アフターダーク
今村広樹
5月2日午後6時から7時
午後6時ちょうどから6時20分
5月2日午後6時ちょうど。カフェフリージア。
「ねえねえ、聞いてよ」
「なあに?」
「あたし、今日はお休みだったんだけどさ、朝起きたらすごいことになってるの!」
「どうしたの? また何かあった?」
「そう! 何があったと思う!? 実はね……あのね……」
「うん」
「なんと!うちのマンションが火事になったんだって!」
「えーっ!?」
「しかもね、全焼だって。もう大変! でも大丈夫だよ、ちゃんとお隣さんに助けてもらったから」
「よかったじゃない。無事で本当に良かったわ」
「いやー、一時はどうなるかと思ったけどね。まぁ、なんとかなって一安心だよねー」
「ホントにねぇ……あれ?」
「ん? どったの?」
「今の話だと、その火事を起こした犯人っていうのは……」
「ああ、違う違う。そのお隣の人じゃなくて、管理会社の社員さんなんだって。放火らしいよ。なんか最近そういうの多いみたいだから気をつけないとね」
「へぇ……そうなの」
「うん。なんでも、その人は火をつけた後すぐに逃げて、今も捕まってないんだってさ」
「それは怖いわねぇ……」
「ほんとだよ。もし捕まったとしても、絶対に死刑にしてもらいたいよね!」
「ふふっ、そうねぇ……」
5月2日午後6時2分。ニューラグーン市内にある路地裏。
砂塚虎雄は超能力者である。具体的には、サイコキネシスとそれの応用であるアポーツ、テレパシーの使い手。
「……あぁ」
砂塚は力なく呟いた。彼の前には、血まみれで横たわる男の姿があった。それは、先ほどまで彼が話していた男だった。その男は、腹にナイフが突き刺さっている。しかし、それ以上に凄惨な状態だった。
「……なんなんだ、これは……」
男の体には無数の穴が開いていた。銃創だ。まるで蜂の巣のように、無数の銃弾によって体を貫かれている。しかも、銃弾は全て体内で止まっていた。
「……」
砂塚は無言のまま、男の体をサイコキネシスで動かそうとした瞬間、吐き気に襲われた。慌てて口を手で押さえる。そして、そのまま膝をついて嘔吐した。胃の中にあったものが全て出るような勢いで吐く。
「おえぇぇ……」
しばらくすると、ようやく吐き気が収まった。しかし、今度は涙が出てくる。
「うっ……うぅぅ……」
砂塚は泣いていた。なぜ自分が涙を流しているのかわからない。ただ、泣きたかったのだ。理由などない。彼は、泣きながら男の体に開いた穴に手を入れると、中にある銃弾を取り出そうとする。しかし、どの銃弾も途中で止まっており、取り出すことができなかった。
「クソッ! クソッ!」
悔しそうに叫ぶ。だが、それでも銃弾を取り出すことはできない。砂塚の目から流れる涙の量が増えた。彼は、どうすることもできずに、泣くことしかできなかった。
5月2日午後6時3分。戸沢高校学生寮。
―それで、どうして君はそのようなことをしたんだ?
―はい、あいつらが耳付きの少女をいじめてたので、思わず手が出てしまいました
―それで、反省はしているのかね?
―はい、1発ですまさず、半殺しにすべきでした
―ふむ……
校舎のカベに寄り掛かった
「たくっ、いいことやって停学かよ」
拓海は学園都市立戸沢高校の学生である。
彼女は
そうして十字路まで来たとき、彼女は蒸機馬車に跳ね飛ばされてしまった。
前転の感じで1回転して、そのまま蒸機馬車の車体に叩きつけられる。
「……ということがあったんだよ、ホントろくなことが起きねえよな」
「というか、わたしはそれだけの大事故でむち打ちですんでる方が気になるよ」
と、首に包帯を巻いた拓海に返したのは
「つうものの、安静にしろとかなんとかで、ヒマでしょうがねえ。そこでだ、あることを思い出してな」
「ふうん」
「でだ」
「なんかいやな予感がするけど、何?」
拓海は1枚の写真を取り出して言った。
「ちょっと、手伝ってほしいことがあってね」
5月2日午後6時5分。ホテルカチューシャ305号室。
椎名春香はトントンと紙束を机の上で整理する。
「はい、じゃあ坊ちゃんとスナちゃん、クイズの予習始めるよ」
「「はあい」」
と、返事したのは小柄で元気そうな少女とボーイッシュな青髪少女。
彼女たちは高校生で
「じゃあ、問題。将棋の対局で、一手目に……」
ピーン!
