42:あなたのための怒り
「そっか。なら聞くけど、呪いが解けて正気に戻ったいま、ルカのことはどう思ってるんだ? 本気で自分の子どもじゃないと思ってんのか?」
ルカ様の表情が強張り、時間が凍り付いた。
シエナが、壁際に控えている騎士が、給仕が――この場にいる全員がぎょっとしている。
――こいつ、王宮最大の禁忌に踏み込んだぞ!!?
という全員の心の叫びが聞こえてくるようだった。
「や、止めなさいラーク! 何てことを言うんですか!! 無礼な!!」
シエナが青ざめて叫ぶ。
「無礼講だって言ったのは王様だろ。誰も言わねーからオレが言ってんだよ。これじゃいつまで経っても王様とルカの関係は歪なままだろ。なあ王様、そこんとこどうなんだよ。ハッキリ言ってくれ」
「だから何故ラークにハッキリさせる権限があるんです!? どの立場からの台詞!? あなた何様なんです!?」
「うるせー。で?」
もはや泣いているシエナを一言で黙らせ、ラークはバーベイン様を視線で突き刺した。
もし自分の子どもだと思っていないと言うなら心底軽蔑する、態度がそう言っている。
ラークは怒っているのだ。
多分、彼はずっとバーベイン様に怒っていた。
他の誰でもなく、ルカ様のために。
バーベイン様はルカ様を離宮に閉じ込め、貴族連中による虐待を放置した。
さらにバーベイン様はノクス様の必死の働きかけによってルカ様が王宮に移ることを許された後も、ルカ様を何度も死地に送っている。
呪いがかかっていたから仕方ない――そんな簡単な一言で済まされることではない。断じて。
この上さらに『息子だと思っていない』と言い出すようなら、ラークの怒りは頂点に達するだろう。下手をすればこの場で殴り掛かってもおかしくはなかった。
誰も何も言わず、固唾を飲んで成り行きを見守っていると、バーベイン様は微苦笑した。
「お前は本当に肝が据わっているな。国王の座に就いてから、余にそんな物言いをした人間は初めてだぞ。しかし良い機会だ。そもそも余はこの言葉を伝えるためにお前を呼んだのだ、ルカ」
「……はい」
受け止めるための間を置いてから、ルカ様はバーベイン様を見つめた。
「守護聖女たちが王宮を揺るがす騒動を起こしたおとついの夜、余は久しぶりにドラセナの夢を見た。そして思い出したのだ。ドラセナとは政略結婚であったが、ドラセナは一途に余を愛し、支えてくれる良き妻であった。ドラセナが余を裏切るような過ちを犯すはずがない。誰が何と言おうと、お前は余の息子だ、ルカ」
バーベイン様は真摯な眼差しをルカ様に注いだ。
「…………、……。はい。父上」
そのときルカ様が浮かべた表情を、私は生涯忘れないだろう。
「明日から国議に参加せよ。王子として公務もさせる。忙しくなる故、覚悟せよ」
「はい。精一杯努めます」
ラークは満足そうに笑い、シエナやその他の人間たちは皆、一様に安堵している。
……良かった。
本当に良かった。
十六年もの間切断されたままだった親子の絆が結ばれた喜びを噛み締めていると、一人の騎士が「失礼致します」と断って食堂に入ってきた。
騎士はバーベイン様に近づき、その耳元で何かを囁いてから頭を下げて退室した。
「吉報だ。ノクスが目を覚ましたぞ」
バーベイン様がそう告げた瞬間、ガタン、と椅子が鳴った。
全員の視線が音の発生源に向かう。
視線の交差点にいるのはルカ様だ。
反射的に立ち上がろうとして王の御前であることを思い出し、座り直したらしい。
「……失礼致しました」
ルカ様は軽く頭を下げた。
「良い。余のことは気にせずノクスの元へ行け。許す」
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