午後6時20分から6時40分
5月2日午後6時20分。居酒屋華。
「さて、お日柄もよく……」
「相変わらずクソ長いな。何分たってる?」
「30分」
「マジかよ」
「まあ、いいじゃないですか。それより今日はなんでこんなに人が少ないんですかね?いつもならもっといるはずなのに」
「ああ、それね。実は今から緊急の会議があるらしいんだよ。だからみんなそっちに行ってるんだと」
「へーそうなんですか。じゃあ私達も行きましょう!」
「いやお前酒飲んでんじゃん!俺飲めないんだけど!?」
「大丈夫ですよ。私が全部飲みますから」
「そういう問題じゃねえよ!」
「まあまあ、そんなこと言わずに……ほらグイッといってください」
「嫌だっつってんだろがぁ!!」
5月2日午後6時21分。居酒屋華の店前。
プライドはぷりぷり怒っている花苗を追っかけている。
「なに怒ってるんだよ!」
「だって、わたしがお酒飲めないからってバカにして」
「そんなことないよ! ちょっとした冗談だよ!」
「でも、笑ったじゃないですか!」
「それは……ごめんなさい」
「もういいです!」
「待ってくれよぉ~」
ふたりとも息切れしている。
「なんで追いかけてくるんですか?」
「そりゃあ……」
プライドは立ち止まると、大きく深呼吸して言った。
「好きだからだろ」
「え? 今なんて言いました?」
「だから……好きだからだよ!!」
「へぇ!?」
「ずっと前から好きだったんだぞ!! なのにおまえ全然気づかないし、他の男にはニコニコするし……。俺もやきもち焼いてたんだぞ!!」
「そ、そうだったんですね……」
「ああそうだ! 俺は嫉妬深い性格なんだ! それに独占欲もあるぞ!」
「……」
「どうだ! わかったか!」
「はい……」
花苗の顔は真っ赤になっている。
「じゃあ付き合ってくれるのか?」
「いやぁ……そのぅ……」
「ダメなのか?」
「うーん……」
「はっきりしてくれ!」
「はい……わかりました……付き合います」
「やったぜ!!!」
プライドは大きくガッツポーズをした。
「ただし条件があります」
「どんな条件だ?」
「わたし以外の女性とは仲良くしないでください」
「当たり前じゃないか!」
「あと浮気とか絶対許さないんで」
「もちろんさ!」
「それと……」
「まだあるのか?」
「はい……」
「言ってみてくれ」
「キスしてほしいなって思ってて……」
「キ、キスだと!?」
「やっぱりだめですよね……」
「いや違うんだ!驚いただけだ!」
「本当ですか?」
「ほんとうだ!」
「それならよかったです」
「よし、じゃあやろう」
「お願いします」
ふたりは向かい合う。
そしてプライドはゆっくりと顔を近づけていく。
花苗の唇まで数センチというところで、彼女は目を閉じた。
(これはOKということだろうか?)
プライドは緊張しながらさらに顔を寄せていった。
そのとき―――。
突然、後ろから声をかけられた。
「あのーすみません」
「わあっ!!!」
プライドと花苗は飛び上がるほど驚いてしまった。振り向くとそこには若いカップルがいた。
「驚かせて申し訳ありません」
「いえ大丈夫ですけど……何か用でしょうか?」
プライドが尋ねると男性は答えてくれた。
「このあたりに『居酒屋華』っていうお店がないか探していたんですよ」
「それでしたらここですね」
「ありがとうございます! やっと見つけることができました」
「それは良かったです」「あなたたちは恋人同士なんですか?」
「はい、そうなんです」
「とても仲が良さそうに見えましたよ」
「ええまあ、ラブラブですから」
「おいおい……」
「ふふっ、羨ましいかぎりです」
「では失礼いたしました」
「ご丁寧にどうも」
カップルは去っていった。
「なんか恥ずかしかったな……」
「そうですね……」
ふたりはしばらく無言だったが、やがてプライドが口を開いた。
「俺たちもあんなふうになりたいものだな……」
「え?どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。お互いを信頼しあって愛し合っているような関係になりたくはないかい?」
「確かにそうかもしれませんね……でも無理じゃないですかね……」
「どうしてだい?」
「だってわたしたち喧嘩ばっかりしてるし……」
「それもそうだね……」
「だからこれから頑張っていきましょうよ!」
「おう、そうだな!」
5月2日午後6時23分。居酒屋華近くの警察出張所。
「はい、ご用件をどうぞ」
「すいません。落とし物をしてしまったのですが……」
「わかりました。しばらくお待ちください」
そう言うと若い警官の男性は、無線で連絡を取り始めた。
「えーっとですね。落とし物は『アルバイト先から支給された名札』ということですが……」
「はい!それで間違いありません!」
するとその若い男性警官はこう告げた。
「実は……落とし物届が出ていないんですよね……」
「……え?」
かれは思わず呆然と立ち尽くした。
「ですから……今確認しましたら……落し物が届けられてないんですね……」
「そっ、そんなぁ〜!?」
……彼はこのあと1時間以上にわたって必死の交渉を試みたものの、落とし物は届けが出ておらず、「後日また取りにきてください」と言われたのだった。
5月2日午後6時25分。戸沢高校学生寮。
―第14回帝国諸侯会議は平穏無事に終了したようです……
―懐かしいねえ、前の会議のときに、わたしは、あなたを産んだのよ、拓海
―もう、その話何度目だよ
―年よりの話なんてそんなもんよ。ごほ、ごほ……
―母さん、ダイジョウブ?
