1-20 What I have received and what I should receive

 あれから五日が経過した。意識を失ったあの後、どうやら俺は病院に搬送されたようで、命は助かった。眠りから覚めた時に見知らぬ天井が見えたので


「知らない天井だ」


 と一度言ってみたかったセリフを漏らしていたら俺の様子を見に来た看護師にそのセリフを聞かれてしまった。赤っ恥をかいたが、それでも言いたかったのだ。聞かなかったことにしてくれないかな?


 そんなこんなで目が覚めた今日は検査が続き、今はそれが落ち着いたところだった。


 俺の状態は医者曰く


「重傷と言えば重症だけど、精密に言えば重症の一歩手前といったところかな。けど、搬送されてきた状態がそのまま続いてもしばらく死ぬことは無かっただろうね。意識を失ったのはきっと血が足りなくなったせいだよ。目が覚めたなら今日の様子を見て明日退院して良いよ」


 とどっちつかずの状態だと言われた。退院しても良いと言われたという事はもう大丈夫だという証拠なんだろうが、それでも釈然としなかった。


 ベッドに横たわり、今回の一件を思い返す。落ち着いた今、ようやく考えることが出来る。

 小倉は、ミスプレイはどうなっただろうか? 気になることに解消されていない疑問点はまだ心の中で燻っている。


 一人で考えても答えは見つかりそうにない。知っている情報だけで推理するには余りにも情報が足りていなかった。延々と意味のない長考をしていると病室のドアがノックされた。俺の病室は何故か個人部屋が割り当てられていた。部屋の主は俺だけ。俺に会いに来た人だ。母さんかな。


「どうぞ」


 スライドドアが開かれるとそこには果物籠を持った血脇がいた。


「血脇先生」

「失礼する。具合は?」

「体がまだ痛むだけです。明日には退院できるみたいなんで問題はありませんよ」

「そうか。なら良い」

「それで血脇先生はどうして此処に?」

「お見舞いに決まってるだろう。それ以外にあるか?」

「……それもそっか。まだ頭が覚めてないみたいです」


 意識は覚醒したが、脳はまだねぼけまなこのようだ。随分なお寝坊さんで我ながら笑ってしまう。


「お前の事だ。今回の結末が気になってるんじゃないか?」

「というのは、天音の事ですか?」

「そうだ」

「――教えてください」


 関わった俺にはそれがどんなバッドエンドだとしても結末を知る義務がある。結末を糧に歩いていかなければならない。


「あの後、小倉はそのまま警察に連行され取り調べを受けている。怪我は脳震盪があるだけで目が覚めた後の受け答えはハキハキとしていた。今回怪我が酷かったのはお前だけだ」

「そうですか。……駄目元で聞くんですけど、宿野部は……?」

「死んでいたよ。鑑識から聞いた話では一発目の銃弾で心臓を。二発目で脳を撃たれていたようだ。助かる道理がない。奴がしてきた所業を考えれば妥当な結末だと言えるが、お前のことだ。後味の悪さを感じているのだろう?」

「そりゃあね。いくら外道だとしても死ぬことで罪が償われるわけじゃない。生きて罪を償ってほしかったなと思うところが正直あります」


 死ぬことで罪が償われるのなら罪を犯した人は全員死ななければならないということになる。だが、現実はそうじゃない。犯した罪を悔いながら生きている人はいっぱいいる。罪を償うという事は生きて犯した罪と向き合うという事だ。死んでしまったらそれも出来ない。死は救いなんかじゃない。


「仮面の連中は小倉の供述から全員の身柄を確保している。その中には高校生の姿もあったよ。嫌な話だがな」

「よく捕まえられましたね?」

「連中全員の個人情報を小倉は知っていた。捕まえることが出来たのはそのお陰だ。個人情報があれば捕まるのは時間の問題だ。小倉から情報を聞いたことで警察は確保を決定し、すぐに全員が捕まることが出来た。腰の重かった警察がすぐに動いたのは謎だったがな」

「高校生以外の構成員の正体は?」

「ほとんどは土井の元部下ばかりだった。そいつらの目的も宿野部と同じく土井の仇討ちで警察が隠していた土井の真相を話したら、大人しく罪を償う事を選んだそうだ」

「高校生の目的は? 土井と関わりがあったわけじゃないでしょ? あの人の周りに高校生がいたなんて記憶はありませんよ」

「高校生たちはこの街を壊すことが目的だったようだ。不平、不満が溜まり、それが今回爆発した。小倉がそう誘導していたのかもしれないが暴れること。これが目的だったみたいだ」


 去年の一件で残った問題とこの街に不満を持っている大人と若者を小倉は上手くコントロールし、そして今回の一件を引き起こした。用意周到も良い所だ。それほど恨みを果たしたかったのだろう。


「仮面の連中は壊滅したという認識を持ってもいいって事ですか?」

「そうだな。構成員は全員逮捕され今は取り調べの真っ最中。壊滅したと考えても良いだろう」

「そうですか……」


 自分では中々そう思う事が出来なかったが、他人から終わったと言われてようやく終わったのだと実感してきた。ミスプレイを壊滅させることが俺の目的でなかったにしても一つ物事が終わりを迎えたというのは俺に落ち着きを与えてくれた。


