32:謎の助言者の正体

「――!?」

 弾かれたように顔を跳ね上げ、目を見開いてモニカさんを見つめる。


 モニカさんの纏う空気が一変していた。


 どちらかと言えば綺麗というより可愛いという表現があてはまる彼女は非人間的な気配に取り憑かれ、見る者の目を釘付けにし、同時に戦慄させずにいられない圧倒的なオーラを放っていた。


 苛烈なまでの存在感を持った何者かがモニカさんの身体を借りて私の目の前にいる。


「……あなたは、セントセレナで私に妖精を助けろと言った人――いえ、お方ですか?」

 突然の降臨に驚きつつ、私は立ち上がって尋ねた。


「正体不明の相手にも敬意を払うか。殊勝な心がけだ。ではこちらも名乗らねば不作法というもの。私はお前たちが巫女姫と呼ぶ存在だ」

「えええええええ!? エメルナ皇国の巫女姫様!?」

 素っ頓狂な声が出た。


 いわく、巫女姫様は遠くを見通す千里眼を持つ。

 いわく、巫女姫様は妖精のように呪術や幻術を見破ることができる。


 あとは、幽霊と会話できる。手を触れずに物を動かす。人の心を読み取れる。透視能力がある。過去や未来を視ることができる。予知能力がある。何年経っても生き続けている――とにかく、様々な伝説級の逸話を持つお方だ。


 私はエメルナ皇国の巫女見習いだったけれど、巫女姫様の姿を見たことは一度もなかった。


「何かと忙しい身でな。セントセレナでは助言を与えるだけで精いっぱいだったが、いまは時間を確保した。これから五分をお前のために割く」


 まるで女王のように言い放ち、巫女姫様はノクス様を見つめて目を細めた。


「ふむ。呪術媒体は全て破壊したな、よくやった。一つでも残っていたら治療は不可能だった」

「治療できるんですか!?」


「私を誰だと思っている。三週間ほど前、モニカの身体を借りてお前を癒したのもこの私だ」

「巫女姫様が私を助けてくださったんですか! その節は本当にありがとうございました」


「礼には及ばぬ。私はローザの邪心を見抜けず巫女に認定してしまったからな。せめてもの罪滅ぼしだ。ローザはベルニカ大陸の外へ追放した。二度とお前の前に現れぬことを約束しよう。さあ、手を出せ。力を少しわけてやる。お前が物語の主役なのだから、私が出しゃばるのは無粋というもの。ノクスの治療をするのは私ではなくお前でなければいけない。守護聖女としてルカの心を守るのはお前の役目だ」

 巫女姫様は私に手を差し伸べた。


「……はい」

 緊張しつつ手を重ねると、触れた個所から何か途方もない力が私の中に流れ込んでくるのを感じた。


 強いお酒を飲んだときのように身体が熱くなり、視界がぐらぐら揺れて、目の奥に火花が散る。


「これは……」

 翻弄される時間が過ぎ去り、頭を押さえながら見下ろせば、私の身体は金色に発光していた。


 身体中から神力が迸っている。

 いまならなんでもできる、そんな全能感がある。


 ――これならいける!!


 私は確信を持ってノクス様に向き直り、その胸に両手を押し当てた。


 カッ――と、普段私の放つそれよりも眩しい、もはや閃光と言ってよいほどの強烈な黄金の光がノクス様の身体を包み込む。


 風が湧き起こり、私の銀髪がぶわりと逆巻くように広がり、スカートの裾が揺れる。


 治れ、治れ、……治れ!!!

 目を閉じてそれだけを念じ、全身全霊で力を放出する。


 全ての力を出し切った私は、額に脂汗を滲ませ、息を荒らげつつ目を開けた。


「……ああ……」

 果たして、ノクス様は死の淵から帰還していた。


 土気色だった頬には赤みがさし、カサカサに乾いていた肌は艶を取り戻し、呼吸も脈拍も安定している。


 大丈夫だ。もうきっと大丈夫。

 最悪の未来は回避された。


「……ありがとうございました……!!」

 私は瞳を潤ませ、腰を折り曲げて巫女姫様に深々と頭を下げた。


「良かったな」

 巫女姫様は優しく微笑み、すぐに笑みを消した。


「ただし言っておくが、今回はあくまで特例だ。再びお前が泣いて私に助けを求めるようなことがあっても、そのときは応じられぬかもしれぬ。毎回都合良く私に頼られても困る」

「はい。肝に銘じておきます」

「良し。ただでさえ世界中の人間から助けを求められて難儀しているのだ。中には聞くに堪えぬ願いを唱える愚者もいる。全く、私をなんだと思っているのか」

 愚痴るように言った巫女姫様を見て、脳裏に閃くものがあった。


 巫女姫様の名前は誰も知らない。

 何故なら気軽に呼ぶには恐れ多い名前だから、誰かがそう言っていた気がする。


 プリムは人間にノクス様を治すのは不可能だ、それはもはや神の領域だと言った。


 しかし、巫女姫様は神の領域に至り、不可能を可能にする力を私に分け与えた。


 知り得た情報を総合して考えると、謎に包まれた巫女姫様の正体とは、まさか――?


「……。あの、もしかして、貴女の御名前はクラウ――」


「その質問は受け付けていない」

 冷ややかな目でピシャリと言われた。


「憶測を他人に吹聴するのは自由だが、その場合私は二度とお前を助けぬ」

「わかりました、もう二度と言いません」

 真顔で頷くと、巫女姫様は小さく頷き返した。


「賢明な判断だ。私はモニカの身体を休ませる。お前はノクスが回復したことをルカに教えてやるといい。では、これからも守護聖女として励むように」

「はい! 本当にありがとうございました!!」

 部屋を出て行く巫女姫様を頭を下げて見送った後、私も廊下に飛び出す。


 ノクス様が倒れたことを聞いてからほとんど丸二日、ルカ様は一睡もしていない。


 でも、ゆっくり休むよりもルカ様はノクス様が無事回復したことを一秒でも早く知りたいに決まっている。


 全身に重くのしかかる疲労や倦怠感など忘れ、私は全速力で駆けた。


 ルカ様の喜ぶ顔、ただそれだけを夢見て。

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