―ええ、大丈夫よ、ごほ、ごほ……
―ムリすんなよ
―ふふ、生き別れたアニキにあわないといけないんだから、まだ生きていくわ
「……てな話を、去年亡くなった母さんと話しててな、そのときに母さんが握っていたのがその写真だよ」
「ふうん、そーなのか」
と、生返事をした夏緒の手にある写真には、白髪の少年と少女が笑いながら写っていた。
夏緒の感情移入してどこかうわの空な
「まあまあ、そんなおつらいハナシだけじゃないぜ。じつはな、このハナシにはある犯罪がかかわっているのさ」
「……ほほう」
俄然目をキラキラさせた夏緒に、拓海はこう続けた。
「でまあ、そのための資料が必要なわけよ」
「……仕方ないな、わたしのツテを使うか」
5月2日午後6時27分。ホテルカチューシャ305号室。
「はい、次の問題。裁縫で使う針の中でも、糸を通す穴が無……」
ピーン!
「はい、スナちゃん」
「待ち針」
「正解!」
スナちゃんに押し負けた坊ちゃんは、悔しげに言う。
「ぬぬ、なかなか早押しボタン押せないのだ。スナちゃん、ホントつよいのだ」
スナちゃんは苦笑しながら返す。
「そりゃ、坊ちゃんより長くやってるからね。強くないと困るだろ」
5月2日午後6時29分。居酒屋華。
「なあ、聞いてくれよ」
テンガロンハットを被った男は目の前の客にこう話しかけている。
「なんだい?」
客はビールをちびりちびりと飲みながら答えた。男はここに来店してもう3時間は経っているだろうか。彼の顔は既に真っ赤になっている。酒に強いわけではないらしい。
「この世界にはさあ、何でもあるじゃんか。武器とか薬とか……」
「まあね」
「それならさ、異世界に行くこともできるんじゃないかと思ってね」
「そりゃできるんじゃない? あんたが本当に異世界に行きたいって思うんだったらだけどね」
「俺も思ってるんだよ! でも行けないだろ!」
「まあ、そうだねえ」
「だからだ、運命ってのは変えることはできない。俺にも、あんたにもな」
そう結論付けると、男は不意に立ち上がって、店員に言った。
「おあいそ!」
「はい、しばらくお待ちください」
「(ようやく)どこか行くのかい?」
客に訊かれた男は、こう返す。
「ああ、これから仕事だよ、まったく」
5月2日午後6時31分。火災現場。
「……わかった、わかった。その事件の資料を探しゃあいいんだな」
タカシは端末での連絡を終えると、アキにすまなそうな顔で話そうとする。
「すまないけど……」
「わかりました、可及的速やかな要件っすね。こちらの捜査は任せてほしいっス」
「察しが良い後輩で助かるよ」
5月2日午後6時34分。結城ハイツ105号室。
晩ご飯の支度をしている、奈々美は娘のレミが帰って来る音を聞いた。
「遅かったわね」
娘は塾から帰るとすぐに夕食をとるのだが今日は違うようだ。玄関を開けた音が聞こえた後、部屋の中に足を踏み入れたのかリビングにやって来た。
「ママ、パパがいないにゃ。どこに行ったか知らにゃい?」
奈々美の顔色が青くなった。まさかと思ったがやはり夫が家を出たようだ。
夫の良介とは離婚協議中である。今月中に離婚が成立しなければ裁判になるという。しかし夫はなかなか結論を出さなかった。その矢先の出来事である。
「さあ……。仕事じゃないの」
平静を装いつつ、動揺を押し隠すように答えた。だがそれが嘘であることはすぐに見抜かれるだろう。
レミがキッチンに来て、母の顔を窺うようにして尋ねた。
「パパがどこかに行くって言っていにゃかった?」
「いいえ……」
そう言いながら奈々美の目には涙が浮かんだ。夫に捨てられた悲しみではなく安堵の気持ちからである。
夫は離婚に応じない奈々美を見限ったのだ。つまり別れてくれるということだ。こんな嬉しいことはない。
(でも……)
と奈々美は思う。このままだと自分は夫から養育費を受け取れなくなるし、離婚調停や裁判などで時間を奪われてしまう
(それは困る)
夫の給料で何とか暮らしてきただけに生活に支障が出るような事態だけは避けたかった。それに子供にも父親が必要かもしれない。そんなことも考える。
(どうしよう?)