 じわじわと胸に湧く達成感を感じつつ、聞かなければならないことに直面する。わざと話そうとしていないのか、知らないだけなのかは分からないが血脇は俺に伝えるべきことを伝えていない。今聞かなければ達成感に溺れてしまいそうだ。


「天音はどうなりますか?」

「知りたいか?」

「知りたいんじゃない。俺は知らないといけないんです。変な気遣いならいりませんよ。元々そういう仲じゃないでしょう」

「そういえばそうだったな。――此処から話す内容は俺の推測も一部入る。それでも構わないか?」

「ドンとこい」

「まず小倉は宿野部と同じくらいの権限を持っていたようで、かなりの売春斡旋とヤクの販売に関わっていた。そして、これが一番衝撃的だったんだが、小倉は宿野部の他に後一人殺していた」

「宿野部の他に? その一人は? 俺は生きてますよ。……生きてるよね?」


 自分で言ってて不安になってきた。それを見た血脇は急に混乱を始めた俺を見て呆れていた。


「きちんと生きてる。安心しろ。殺されていたのは小倉の母親だ。自宅で体を数か所撃ち抜かれていたそうだ。死亡想定時刻は今から六日前」

「俺と出会う前に殺してたのか……」

「これが分かったのは小倉の逮捕後、母親にも事情聴取へ同行してもらおうとした時だ。いくら連絡しても繋がらず、警察が家まで向かった際に母親の死体が発見された。見るも無残な姿だったと聞く」


 母親を殺したことはきっと彼女の覚悟の表れだ。最低最悪な覚悟を彼女は決め、この街を崩壊させるという決意を決めてしまったのだろう。


 どうして決めてしまったんだと思ってしまうが、俺は結局小倉が一体何を抱えているのかを知ることが出来なかった。彼女には彼女なりの理由があったはずだ。それを知らずに彼女の覚悟を否定することは俺には出来ない。けど、人を殺したことだけは認められない。人を殺して覚悟を決めた事だけは絶対に認めない。認めてたまるか。


「二人を殺害し、ウリやヤクの斡旋をした。恐らくまだ余罪は出てくるだろうが、今分かっているこの二つの事実だけで家庭裁判所ではなく、地方裁判所か高等裁判所での判決が下される。そして、ここからが俺の予想だが懲役は最低でも十年求刑されるだろう。最高という言葉が合っているかは分からないが、上限は申し訳ないが予想は出来ない。下手をすると死刑が下されるかもしれないな……」


 今回の結末は小倉の夢は砕け、俺は街を守ることが出来た。いや、出来てしまった。誰も救われないつまらない結末。それが今回の結末だ。


「俺はまた街を守ったのか……」


 街を守りたかった訳じゃない。ただ小倉を止めたかっただけだ。


「まだ憎いか?」

「それは勿論。この憎しみはそう簡単に消えません。まだ俺の心の中で叫んでます」

「じゃあ何故小倉を止めた? 小倉を止めなければもしかするとお前の憎しみも一緒に晴れたかもしれないぞ」

「天音は破滅を道標にしていた。それが叶うところはもう二度と見たくなかった。街を守るとか俺の憎しみを晴らすとかそんなことよりも、また繰り返される破滅を今度は止めたかった。たったそれだけです」

「叶ったか?」

「多分。街を守ってしまったのは癪ですけど、去年と違って破滅は止められた。それだけは確かです」


 去年、俺は霞の破滅を止められなかった。それを後悔しなかった日はない。


 だから今回、小倉の破滅を止められたのは俺にとって救いだった。俺はもう少し生きていていいのだと実感できた。


「和島。――乗り越えられたか?」

「……意地悪な質問ですね」

「意地悪じゃない。俺は今、一人の人間として聞いている。どうだ?」

「――きっと乗り越えられていない。先生と一緒です。でも、意思は受け取った。それがようやく理解できました。乗り越えるにはまだ時間が掛かりそうですけど、でもいつか乗り越えて見せます」

「……そうか。なら良い」


 血脇は安堵の表情を浮かべていた。その表情はまるで自分も救われたといったような表情だった。それを見て、あの時見た幻を血脇にも伝えるべきだと思った。


 霞の一件は血脇も関わっている。俺だけが関わっていたわけじゃない。あれが俺の生み出した幻想か、それとも幻と言われる現実だったのかは今でも分からない。それでも確かにあれは霞だった。俺と同じ痛みを持つ血脇にも知る権利がある。そして、俺には伝える義務がある。


