エピローグ
あの絶望から十六時間が経過した。死んだ頭で書いたレポートは最低文字数である一万字を何故か超えていた。自分でもそこまで何故書くことが出来たのかは分からない。ただ一つ確かな事はレポートの内容はきっと見るに堪えないものだということ。もし俺のレポートが拒否されたら大人しくもう一年頑張るしかない。
絶望九割。希望一割を持って学校に向かう。幸いにも、もうひとつの登校手段であったバイクが俺の手元に戻ってきたことで学校までバイクで通学できるようになった。バイクで高校までは数分で到着する。
学校終わりまでレポートを持っているのは気が狂いそうになるから朝早く登校してレポートを提出したい。校長はきっと誰よりも早く学校に来ているはずだ。それを願ってまだ誰も来ていない学校まで向かっている。
学校に到着すると駐輪場は空っぽだった。初めて見るその光景に非日常を感じる。もう少しこの光景を目に焼き付けていたいが、後ろから現実が襲ってきている。このままでは先に現実に目が焼かれてしまう。あと少し滞在したいという気持ちを押し殺し、校長室へ向かう。
誰の姿も見えない校舎は俺に恐怖と懐郷を感じさせる。肌寒い廊下に俺が歩く音が高々と響く。寒さに身を震わせながら廊下を進んでいくと目的地の入り口が見えてきた。その入り口からは微かに誰かと話す校長の声が聞こえる。居るのは確定。早く事が終わりそうだった。
話し声が聞こえるがそんなもん俺には関係ない。さっと出して終わらせたい。
「失礼します。和島です。レポートを提出しにきました」
「……和島君か。どうぞ」
「失礼します」
俺の声を聞いてほんの一瞬、間があったのは気のせいか。兎も角、入室の許可が入った。待たせるのも変だ。恐怖はあるが、畏れてばかりもいられない。
「おはようございます。朝早くからご苦労様です」
「ええ、本当に!! これがレポートです。確認お願いします」
「はい、どうも。後で確認します」
「それじゃあ俺はこれで……」
「ちょっと待った。まだ授業が始まるまで時間はあるでしょう? 少しお話していきませんか?」
「いやぁー。残念ながら遠慮させていただこうかなと」
お話をして良かったことは一度も無い。大抵ロクな目に合わない。喜んでなんて口が裂けても言えない。
「そうですか……。それは残念だ。また君と来年も過ごせるとは嬉しい限りです」
「いや、今無性に先生のお話が聞きたくなりました。時間は全然あるんで、いっぱい話してください」
「しかし、遠慮するのでは?」
「いや、犬が遠慮を食べていったんで。むしろ話が聞きたくて聞きたくてしょうがないです」
「なら、遠慮なくお話をしましょうか」
簡単に脅しに屈してしまった俺が情けなくなる。何でこうなるんだ……。
「お話と言っても個人的に聞きたいことが二つあるだけです。これが聞ければ充分です」
「一つ目は?」
「小倉君と会ってどうでしたか?」
「どうでしたかって……。それはまた答えにくい質問だ」
「何を感じたのかでも良いですよ」
「……何を感じたと言われても感じたのは虚しさだけです。天音は自分の事情を詳しく話してくれなかったんで、アイツがどんな思いだったのかは最後まで分かりませんでした。アイツが母親を殺していたことも後で知ったし、その状態でどうして俺と普通に接触出来ていたのかも分からなかった。事情を話してくれたら何か変わっていたとまでいいませんが、アイツの気持ちをほんの僅かでも理解できていたかもしれない」
「ほう」
「それに、レポートのお陰とは言いたくありませんが、今回の内容をまとめていたらようやく整理できた。多分、俺と真逆の選択肢をとった結末が小倉なんです。恨み続けて、憎しみを実行して何もかもを壊そうとした。俺と似ていて正反対。それが小倉天音という人間でした」
そして、天音は俺に止めてほしかったんじゃないかと勝手に思う。考えれば考えるほど俺を殺せる場面は幾らでもあった。バイクに乗っている時でも良かったし、ミスプレイと初遭遇した時もそのまま俺を殺すことは出来た。最後だってそうだ。宿野部を殺す前に俺を殺していれば天音は何もかもを達成できたはずだ。それなのに天音はわざわざ俺の言葉に乗ったり、一緒に行動を共にしたりしていた。
天音はただ俺に気が付いてほしかっただけじゃないんだろうか。気づいて止めてほしかった。それを天音は望んでいたんじゃないか。そう思ってします。実際はどうだったかは天音に聞かないと分からないけどな。
「そう感じたのなら結構。では、最後の質問です」
「軽いのでお願いします」
「答えが決まっていれば軽い質問ですよ。――進路はどうしますか? 決まっていないのは未だ君だけ。そろそろ学校側としても進路を決めてもらわなければ本格的に困ってきます。具体的には血脇先生がこれから一か月寝られなくなるくらいには困ってきます」
「それは困るな……」
この場に血脇が居ないのが最大の不幸だ。もし答えが決まっていなければ血脇はこれから地獄になるところだった。ほんの好奇心で、まだ決まってませんと言ってみたくなるが寝不足が辛いのは昨日の今日で思い知った。止めておこう。
「まだ色々と考えたいこと、考えなくちゃいけないことが俺にはあります。だから、大学に進学します。学びたいことがあるわけじゃない。でも、四年間という時間はきっと俺に間がる時間を与えてくれる。そんな理由ですけど、大学に行こうと思います」
「これから大学に行くとなるとかなり厳しい道のりになりますよ」
「厳しい道になるのは既に決まってるんだ。今更厳しくなったところで俺が進む道は変わりません」
「覚悟が決まっているならよろしい。そんな君に私からありがたい言葉を授けましょう」
「……何です?」
自分からありがたい言葉だと言っているのだ。胡散臭いのが抜けないが、聞くだけなら損は無い。そこまで薄い言葉ではないことを祈る。
「立ち上がるには意思が必要で、止まるには心が必要。その二つが出来て初めて人は進むことが出来る。どちらかが欠けた時は思い出を振り返りなさい。思い出が力をくれますから」
それを聞いて思わず目をぱちくりとさせてしまった。想像していたよりも厚い言葉だった。受け流そうとしていた自分が恥ずかしい。本気には本気で答えなければな。
「ありがとうございます。ありがたいお言葉、確かに頂戴しました」
「確かに授けました。聞きたかったことは以上です。もう退出していただいて結構です」
「分かりました。では、失礼します」
校長室から出ると校舎には喧騒が宿っていた。その喧騒を楽しみながら前に進む。
俺には夢が無い。霧に消えていく街で俺の夢は消えてしまった。
けど、進むべき道は分かった。今は消えてしまっているかもしれないが、この道の先に夢がある。それが分かった。
だから俺は進む。託された意思とともに険しい道のりを進んでいく。
「見ていてくれ、霞。いつの日か、お前に俺の夢を自慢してやる」
決意に満ちた俺の声は喧騒に飲まれていく。けど、俺の声は確かに届いた。そんな気がした。
霧に消えていく街では夢も消えてしまうのか 抹茶ラテ @GCQ
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