第4話
電車に残った私の頭の中に、様々な思いが駆け巡っていた。彼女はあの時、確かに私を見た。私の方に視線を向けていた。いや、そうとは限らない。私が座っていた座席の後、その窓の向こうにある風景を見ていただけかもしれない。その視線の先に、たまたま私がいたというだけなのかも。しかし、だとしたら、あの微笑の理由は? 自分と同じ様に電車の中で文庫本を読んでいる人がいるということに、気付いたのかも。そしてその人は、昨日も見かけたような気がする、とか……。いや、それは余りに自分に都合のいい解釈だろう。いくら考えても、結論は出なかった。出るはずもなかった。だが、最後に彼女が見せたほんの一瞬の微笑が、私に更なる勇気を与えてくれていた。更なる「冒険」をしてみようという勇気を。
次の日私は、それまでと同じ時刻の電車ではなく、ひとつ前の電車に乗り込んだ。思った通り、車両の中に彼女の姿はない。そして、いつもあの少女が降りる駅で電車を降りた。今度の冒険は、自分としてもかなり思い切った行動だと思っていた。こうして彼女が降りるはずの駅で、彼女を待ち。彼女が駅を出た後、その後を少し追ってみようと考えたのだ。わざわざひとつ前の電車に乗って先に駅で降りていたのは、同じ車両からずっと後をつけていくよりも危険が少ないと思えたからだ。もちろん、後をつけて、それでどうこうしようというつもりはない。ただ、彼女が暮らす町がどんな町なのか、そしてどんな家に住んでいるのか。それを知りたかった。おそらく、この先よほどの事がない限り言葉を交わすこともないであろう彼女の、その生活の一部でも知っておきたかったのだ。
しかし、さすがにここまで来ると、ストーカーまがいの行動だなと自分でも感じていた。毎日同じ電車に乗って、向かいの座席から垣間見るくらいはまだいいだろうが。私が今からやろうとしている事は、もし気付かれて咎められたらとても言い訳出来ない類のものだった。それでも私は、彼女の事を少しでも知りたいという自分の欲求に抗えなかった。何も、彼女にぴったりくっついている必要はない。遠めからじっと後を着いていけばいいだけのことだ。私は自分にそう言い聞かせ、駅の出口からやや離れた場所で、彼女が出てくるのを息を殺すようにして待っていた。
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