1-19 Dreams and Ruin
二発目の死が宿野部に届く。そして、目を開いたまま宿野部は息絶えた。宿野部が見つめていたその先には銃を構える小倉の姿があった。銃を構える小倉は笑みを浮かべていた。
「何してんだ。小倉」
「何ってゴミを掃除しただけ。利用価値ももう無くなったし、最後に真相が何かも分かったんでしょ。なら、もう生きてる価値は無い。だから殺した。ただそれだけよ」
小倉はすっきりしたという顔で宿野部の死体を足で何度も踏みつけ、青いスニーカーを血で染めている。グチャリという音が響くたびに、スニーカーには細かな肉片が付着する。
「死体をこれ以上弄ぶな。止めろ」
音はまだ響く。小倉は笑顔のまま。
「止めろ!!」
止まらない。笑顔のまま小倉は死体を蹴り続ける。
「いい加減にしろ!!」
「うるさい!!」
「いっ……」
乾いた音が響き、足に衝撃と痛みが走る。立っていられなくなり、地面に倒れこんでしまう。衝撃の先には穴の開いた右足が見え、血を外に流失させていた。ズボンが徐々に深紅へ染まっていく。
「誰も私の邪魔はさせない。私の復讐は止めさせない。私から全てを奪ったこの街が壊れるまで立ちふさがる奴は全員殺す」
「……そうか。お前の復讐相手は誰かじゃなくて、この街か」
小倉が抱えていた炎の正体がようやく分かった。復讐の炎が向いていた先は誰かじゃなくてこの街だ。自身を燃やし、そして街を燃やしつくす。それが小倉の目的。宿野部を裏切り、俺に取り入ったのは全てはこの街に復讐するためだったのだろう。
「ようやく気が付いてくれたのね。君ならもっと早く気が付いてくれると思ってたんだけど、期待外れね」
「勝手に……期待するんじゃねぇよ。」
「君だってこの街に恨みを持ってるでしょ? ただ奪っていくだけで、奪われた人には何も与えない。優しかった人から死んでいって、こんなゴミが生き残ってしまう。父が死んだ理由が親子喧嘩? ふざけないで!! そんなの私が認めない。全部壊す。壊して皆何もかも失ってしまえばいいんだ」
「……この街に復讐なんて出来るわけないだろ。その前にお前が捕まっておしまいだ。俺と宿野部を殺したくらいじゃこの街にはなんの変化もない。ただ二人死ぬだけだ。何も変わらないぞ」
俺もこの街は嫌いだ。好きな場所は片手で数えられるだけ、嫌いな場所は数えられないほど。小倉の気持ちが分からないわけじゃない。けど、街の復讐なんて出来ない。俺はそれを知っている。だが、それを小倉は否定してくる。
「いいや、二人だけじゃない。もっといっぱい殺す。そのために、ミスプレイが必要だった」
「何?」
「これからK、Sエリアに宣戦布告をする。Rエリアから何人かが殴りこみに来たなんて知ったら各エリアはどうなると思う? 去年の一件から結ばれた不可侵条約は簡単に破られ、また抗争が起きる。そして、抗争だけじゃない。警察の汚点も同時に発表する。この街はどんな末路を辿ると思う?」
「ミスプレイのリーダーは宿野部だろ? お前の言う事を聞くとは思えないが?」
「リーダーは確かに宿野部だね」
「……創設者はお前ってことか」
「正解。段々勘が鋭くなってきたね」
納得がいった。ミスプレイの動きと小倉の動きは疑ってしまうほど連動していた。思えば怪しかったのは最初からだ。ミスプレイと遭遇後、余りにも小倉と出会うのが早すぎた。それこそ情報が筒抜けだと思ってしまうほどだ。恐らく遭遇した段階でミスプレイは小倉に俺の居場所を伝えていたのだろうな。
「抗争は始まり、それを止められる警察も上手く機能しなくなる。この状態がお前の目的か」
「その通り。これが私の目的。私の夢。此処まで来るのは大変だったよ」
「本気で抗争が起こると思ってんのか?」
「勿論。人間はね、一発の銃弾さえあれば争いを起こせるんだよ。その証明は去年君がしてくれたでしょ」
「俺はお前を止めるぞ」
「もう一人死んでるのに私が止まると思うの?」
「お前を止めればまだ抗争は起きない。あんな悲劇はもう繰り返すべきじゃない。いや、繰り返させない。これ以上罪を重ねさせないためにもお前は此処で止める!!」
小倉がこの街に恨みがあるのも、話を聞いただけじゃ到底納得できないのも分かった。だが、分かったからといってそれを見過ごすわけにはいかない。あの時は止められなかったが、今はまだ手が届く。止められるんだ。諦められる道理はない。
穴が開いた足の痛みに耐え、気合いで立ち上がる。あの時の無力感を乗り越えろ。立ち上がれ。今度は止めて見せるんだろ俺!!
