第6話 ドングリ探しと同じでござる

 王が伝令を伝えると、ピルーノピは全身の血の気をひかせて、顔を青く染め上げた。

 勇を王都に呼び寄せている間に、ルーインハイトが壊滅していたかもしれない。

 防人として残りたいという申し出を押し通して召集した、自責の念に駆られているようだ。

 いつも前だけを向いていたピルーノピの弱った顔を初めて見たルナは、急いで彼女の背中を支えた。


「ルナはバイバムト、マリとエリはドルーシャへ。トルトンにはマルスとカローラスが向かってくれ。各地方の責任者として兵を動かせるよう伝令しておく。おそらく、ルーインハイト以外は3万人ずつは兵がいるはずである。武運を祈る」


「はっ!」


 王命後、それぞれが戦闘の支度に向かった。当然のようにルーインハイトは切り捨てられていた。というより、もう落ちたと判断されているのだろう。


「すまない、勇殿」


 ルナは自分の掌を見ながら呟いた。

 助けに行きたい気持ちは当然あった。が、ルナが最重要拠点であるバイバムトに向かうことは決定事項だろう。

 王に仕える剣として、その選択に偽りはない。しかし、心は揺れてしまっていた。


 それぞれの近衛達が離れ、ルナの心がピルーノピから離れた瞬間を身計らい、王のそばで項垂れていたフリをしていたピルーノピは走り出した。


「ピルーノピ! 戻りなさい!!」


「ごめんなさい、お父様!」


 ルナがそれに気づいた時は、すでにワープホールのすぐ側に辿り着いていた。ピルーノピが何をしようとしているか瞬時に気づき、なぜそれを事前に慮れなかったのか悔いた。


「ピルーノピ様! なりません!」


「ごめんなさいルナ、どうしても行かなくては」


 ピルーノピは一度振り返り、悲しそうに微笑んだ。ルナはその顔を戦場で何度も見たことがあった。死を覚悟した者の顔だった。


 仮に勇が辿り着いてから敵軍に襲われていたとしても、他の領地とは違い、守衛や憲兵が存在しないルーインハイトでは、勇単独での戦闘になる。

 村人達はむしろ人質のようなものだ。魔物のようにそこまで群れずに襲ってくるのなら勇の戦闘力なら対処できるが、大群を引き連れた知恵を持つ敵国の人間となると、話は変わってくるだろう。

 ピルーノピは、勇がかろうじて生きていることを祈りながら、決死の覚悟でワープホールへ飛び込んだ。


「申し訳ございません、近衛の我々がピルーノピ様のそばを離れたばかりに……!! どうか進言のご許可を!!」


 ルナは王の元へ走り、膝をついた。バイバムトより先にルーインハイトへ向かう許可を貰おうとしたのである。

 戦闘を行うことは許されずとも、ピルーノピと勇を連れて戻るくらいのことは許されるのではないかと。


「……ならん」


 王は心を鬼にして、ルーインハイトにルナを向かわせたい気持ちを抑え、再度バイバムトへ行くように指示を出した。

 バイバムトが落ちれば、王都も沈むことが確定する。敵軍がもっとも攻めているのも、おそらくバイバムトだ。王軍最強のルナが行かなくては、落ちるのは時間の問題だった。

 ピルーノピが向かったルーインハイトには、勇がいることも分かっている。

 勇でダメなら……ルナが単騎で向かったところでどのみち勝ち目はないだろう。

 王もまた、勇の強さを信頼する1人だった。

 それに、王家の者としてピルーノピがしたことを許すことは出来なかった。


「し、しかし!」


「ピルーノピのために王都を落とす訳にはいかんのだ。バイバムト奪還後、余裕があればルーインハイトへ向かってくれ。頼んだぞ、ルナ」


 王の縋った目がルナに向けられた。


「……畏まりました! この命に変えても!」


 しかし、この戦闘がルナにとって、最も過酷になることを、彼女はまだ知らない。


 ⚪︎

 ピルーノピがワープホールをくぐり、ルーインハイトの入り口にたどり着くと、あたりは敵軍の死体と戦闘跡で溢れかえっていた。


 住民達がいる場所まで走ると、人の気配はなく、家は燃やされ、ただ寂れた風が吹き抜けている。


「そんな……」


 状況証拠から考えるに、住民達は敵兵に全員殺され、家は焼かれ、勇が辿り着いてから戦闘になったが、戦死。ルーインハイト壊滅を確認した敵軍は、自国に戻ったか、別の場所へ援軍として向かった。これが最も確率の高いシナリオだろう。


 つまり、ピルーノピにとって最も最悪の状況だった。


「ぁぁああああああ!!!」


 ピルーノピは両膝から崩れ落ちて、絶叫した。


 私のせいだ、私が呼び寄せたせいで。


 心が壊れそうなほど締め付けられた。どれだけ後悔しても、自分を罰したとしても許されない、許したくもない痛みが、全身を突き刺した。


「勇さまぁあああああああ!!!!」


「お、ピルーノピ殿、どうしたでござるか?」


「……へ?」


 勇の名を叫び号泣していると、勇が現れた。ゾロゾロと村人達を引き連れている。

 こうあって欲しいという自分の願望を見ている、幻覚なのだろうか。ピルーノピは目を閉じ擦った。そしてもう一度開くと……勇が膝をつき、ピルーノピの頬に手を当て涙を拭ってくれた。

