1-18 What he was looking for
「なんでお前が此処にいる。宿野部!」
「おおっと。俺の名前まで調べがついてんのか。確かにこれは邪魔になるな。錆びきったもんだと思ったが、俺の見間違いだったかな」
「答えは?」
「俺の居場所だから。これが答えだ。逆に聞きたい。和島、君は何故ここに?」
「この場所が懐かしくなってな。それで様子を見に来ただけだ」
「嘘つくなよ。様子を見に来ただけなら入り口の鍵を開けられるはずが無い。さっさと本音を言ってくれ。お互い回り道は面倒なだけだろ?」
「じゃあ先にお前が本音を言え。お前の本音を俺は聞きたいね」
「聞きたいなら先に中へ入ってくれ。お互い立ち話も嫌だろ?」
顎でドアを開ける様に指示される。掴まれた左腕は解放される素振りすらない。今は大人しく従った方がよさそうだ。宿野部の近くにはこの瞬間を待ち焦がれていたという表情を浮かべている小倉がいた。
「これがお前の狙いか? 小倉」
「あら、天音って呼んでくれないの?」
「それはお前を信用できていた時だけだ。今この瞬間を持って、てめぇを信用するのはやめだ。名前は二度と呼ばん。呼ぶのは許したときだけだ」
「あっそ。君からどう呼ばれようと私にはどうでも良いから別に良いけどさ」
「――話してくれたことは全部嘘だったのか?」
「全部が全部嘘だったわけじゃない。一部は本音で話したわ」
「それ以外は嘘ってことか」
「……ほら、宿野部早くしてよ」
小倉は俺の疑問に無言で肯定した。
「よくやったな。後で君の分の分け前は多くしてやる」
「ありがと」
宿野部は俺の左手を掴んでいない方の手でドアを開け、俺とともに中に入っていった。室内はおおよそ社長室と聞いて想像するものが揃っていた。部屋の壁紙には所々シミが見られるが、そのシミさえこの部屋は飲み込んでしまっている。人の欲が目に見えて吐き気がしてくる。
「綺麗に揃えたもんだな」
「金は稼がせてもらってるからな。社長が豪華じゃないと箔が付かないだろ?」
「お前自身の力でもないくせに何が箔だ」
「違う!! 俺がそのままじゃ金にならない若造を金にしてやってんだ。金を儲けさせる現場を用意して、仕事をさせる。そして、手に入れた金はきちんと対価分は支払ってるんだぜ。感謝されこそすれ、恨まれる要素はない」
「……本気で言ってんのか?」
「本気だとも。最初はただ泣きわめくが、それだけだ。最初が終われば皆何も感じなくなる。後は続けさせるだけだ。皆最初が終わったら喜んで協力してくれるよ」
「外道だな」
人間の皮を被ったヒトではない何かが目の前にはいた。人からも、人間からも外れた存在してはいけないナニカ。自分でも特におかしなところはないと思っているのが気持ち悪さに拍車をかける。
「さて、俺は和島に聞きたいことがある。それに答えてくれないか?」
「断る」
「おいおい。この場にいるのは俺と天音、そして君だけだ。この意味が分からない君じゃないだろ?」
「残りのメンツに何させてる?」
「流石。良い所に気が付く。残りは翔太の家に向かっているよ。今は俺の合図待ちだ。そこまで知らない仲とはいえ人が傷つくのは嫌だろう?」
「ッチ……質問は?」
翔太を守るためではない。おばちゃんを守るためだ。何も悪いことをしていない人が傷つけられていい道理なんてない。そんな道理が存在するならこの世は滅んでしまった方が良い。
「賢明な判断だ。じゃあ聞くぞ。――何故
「お前、土井の部下か」
「そうだ! あの時、此処に到着したときにはもう社長は手遅れだった……。なんでだ!! 何故社長は死んだ!?」
「……信じてもらえるかは分からないが、違う。俺が殺したんじゃない」
思い出したくない。胸に秘めたままでいたい。けれど、土井の最後を見た人間としてその顛末を聞きたい人がいるならば伝えなければならないだろう。それが関わってしまった俺の責任だ。
「じゃあ誰が殺したんだ!? 俺はそいつを殺さなければならない!!」
「無理だよ」
「無理かどうかは君が決めることじゃない。誰だ!! 早く教えろ!!」
「宿野部、お前が土井の死体を見た時に見た人影は俺だけか?」
「そうだ、だから今お前に聞いてるんだ」
胃から全て吐き出てしまいそうなのを気合いで耐える。思い出すのは辛い。嫌だ。けれど、答えなければ。
「……あの時、人影はもう一つあったんだよ。俺の手の中で死んでしまった女の子がいた」
「女? それがなんだ?」
「――土井
「なっ!? まさか」
「そう。土井の娘だ。アンタの様子を見るに、部下には存在を隠してたんだな。その子が、霞が土井を殺したんだよ」
「娘が父親を? そんな馬鹿な」
「それが事実だ。土井は現状に満足することなく、さらなる利益を求めて自分たちの支配領域を広げようと行動していた。それがウリとかヤクの違法商売だ。……自分で言っててようやく納得がいったよ。新規にしては随分と儲けを出してるって聞いて不思議だったんだが、土井が使っていた販売ルートを使えば、そりゃ儲かるに決まってるよな」