「はい、スナちゃん」
「うーん、角」
「正解!」
「やった、桂馬との2択だったんだよ」
「スナちゃん、相変わらず生き急いだ押しなのだ」
5月2日午後6時7分。ニューラグーン市内にある研究所。
「なに、被験者が逃げた?」
「はい、もう市街地へ向かってる模様です」
白衣を着た研究員が上司と思しき人物へ報告している。
ここはとある研究機関の施設だ。表向きには病気を治すためのワクチンの研究をしているように見せているが、実際は人工的に超能力を発現させるための施設である。そして、その所長を務める男が口を開く。
その顔つきは自信に満ち溢れており、自分が絶対強者であると確信しているようだった。
男は部下の報告を聞きながら、自分のデスクに置かれたパソコンを操作してモニターを見つめていた。
そこには、火災現場らしきものが映っている。炎に包まれた建物から逃げ惑う人々の姿も見える。そして、そこに眼が爛々と輝いている青年が映し出された。
「こいつが……逃げ出した被験者か? 」
「はい、パイロキネシスを使いこなすことが出来るらしく、この火災もかれの仕業のようです」
「と、言うことは……」
「はい、現時点で能力が発現してます」
「ほう、なかなか興味深いな……。よし、すぐに追え! 絶対に逃すんじゃないぞ!」
「はい!」
こうして、脱走者を追うための準備が進められていくのであった。
5月2日午後6時9分。栗原ハイツ。
「お帰りなさい〜」
「お、おかえり」
尚美の帰りを彼である誠司が出迎える。
「ただいま〜!あぁ疲れた!」
「今日は大変だったみたいだね……」
「そうなんだよ……聞いてよ!」
尚美が愚痴り始める。
「あのクソ上司めぇー!!何で私がやらなきゃいけない事まで押し付けてくるわけ!?しかも私より仕事できないくせに!!」
「まあまあ落ち着いて……」
「これが落ち着けると思う?もう我慢の限界だよ!」
尚美の怒りはまだ収まらないようだ。
「あーもぉ腹立つぅ!こうなったら今夜は飲むぞーっ!!」
そう言って冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、プルタブを引いて一気に飲み干した。
「プハーッ!美味いぃ〜♪」
「そんな飲んで大丈夫?」
「平気へいきぃ〜♪明日休みだし問題ないってばぁ〜♪」
「そっか……。でもあんまり無理しないほうがいいんじゃ……」
「うるさあいっ!男なら黙っててよねえぇ〜!」
「す、すみません……」
すっかり出来上がってしまった尚美を見て、誠司は苦笑するしかなかった。
5月2日午後6時10分。放火現場。
連合警察ニューラグーン支庁は、各国各勢力の思惑が交錯するニューラグーン州および南洋諸島の治安維持を任された組織である。かれらの権限は司法や武力衝突の調停に限り、国家や組織の上位に立つ。通称はニューラグーン警察。
「はいはい、どいてどいて」
と、野次馬を掻き分けながら、タカシは事件現場に来た。
「あ、タカシ捜査官」
「火事だって?」
「はい、最近多いみたいですニャ。手口も同じ事件ですニャ」
「ということは、連続放火事件ってことか」
タカシはめんどくさそうに、顔をしかめた。
5月2日午後6時12分。栗原ハイツ。誠司と尚美の部屋の隣。
「ねぇ、これにゃに?」
「うーん」
ヒモの龍彦の適当なあいづちに、千鶴はもう1回尋ねる。
「ねえ、これにゃあに?」
「ああ……えっと……」
龍彦は寝転がったままテレビを見ている。その視線の先には女性用の下着があった。しかも、ブラジャーとショーツのセットだ。
「なんだろうね」
「知らにゃいんだ!」
「うん」
「じゃあ、どうして買ってきたのよ!」
「いや~だってさ。昨日、お客さんから電話があって『娘さんのパンツを洗いますか?』って聞かれたんだよ。それで、今日クリーニング屋に取りに行ったら、なんかついでにって言われて渡されたわけで……」
「私、そんなこと頼んでない!それに、私の洗濯物勝手に触らないでよ!」
「はいはい」
「あと、これは自分で捨てるから!」
そう言うと、千鶴はベッドの上に散らばっている自分の下着を手に取り始めた。
「ちょっと待って!それ、俺のお小遣い3ヶ月分の金額かかってんだけど!?」
「知らんわ!!」
千鶴は手当たり次第に投げつけてくる。それは枕だったりクッションだったりと様々だが、龍彦には当たらずに壁に当たる。そして、最後は……。
「痛っ!!」
見事、龍彦の後頭部に当たった。
「ふんっ!もういいもん!別れてやる!!出てく!!」
「ちょっ、落ち着け!落ち着くんだ、千鶴!!」
龍彦は慌てて起き上がり、千鶴の手を掴む。しかし、彼女の怒りは収まらない。
