第2話

 その後も私は、彼女が座っていた向かい側の左端の席を、そこにまだ彼女がいるかのように、彼女の余韻が漂ってでもいるかのように見つめていた。そして、一体彼女の何がこんなにも私を魅了したのだろうと、ぼんやり考えていた。正直、思わず息を飲むほどの美少女と言うわけではない。容姿そのものは、普通よりやや上といったところだろうか。強いて言うならば、やはりその佇まいに惹かれてしまったのだろう。電車の揺れと共に軽く肩を揺らしながら、それでも膝の上の本に向かって真っ直ぐに向けられた視線。軽く微笑みを湛えた口元。電車のひとつの車両の中というほぼ閉ざされた空間で、彼女と過ごせた、彼女と一緒にいられた十数分が、私にとってはかけがえのないもののように思われた。彼女に会いたい。もう一度。私は、そんな強烈な思いに捕らわれていた。


 次の日、私は再び同じ時刻に、同じ電車の同じ車両へと乗り込んだ。それで彼女にまた会えるという保障は何もない。彼女も、昨日は学校の帰りにどこかへ寄り、たまたまあの時間の電車に乗っただけかもしれないではないか。ただ、それほど本数の多い路線ではないので、可能性としてないことはないかもしれない。そんなかすかな希望にすがったのだが。半ば祈るような気持ちで電車に乗り込み、昨日彼女が座っていた、あの座席の左端を見ると……。いた。彼女は昨日と同じ様に、その場所に。そして昨日と同じ様に、膝の上にカバンを置き、本を読んでいた。本当に、昨日の場面の再現のようだった。私は喜びで思わず「あっ!」と声をあげそうになったのをかろうじてこらえ、無理やり視線を彼女からひっぺがし、ごく自然にという感じを装い、彼女の向かい側の座席に座った。ほぼ、昨日と同じ場所に。そこからは、また昨日と同じく、私にとって至福の時間となった。


 こうして座って向かい側にいる彼女をちらりと見ていると、本当に何もかもが昨日と同じだったので、何か軽いデジャブのような感覚を味わっていた。冷静に周りを見渡すと、当然のように昨日はいなかった人が座席に座っているし、昨日見かけた人がいなかったりするので、間違いなくこれは「今日の、今現在のこと」であるのだが。私と彼女がいるその空間だけが、まるで時間の流れから切り離され、そこに存在しているかのようだった。そんな雰囲気がまた、私にとってこれが定められた運命だったかのように思わせるのだった。


 幸せな時間はあっという間に過ぎ、彼女は再び、昨日と同じ駅で降りていった。私は彼女の後姿を見送ると、「ふう」と大きくため息をついた。一体自分は何をしているのか。そんな思いも頭をよぎったが、彼女がついさっきまで座っていた座席の方を見ると、やはり言い知れぬ彼女の魅力に抗えない自分がいることを自覚するのだった。そして私は次の日もまた、同じ時間の電車に乗り込んだ。いま一度、私の運命と出会うために。

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