「後戻りはもうできない。私は進むしかない。止まるわけにいかない」
「それでも止める。進むしかないなんて嘘だ。止まれるんだよ!!」
「……裏切者」
血は未だに止まらず流れ続けている。止血をしないとマズい状態だが、そんなもん後だ。まずは小倉だ。先なんて後で考えろ!!
「ッツ……一発は宿野部に取っておいたんだがな、てめぇが親玉だっていうならお前が受け取っとけ」
意思と拳を固める。ほどけないように硬く骨が軋むほど拳を握る。足はまだ動く。引きずりながらでも前へ。
「食らうと思うの?」
小倉は殺意の塊を俺に向け、発射する姿勢を取る。俺と小倉の距離はおおよそ十メートル。足が万全ならまだ躱せるが、片足を撃たれている今は一発を躱すだけで精一杯だ。だから、覚悟を決める。死ぬ気はまだない。まだ死ねない。
「来い。お前の覚悟、受け止めてやる!!」
恐れを捨てて前に進む。躱すことは出来ないが、受け止めるくらいなら訳ない。急所以外で耐えきってやる。
「夢がない君に私を止められるわけがない!!」
乾いた音が響き、音は血に濡れる。弾は左肩から抜け、痛みがさらに増す。声を上げたくなるが、奥歯を噛み耐える。
「あぁ、俺には夢が無い。そんな奴が……夢を持ってる奴の邪魔なんて出来ないよな。けど、けどな!! それでも破滅を道標にしている奴を止めるくらいは俺でも出来んだよ!!」
前へ、ただ一歩踏み抜く。踏み抜くとともに痺れと痛みが走るがそんなもん知らない。今はただ眼前の人間を止める。それだけ分かっていればいい。
三発目。銃口の向きは俺の頭に向いている。そのまま進めば死ぬ。だが、後退すれば小倉は破滅に進む。だから、引き金が引かれた瞬間、足の力を抜く。足の力を抜いた瞬間、すぐ頭上に熱線は走っていった。それに小倉が驚き、小倉の時間が止まる。その隙を見逃さず、小倉に最後の一歩を踏みしめる。
「んじゃあ、一発貰っとけ!!」
小倉は驚きから冷め、一歩後退しようとするがそれは予想済みだ。動く前に拳を振り切る。拳は風を切り小倉の顔へ狙いが定まるが、突如体が言う事を聞かなくなり、確実の顔が狙える距離ではなくなってしまった。恐らく原因は出血。だが、拳はまだ振れる。崩れかけた体勢を立て直し、振り切ると拳は顔ではなくその勢いのまま腹に当たった。腹に当たっても当たり所が悪ければしばらくは動けなくなる。そう思い、躊躇いなく振るったが拳に返ってきた感触は肉の柔らかい感触ではなく、金属の硬い感触だった。
ゴッと重い音が響くが、ただそれだけ。拳が効いた様子は一切無い。拳には痺れるような痛みが走っている。
「危ない危ない。しかし、用心も偶には役に立つね。銃で撃たれると思って防弾ベスト着といて正解だったわ。……うっわ、金属板凹んでる。どんな力してたら凹ませられるの」
「そうかい……どおりで、硬い……わけだ」
「ほら、一発は貰ってあげたわ。もう話すことも出来なくなってるじゃない。今死ぬか、後で死ぬかの違いじゃない? だったら私のために今死んでくれない?」
「死ぬ理由を 決めるのは俺だ。お前じゃない。それに 今のは宿野部にやる分だ」
意識が少しずつ朦朧としてきた。今ので決められなかったのはかなり致命的だ。言葉も段々と続かなくなってきた。体を殴っても決着はつかない。決着をつけるには顔に一発お見舞いしなければならない。
宿野部にやるはずだった思いは不発に終わってしまった。だが
「もう一ラウンドだ。お前の分がまだ残ってる」
「よく立っていられるね。もう我慢も限界じゃない?」