「離してよ!!この変態男!!」
「違う!!俺はただ……」
「言い訳なんて聞きたくにゃい!!」
「だから、話を聞けって!!」
「嫌だ!!聞かにゃい!!」
「あのなぁ、お前が聞いてくれないなら俺も言わないぞ?それでも良いのか?」
「何よ!どうせろくでもにゃいことでしょ!」
「まあ、そうだけど……でも、これだけは言わせてくれ」
龍彦は真剣な眼差しで言う。
「ごめんなさい」
「えっ……」
「本当にすまなかったと思っている。許してくれとは言わないし、言えないけれど謝らせて下さい」
頭を下げる龍彦を見て、千鶴は困惑する。確かに浮気されたのかもしれないけど、自分はそこまで怒ってはいなかったのだ。なのに、ここまで謝られると怒る気が失せる。
「分かったよ。別にもう気にしないし、怒ってもないから顔上げてよ」
「本当か?」
「うん」
千鶴の言葉を聞いて、龍彦の顔色が明るくなる。
「良かった~」
「私こそごめん。もっとちゃんと話していればこんなことにはならなかったよね」
「そうだぜ。付き合ってるんだからお互いの意見を言い合わないとダメじゃん」
「うん、反省します」
2人はお互いに見つめ合い、笑い合った。すると、千鶴のお腹が鳴る。千鶴はそれを誤魔化すように言った。
「お腹空いたね。ご飯食べよっかにゃ」
「おう、俺もペコペコだよ」
「じゃあ、準備してくるから待ってて」
「ああ、頼むよ」
キッチンへと向かう千鶴を見ながら、龍彦は再び寝転ぶ。
(なんだかんだ言って優しいんだよな)
千鶴の後ろ姿を見て、笑みを浮かべながら思った。
5月2日午後6時14分。放火現場。
「あー、センパイ遅いっスよ。なにやってたんスか?」
猫耳を立たせながら愚痴っているのは、アキ捜査官。先に実況見分に来ていたようである。
「あーん、なんやかんやあったんだよ」
「なんやかんやって、なんスか?」
「……それで、状況は?」
「あっはい、これ見てください」
と、アキはタカシを現場に通す。そこは人体を中心とした黒い跡がある。
「例の連続放火事件と同じように、被害者とその近くだけ燃えて、部屋自体はほぼほぼ残っているっス」
「つうことは、確定か……」
タカシはウンザリした風に首を振った。
5月2日午後6時16分。栗原ハイツ。大家の部屋。
栗原ハイツの大家であるミリーは、しかめっ面で書類を読んでいる。
「ああ、めんどい」
彼女は、ぼやきながらボールペンをくるくると回している。
そこに、扉が開いて1人の少女が入ってきた。
「お姉ちゃん、ただいま!」
ミリーの姪のマリーだ。
ミリーは彼女におばさんではなく、お姉ちゃんと呼ばせている。
彼女は、ミリーに抱きつくと甘えた声を出した。
「ねえ、聞いてよ! 今日もね……」
ミリーは、姪の話を遮って言った。
「はいはい、分かったから、座れ。あんたには、話があるんだ」
「えー? また説教?」
不満げな顔でマリーは椅子に腰掛けた。
「その話はもう済んだはずだけど?」
ミリーはため息をつくと言った。
「だからさあ、何度も言ってるだろう? あんたは、もう15歳なんだから、いつまでも子供みたいに甘えてちゃダメだって」
「何それ、嫌だよ。私はずっとここで暮らすんだよ?」
マリーの言葉を聞いて、ミリーは怒鳴った。
「馬鹿言うんじゃない!! いい加減にしなさい!!」
マリーはビクッとして黙り込んだ。
そして、うつむいて呟いた。
「……ごめんなさい」
ミリーは怒りを抑えるように言った。
「まあいいわ。ちょっとお茶でも飲みましょうか」
2人はソファーに並んで座り、紅茶を飲み始めた。
5月2日午後6時18分。ニューラグーン市中央部の交差点の1つ。
砂塚虎雄はようやくことを終えた安堵感の中、雑踏を歩いている。
(……!?)
そのとき、砂塚の脳裏を痛烈な悪意が襲う。
かれのテレパスとしての能力は、たまにそういう強い意志に反応してしまう。しかも、それを追うとほぼ確実にろくなことは起きない。
「ふう、しかたない」
そして、砂塚はそれを見過ごすことはできない。
結局、悪意を追うことにした。
5月2日午後6時20分。ホテルカチューシャ305号室。
「はい、じゃあ次の問題。『大三元』『破天荒』『秀才』『圧巻』という言葉の由来……」
ピーン!
「はい、坊ちゃん」
「科挙なのだ」
「正解!」
「ほほう、坊ちゃんもなかなかやるもんだね」
感心した風にいうスナちゃんに、坊ちゃんはない胸を張って返す。
「なめないでほしいのだ、坊ちゃんだって
「ふふふ、まだ夜も長いし、続けるよ」
春香はニヤニヤ笑いながら、言った。
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