「あの……信じてもらえないかもしれないんですけど」

「何だ?」

「天音に撃たれて意識が朦朧していた時、霞の姿が見えました」

「……あの子は何か言っていたか? 恨み言かそれとも」

「ゴメンねって。泣いてました」

「……何故謝るんだ……謝るべきは君じゃない。謝るべきは俺の方だ」

「俺達の方が正しいですよ。そう思ってるのはアンタだけじゃない。でもさ、最後に霞は笑ってくれました。俺がもう一度見たかったあの笑顔を見せてくれたんです。確かに俺は失敗したけど、手を伸ばしたことは決して間違いじゃないかった。それを思い出せました」

「なら良い。……お互い忘れないようにしような」

「もう忘れません」

「意思を受け取ったのなら墓参りはどうする? 今なら話したいこともあるんじゃないか?」

「いえ、まだ止めときます。まだ俺は夢を見つけられてない。でも、これは今までのネガティブな理由じゃない。もう一度俺が笑って夢を見つけたって自慢できるようになったら行きます。逃げじゃなくて進むための誓いにします」


 血脇は立ち上がり、俺に背を向け部屋から出ていく。話すことも話したし、聞きたいことも聞いた。滞在する理由が無くなったということなんだろう。俺も聞きたいことは大抵聞いた。引き留める理由は何処にも存在しない。俺も血脇の顔を今は見たくない。きっと酷い顔をしている。血脇からしても俺の酷い顔はきっと見たくないはずだ。自分でも凄いことになっているのが分かる。男の泣き顔を見て良いのは自身だけ。他人に見せるもんじゃない。


「じゃあ、俺は仕事に戻る。明日から登校するのか?」

「その予定です」

「なら、進路希望調査票の締め切りが来ている。明日提出しろ」

「了解です」


 進路希望には何の不安も無い。もう自分の中でどの進路を採るかは決まっている。事務連絡はそれだけだと勝手に思い、瞼を閉じる。しかし、俺の予想を裏切り血脇はまだ言葉を続けてきた。


「それと」

「?」

「今回の課題レポートを忘れるなよ。それも締め切りが近いぞ」

「へ? レポートってなんですか?」

「今回の小倉を確保するという課題に対するレポートだ」

「天音は確保したじゃないですか?」

「確保はしたな」

「じゃあそれで良いじゃないですか」

「……話が噛み合っていないな? レポートを出せという指示があったはずだぞ」

「え?」

「まさか、貰ったプリントに目を通していないのか?」


 貰ったプリント? 校長が渡してきた奴か。貰ってから一度も目を通していなかったことを今更思い出す。


「読んでおけと念入りに言われていたはずだぞ。今回の一件、名目上は課外活動だ。確保しろとは確かに言ったが、それだけではどんな活動をしたのかは分からない。その詳細を俺たち教員が知るためには和島が書いたレポートが必要になってくる。これはプリントに書いてあるぞ」

「マズいなぁ……」


 言われると確かに納得できる。職場体験をしたと口で行っただけでは本当に行ったのか疑わしい。活動とともにレポートを提出することで初めて学校は活動を行ったと認める。よーく考えればレポートの提出が必要なのはプリントを読まなくても分かることだった。


「俺五日間入院してたし、期限は伸びても良いんじゃないんですかね?」

「伸ばしたいなら伸ばせば良い。また俺と一年過ごしたいならな」

「期限延長して下さい!!」

「ストレートに言っても無駄だ。お前のやることは変わらんよ」

「……今日寝れねぇじゃん……」

「五日間も寝ていたんだ。今日の睡眠が無くたってどうってことは無い」

「それを言えるのは当事者である俺だけですよ……」


 目が覚めてすぐに徹夜が確定するという悪夢。起きてるのに悪夢って何だよ。


「ではな」


 それだけ言って血脇は病室から出ていった。


 残されたのは全身を包帯でミイラにされた病人だけ。ベッド付近に備えられた時計を見ると時刻は午後一七時三〇分。明日の授業が始まるまで残り約一六時間。


「ぷ、プリントは何処だ……」


 リュックに無造作に仕舞った覚えがある校長から貰ったプリントを急いで探す。幸いにもプリントは少し皺を作ってはいたが、確かにリュックの中に在った。


 紙を捲っていくと警察に捕まった場合やガラケーの使い方などが載っていた。そういえばガラケーを貰ったのは良いが、一回も使う機会が無かった。何で渡したんだろうな?


 気にはなるが、今はレポートに関する記述を探すのが最優先事項だ。速読をしながらレポートに関する記述を探すと見たかった文章は最後の方に載っていた。手を止め、目に力を入れて文章を読むと、そこには


『活動を行ったことを認める際にはレポートの提出が必須である。これが提出されなかった場合、課外活動を行ったとは認めない』


 と書かれてあった。何で話をしたときに言わなかったのかと頭の血管が切れそうになるが、見ていなかった俺も悪い。其処はひとまず飲み込む。問題は文字数だ。文字数によっては悟りを開かないといけない。


 そのまま文章を続けて読んでいくと文字数についての言及もあった。そこには


『なお、レポートの最低文字数は一万字とする』


 絶望が待ち受けていた。


「ぎゃあああああ!!」


 残り十六時間。文字数は未だゼロ。絶望という名のゴールが俺に向かって手を振っていた。

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