本を読む少女

さら・むいみ

第1話

 私が初めてその少女に出会ったのは、ちょうど夕暮れを過ぎた頃に乗っていた、電車の中でだった。いや、「出会った」という表現は正確ではないかもしれない。彼女はそれ以前から、その電車のその車両にいたのかもしれないし、ただ単に、これまで私が彼女の存在に気付かなかっただけなのかもしれないのだ。そして、おそらく彼女の方は、私の存在などまるで意識していないだろう。私はその日たまたま彼女と同じ車両に乗り合わせた、その他大勢の乗客の一人に過ぎないのだ。しかし、それでも私は、一度意識してしまった彼女の存在を、頭の中から消し去る事は出来なかった。勝手な言い方かもしれないが、ここで彼女と出会ったこと、彼女の存在を知ったこと。それが何か、自分の運命のような気さえした。


 着ている制服や、スカートの長さからして、おそらくはまだ中学生であろう。体型は子供っぽさをわずかに残しながらも、やや女性らしい丸みを帯びてきているような感じを受けるので、中学の三年生ぐらいではないか。自分は子供がいないので身近に比べる対象がないし、あまり電車の中でジロジロと舐めるように見る訳にもいかないので、はっきりそうだとは言えないが。私が今座っている座席の向い側、その一番出口に近い左端で、ぴったりと閉じた膝の上にカバンを置いて座っている姿は。まだ多少あどけなさを残しつつも、ほんのわずか、女性らしさを漂わせていた。


 そして彼女は、その膝の上に置いたカバンの上で、何かの本を読んでいた。買った本屋で付けてくれたのであろう、緑色のカバーの付いた文庫本。見た感じ、あまり厚い本ではない。小説か、エッセイか、それとももっと学校での勉強に役立つような、実用的な内容の本なのか。彼女のことを意識し始めた私は、いつの間にか彼女の読む本の内容まで気になっていた。何より、電車に乗り込んだそばから携帯を取り出してメールを打ち出す、チェックを始めるといったいかにもな今時の女子学生と違って、電車の中で本を、それも文庫本を読んでいるというのがなんだかいいじゃないか。私は彼女が本を読んでいる、その何か一途な眼差しを、周囲の人々とそして彼女自身に気付かれぬよう、横目でじっと盗み見ていた。


 そんな状態のまま、電車は何駅かを通り過ぎ。電車内のアナウンスが次に到着する駅名を告げると、彼女は読んでいた本に小さなリボンの付いた栞を挟み、カバンにしまい。座席から腰を上げ、両手にカバンを提げて、ドアの前に立った。その、しゃんと背筋の伸びた後姿もまた、私を魅了するに十分だった。やがて電車は駅に到着し、彼女は開いたドアに向かって滑るように足を踏み出し。その凛とした姿勢のまま、駅のホームを歩き去っていった。私は電車が再び走り出し、彼女の姿を見る事が出来なくなるまで、人通りの少ないホームをずっと見つめ続けていた。

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