 明らかに実体のある、勇本人であることがわかると、ピルーノピはさらに大きく声を上げながら、抱きつき泣き喚いた。柔らかいピルーノピをの全身が、無敵とも思える勇の体に包まれ、その安心感はより一層ピルーノピの涙を誘った。


「わ、わ、わたしのせいっで、ひっぐ、皆さんも勇様も、うっ、死なせてしまったかと、うわあああああ」


 子供をあやすように勇はピルーノピの頭を撫でた。


「誰1人として死んではござらんよ。安心してほしいでござる」


「はい、よ、よかった、本当によかった……うっ、そ、それより、どうしてご無事なのです?」


「どうしてって、倒したからでござる」


 まったく納得のいかない表情のピルーノピを見て、勇は細かく説明をはじめた。


「爺と婆に色々と説明をしていたら、突然敵兵が襲ってきたんでござる。この山は龍の結界がありましてな、悪意のあるものが通ると、拙者にそれが伝わるんでござるよ。皆を洞窟に入るように指示して、拙者が全員倒した後に皆を呼び寄せたら、ピルーノピ殿が泣いていたでござる」


「……敵兵は一体何人ほど?」


「わからんが、5000人くらいだと思うでござるよ。なるべく殺したくはなかったでござるが、結構な人数が死んでしまった。無念でござる」


 そういって敵兵の死体に向かい、哀れみの視線を送る勇の表情を見て、ピルーノピは心の底まで恋に落ちていることを確信した。

 5000人は、この規模の村を落とすには多すぎる。行軍するだけで勝てる人数だ。それより、なぜ重要拠点ではない山奥の限界集落であるルーインハイトが狙われたのかもわからない。勇か古龍の存在が噂に入ったのだろうか……?


 そして、ルーインハイトに5000人を向けたということは、他の領地にはとんでもない人数の大軍が押し寄せている可能性が高い。

 王都の軍兵は王都の守護のため動かせない。それぞれに散ったリュシード王国の最大戦力達が、現地の兵を統率し、勝利しなくてはならない。


 ピルーノピは泣いている場合ではないことを思い出した。そして、これ以上勇を巻き込む訳にはいかないと思った。


「ありがとうございます、勇様。もう大丈夫です! 引き続きルーインハイトの守護をお願い致します。私は王都に戻り、ルナ達の元へ行きます」


 ピルーノピはとびっきりの笑顔を向けた。強がりではない、本心の言葉だった。


「む、ここ以外にも敵に襲われているんでござるか?」


「はい。3つの領地が同時に攻撃されていて、ルナ達がそれぞれに散っています」


「では、拙者も助太刀するでござるよ」


「いえ、勇様はここの守護が必要ですので」


「さっき飛んで辺りを確認したのでござるが、まったく気配はなかったでござる。それに離れていても結界の変化は伝わるでござる。むしろ唯一敵に奇襲されるとしたら、ワープホールからでござるね。それならこちらから出向いてやるで候」


「しかし、これ以上ご迷惑をおかけする訳には。それに防人として残りたいと言うお話もありましたし」


「永住は難しいでござるな。しかし、ピルーノピ殿、ルナ殿、マリ殿とエリ殿に何かあれば、拙者は後悔するでござる。一緒に行かせて欲しいでござる」


「勇様……」


 ピルーノピは決断できずにいた。数刻前の感情がトラウマのようにフラッシュバックする。同じ後悔はもう味わいたくない。

 しかし、勇はピルーノピの返事を待たずに、ワープホールへ向かって歩き出した。


「早くいくでござるよー?」


 勇が振り返り、ピルーノピに声をかける。


「皆さんは宜しいのですか?」


 村人達へ問いかけた。こんな酷な質問はないことはわかっている。嫌だ、いかないでくれと勇を止めて欲しかったのだ。

 しかし、そういった声は一切上がらなかった。


「うちの勇の彼女達がピンチなんじゃろ? 行かない選択肢はないじゃろて。我々は大丈夫じゃ、勇が大丈夫だというなら、それを信じとる。それにもう、いつ死んでも後悔はないからの」


 勇の爺様が言うと、村人は一斉に笑い始めた。


「行きなさい。お姫様にはお姫様の役目があるじゃろて。勇を頼みましたよ」


 婆もしゃがみ込んだまま動けずにいたピルーノピに声をかけた。

 その表情と言葉は、王家の人間に向けられたものではなく、一人息子の彼女に向けられた、暖かいものだった。


 ピルーノピは立ち上がった。


「皆様!! 必ず戻ります。どうかご無事で!」


 うんうん、と皆頷いた。勇の元へ駆け出し、合流する。ワープホールの前で勇は振り返った。


「行ってくるでござる」


「気をつけてな〜」


「家とかなおしとくわい」


「頼んだでござる。では」


 それはまるで、ちょっとドングリでも拾ってくる息子を見送るような、軽い会話であった。

 息子が戦死することを、微塵も想像していないようだ。それがおかしくて、ピルーノピは笑ったのだった。

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限界集落で育った童帝オタク、王都の美女達に毎日口説かれるけどスローライフを送りたい 君のためなら生きられる。 @konntesutoouboyou

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