を聞く。
部屋の照明と赤い炎によって照らされたルカ様の表情は暗く沈んでいる。
「……まず聞きたいのですが。ルカ様は陛下の御子ではないのですか?」
部屋の空気は途方もなく重いが、ずっと黙っていても仕方ないので、私は口を開いた。
「……母上は海外の国から嫁いできた。そして、母上と共にアンベリスに来た護衛の騎士は黒髪だった」
ルカ様の言わんとすることを察し、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「……ルカ様は王妃が騎士との間に成した不義の子だと……?」
「……王宮の中にはそう囁く者もいる」
憂鬱そうにルカ様は認めた。
「陛下も俺が本当に自分の子であるかどうか疑われている。俺は離宮で隠されるように育てられ、死ねとばかりに戦場に送られた」
「そう、なのですか……」
ルカ様が王子だと知ったとき、おかしいとは思ったのだ。
だって、国の宝であるはずの王子が護衛も無しに魔物の群れと戦って、たった一人で死にかけているなんて、通常では考えられない。
死んでも構わないと言ったのは――あれは、バーベイン様に死を望まれるほど疎まれているからなのか。
ルカ様はバーベイン様を「陛下」と呼んでいる。
それはきっと、父上と呼ぶなと言われているから。
バーベイン様がルカ様に向けたゴミでも見るような冷ややかな眼差しを思い出し、私は目をきつく閉じた。
ルカ様を疎んでいるのはバーベイン様だけではない、ギムレット様もだ。
お茶会でのルカ様の態度を見ればギムレット様からどういう扱いを受けてきたかは予想がつく。
ご家族の中でルカ様の味方と言えるのはノクス様だけなんだ……。
泣きそうになり、私は指で目元を擦ってから顔を上げた。
「……呪い子、というのも……聞いて良いでしょうか」
私はルカ様の顔色を窺いながら尋ねた。
謁見の間で大臣たちも囁いていた言葉だ。気になる。
「魔物と同じ赤い目であること。生まれるときに母上が亡くなったこと。それらを呪いと呼ぶ者もいるが、一番の理由は俺の扱う魔法だな」
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