「煩い、そんなの俺の問題だ。てめぇが判断するんじゃねぇ」
「あっそ」
また十メートルの距離をとって小倉は俺から離れていく。そんなことせずに此処から逃げるかその距離から撃ち続けたら小倉の勝ちだ。なのに、それをしないという事はそこまでして俺を殺したいのか。さっき使った手段はもう使えない。
これが俺の体力的にも最後だ。足元にはかなりの血が溜まっている。足と肩を撃たれただけでこんなにも血が流れるのか。いや、止血もしないで走ったんだ。思った以上に血が流れてても不思議じゃない。
血まみれになった俺を見て、小倉は勝ちを確信したからか俺に質問を投げかけてきた。
「何で君はそんなに強いの?」
「……強い? 今の状況のどこを見たらそんな言葉が出てくる?」
「君には大切な人がいたんでしょ? そして、守り切れなかった。それなのに何でもう一度立ち上がったの?」
「何でって、きっかけはお前だ。責任を取れと言ったのはお前だろ」
「確かに言ったよ。けど、それだけじゃない。それだけで立ち上がるなら君は私と同じような境遇の人に責任を取れって言われたら立ち直ってたってことになる。違うでしょ。だから、もう一度聞くね。君をもう一度立ち上がらせたのは何?」
「……」
そんなの決まってる。霞の最後の言葉を思い出したからだ。願いではなく意思を継いでいくこと。その意味を思い出したからだ。
「意思を託された」
「意思を?」
「ああ、俺の夢を一緒に見たいという意思を俺は霞から託された」
「願いの間違いじゃないの?」
「最初は俺もそう思ってた。でも違ったよ。俺はそれを勝手に願いにしていた。託されたのは意思だったのに、俺の罪悪感から勝手に意思を願いに捏造してしまった」
これに気が付くことが出来たのは今日会ってきた人たちのお陰だ。ようやく整理がついた。
今まで霞には俺の罪悪感に付き合わせてしまった。それももう終わりにしよう。
「ただ願いではなく意思として受け入れた。もう一度俺が立ち上がれたのはきっとこのお陰だ」
朦朧とする意識の中で小倉の後ろにはずっと会いたかった人がうっすらと見えた。口は動いているが、声は聞こえない。けれど、聞こえなくても何を言っているのかはすぐに分かった。
『正解。これでようやく進めるね。……ゴメンね』
「何を……謝ってるんだよ……謝るのは俺の方だ」
今見えているものが現実なのか、それとも俺の脳が生み出した幻覚なのかは分からない。俺の会いたかった人は俺の言葉を聞いて笑顔で霧散していった。
もう一度笑顔が見れた。それだけでよかった。俺はまだ進める。進んでいける。
「一体何を……?」
「何でもない。ただ起きたまま、見るはずのない夢を見ただけさ」
「――やっぱり君と私は違うのね」
「そりゃそうだ」
「……そう言える君がやっぱり嫌い」
「それは本音か?」
「さぁ?」
質問の答えに満足したのか小倉は銃を構えなおした。もう聞きたいことは無いという表れ。なら、俺も覚悟を決めないとな。
「私はこの街に復讐する」
「俺はお前を止める」
それが合図だった。
進む俺と銃を撃つ小倉。
撃たれる度に血をまき散らしながら決意をより固めていく俺と近づかれる度に泣きそうな顔になる小倉。
今度の決着はすぐについた。たった十メートル。近くて遠い十メートルという距離はもうなくなっていた。
血まみれの俺のすぐそばには泣いている小倉。小倉が持つ銃口はもう下がっていた。
「――これで終わりだ」
「……」
「俺に伝えておくことはあるか?」