良介はもうすぐ帰って来るかもしれない。そう思った途端、不安に襲われた。
とにかく今は夫を待つしかないと覚悟を決める。もし出て行ったとしたら戻ってくるはずだ。
5月2日午後6時36分。追跡者。
砂塚虎雄は悪意を見失った。
本来ならそういうことはまず起こらなかったのだが、どうやらそいつはある程度、感情を調整することができるらしい。
「くそ、どこに行ったんだ?」
呻いた砂塚は、しばらく考えて、結論を出す。
「情報を集めるしかないな」
ヒントはある。どうやらそいつは炎に関係があるらしく、悪意は烈火のように見えた。ようは火事に関係した事件を調べれば良い。
問題は、その情報がある場所、つまりニューラグーン警察にどう潜入するかだ。
5月2日午後6時38分。結城ハイツ103号室。
ズズー、ズズー
「ああ、もう世知辛いなあ」
ヤキメツは中華そばをすすりながら、愚痴っている。麺をすするとスープが口の横に付きまくる。汁が垂れまくる。汁まみれだ。しかし、気にしていない。麺とチャーシューを食べてしまってからティッシュで拭けばいいと思っているのだ。
「なんなんだろうねー」
麺を食べ終えて今度は煮卵を食べるために口を尖らせる。その唇の先は、またもやスープで汚れた。しかし彼はまったく気にしない。
そして彼は箸をテーブルの上に置き、手を合わせて、
「ごちそうさま」
と、言った。完食である。スープの一滴も残っていない器の中を見て彼は満足した。そして立ち上がり、食器を流しに持って行って水を張っておく。洗うときに使うからだ。彼はこのあとすぐ風呂に入るつもりだから。ヤキメツは風呂場に行って服を脱いだ。全裸になり浴室に入ると湯船に水を溜め始めた。湯船はたっぷり水が溜まるまで時間がかかるので、彼はその間にシャワーを浴びた。全身をくまなく洗う。身体中泡だらけにして洗い終えた後、シャワーの水を止めて浴槽の方を見ると湯船がいっぱいになっていた。彼は湯船に入った。脚を伸ばして座る。ふうーっとため息をつく。それから天井を見上げた。しばらくそのままじっとしている。それから目を閉じる。やがて眠りの世界へ誘われていった……。
……しばらくして、彼は目覚めた。まだ意識がぼんやりしている。だが目は開いていた。寝ぼけているわけではないようだ。彼は起き上がって浴槽を出た。バスタオルで体全体を拭く。頭の毛はほとんど乾いているがまだ少し濡れていた。
ヤキメツは再び服を着るとリビングに戻った。テーブルの前に座ってタバコを吸い始める。一本目が終わる頃にやっと意識がはっきりしてきた。二本目を吸った後に立ち上がって台所に行き冷蔵庫の中から牛乳を取り出した。コップに注ぐと一気に飲み干す。三杯飲んでようやく満足して冷蔵庫に戻した。それから歯磨きをして顔の体毛をした。頭の毛をドライヤーで乾かし整える。いつも通りの手順をこなして完了。今日は休みだからもう少しゆっくりしても良かったのだが、ヤキメツにとって休みというのは休む日と書くだけで何の意味もないものだった。休んだ気が全然しない。彼にとって休日とは仕事のない日のことではなくただ単に仕事がないだけのことだった。毎日仕事をしていても何も変わりはないのだ。だから休日でも出勤する日と同じことをしてしまうのだった。習慣とはそういうものだ。彼の生活の中に変化はない。いっこうに現れないのだ。それが問題だという自覚は全くないようである。
5月2日午後6時40分。ホテルカチューシャ305号室。
「はい、じゃあ買い出しを賭けての問題。イベントに行けない時の『ドタキャン』の……」
ピーン!
「はい、坊ちゃん」
「土壇場なのだ」
「正解。というわけで、食料買い出しはスナちゃんに決定!」
春香に言われたスナちゃんは、苦笑しながら返す。
「まあ、しゃあないか。負けたし」
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