きっと俺と小倉は二度と出会わない。会う機会があったとしても会うという選択肢は最初からない。俺ならそうするし、多分小倉も会わないという選択肢を選ぶだろう。これが最後の会話だ。
「――意思を受け取って進む道はきっと険しいよ。それでも進むの?」
「進む。偶には立ち止まるかもしれない。けど、俺はもう充分に立ち止まった。だから、これからは意思とともに俺は歩いていく」
「そう。――さようなら、違う私。……君ともっと早く出会いたかった」
「俺もだ。天音」
「……ありがとう」
最後の言葉を確かに記憶する。意思は受け取った。返礼は俺の思いだ。右の拳を固く握りしめ、腕を折りたたむ。そして、奥歯をグッと噛み締めながらぼやける視界のまま、
勢いをつけて思いを小倉に俺の思いをぶつける。
小倉は抵抗することも無く俺の思いを受け入れた。受け入れた結果、小倉は背中から地面に大きな音を立てて倒れていく。小倉が目を覚ます様子はない。ただ息はしている。気絶しただけだ。
拳には肉と骨を殴った感触が残っている。この感触だけはどんな経験をしても好きに慣れそうには無かった。小倉は気絶し、俺の思いもぶつけられた。俺は小倉を、破滅を止められたのだ。
「終わったか」
状況確認も込めた一言を発する。すると、そう思ってしまったのがいけなかったのか、世界が急に反転した。
「あれ?」
小倉と同じように俺も背中から倒れたのに何も衝撃を感じなかった。そして、体の言う事が聞かない。足先が段々と冷たくなってきた。これはもしかして出血多量ってやつか。止血もせずに動き回ったのだ。こうなってもおかしくは無かったが、体は小倉を止めるまで無理を押し通してくれた。そのツケが今、回ってきた。
「……人の 体……バカスカ……撃ちやがって……」
文句は誰にも届かずに消えていく。眩暈が止まらない。足先だけでなく、指先も冷たくなってきた。自分が思うよりも体は結構限界だったみたいだ。
血は止まらない。流れる血は口に侵入してくる。久しぶりに味わう血の味はほろ苦い現実の味がした。
「あぁ、死ぬ つもりじゃ 無かったんだけどなぁ……」
言葉が繋がらない。一言一言区切って発音することしか出来ない。ただの独白だ。別に繋がらなくても、自分だけが分かればそれでいいが、それでも恰好はつかない。
止めると決意し、行動した。その結果が血に沈んだ俺だ。泥臭く、血にまみれている。モブらしい俺の結果だ。きっとヒーローならこんな格好悪くは無いんだろうな。
意思をようやく受け取れたのだ。俺はまだ死ねない。霞に会いに行くのは早すぎる。霞に自慢して話せるようなことは何も為していない。俺は霞の意思とともに歩きたい。
だが、そんな願いも虚しく地面に倒れたままでいると入り口の方から数人の足音が微かに聞こえてきた。
ミスプレイの残党か? だとしたらこれで俺も終わりだな。体は動けず、意識は混濁してきた。状況だけ見れば俺が宿野部を殺したと誤解されてしまいそうだ。
「なんとか、なればいいけど」
ただの気休め。どうにもならないことを自分でも理解しているくせに醜く抗う愚者。だが、愚者でいる気分はとても良かった。
開かれる部屋のドア。入ってくる人物は何故か見覚えがあった。しかし、その姿を確認することは出来なかった。ついに耐えきれなくなった俺の意識はそれが誰かを確認することなくブラックアウトしていった。
「おま えは」
「……本当によくやった。頑張ったな。……進んだんだな」
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