新規のそういう事業者は入ってそうそう儲けを出すことなんて絶対にあり得ない。客からの信用がないからだ。信用が無いのを買うのはアマチュアだけ。慣れてる馬鹿どもはしっかりとした所から買う。だから新規で客からの信用が全くないミスプレイがどうして儲けを出せているのかがずっと謎だった。
土井はRエリアの支配者にして、腕の広い商人だった。だからこそ、販売ルートを広げられたし、ヤクやウリなどを知り合いに売りつければそれだけで儲けは出る。そうして土井は権力と土井に賛同する支持者を得ていった。だからそのルートを知っている奴さえいれば、土井が亡くなったことで消えた販売ルートを再開させるだけで儲けを手に入れることが出来る。
「その娘である霞は父の商売を止めたかった。きっかけは霞の友達が土井の売りつけたオーバードーズで亡くなってしまったことが始まりだ。霞は父にウリの商売を止める様に懇願したが、土井はヤクの販売を止めるどころかウリの販売を始めてしまった。そこから霞と父親の対立が始まった」
「その対立が」
「そう。最終的に三エリア同士の抗争になってしまったが、間違いなく始まりは父と娘の喧嘩だった。霞は父の暴挙を止めるために、――決めるべきではなかった覚悟で土井を殺してしまったんだ」
去年の真実はたったこれだけ。父を止めたかった娘と欲に目が眩んだ父との喧嘩。これが全ての始まり、元凶だ。
宿野部の復讐相手はもう誰もいない。だって恨むべき人はとっくに死んでしまっているのだから。死人にどうやって復讐することが出来ようか。
「君はどうしてその場にいたんだ? 殺されようとしている人を助けようと行動しなかったのか?」
「したよ。けれど、二人とも最後に俺の手を払い除けたんだ」
掴む手。離される手。俺が助けたいと思っても相手に救われる気が無くては助けは助けになりえない。そして、俺の気持ちは二人に届かなかった。二人の死を見ることしか出来なかった。あの瞬間ほど自分の無力感を嘆いた時はない。自分の言葉では誰も救えないと分かってしまった。否が応でも理解するしかなかった。言葉が届かなかった結果、人は死に堕ちる。
「きっとアンタが知りたかった真相じゃないと思う。けど、これが土井の死の真相だ」
「それを信じろっていうのか? 何の証拠もないだろ」
「確かに証拠はない。証人は俺しかいないんだから。でも、これが真実なんだ。信じてもらうしかない」
「……信じたくねぇな……」
絞り出すように宿野部は心のうちを吐露する。そして、宿野部の目には危ない光が点滅し始めていた。
「俺は君をもう一度此処に引きずりだすためだけにわざわざ目立つ形で商売を始めた。全ては社長の為だ」
「制服を着ていたのは」
「学校側に俺たちの存在を知ってもらうためだ。制服を着た連中が暴れまわっているとなったら学校は動くしかない。そして、捕まえられないとなると去年似たようなことをしていた君に託すと考えた。実際、君はその通りもう一度この街に表れてくれた」
「そう言う事ね……。警察はどうやって大人しくさせたんだ。末広町にはパトロールをしている警官は最低でも二人はいるはずだ。それを無視することなんて出来なかっただろ」
「警察官とはいえ人間だ。現職の警察官がウリを買っていたなんて事実公表したらどうなる? それだけじゃない。警察トップの人間も買っていたら警察の動きを止めるくらいわけないさ」
「そんな情報何処から?」
「うちの顧客リストさ。随分と長い間お世話になっていたみたいだな」
警察にして動きが遅すぎると思っていた。被害も出ているのに動かないなんて普通はあり得ない。それ相応の理由があるとは思っていたが、トップが下にブレーキをかけていたのなら納得できる。
もし警察がミスプレイを逮捕したら顧客リストは必ず証拠品として押収される。その中に警察のトップの人間の名前が、現職の警察官の名前が在ったらどうなる。現場には混乱が生じ、しばらく警察の内部はうまく機能しないことに加え、市民からの信用は失墜する。面子を守るためにミスプレイを見て見ぬふりをしていたのだろう。面子を守るために市民を見捨てているなら本末転倒も良い所だがな。
「監視カメラを壊したのもお前らか?」
「知ってたか。やっぱり君は侮れないな……」
「偶然知っただけさ」
宿野部は驚きに満ちた顔で俺を見ている。監視カメラを壊したのもやはりこいつらだ。
「場所の目安は天音の父が残した情報に記してあったからな。その情報通りに従って壊せばあっという間にガラクタの完成だ。天音はよく動いてくれたよ」
父親が残していった情報を天音は悪用したということだろう。報われない話だ。
「さて、話はこんな所かな」
「俺をどうする気だ?」
「真実は分かった。そして、それが俺の望むものではなかったということも。いや、よく理解できたよ。――けど、やっぱり君には死んでもらおうかな。俺たちの商売を邪魔する奴はもういない。いるとしたら俺たちの真相を全て知った君だけだ。君が死ねば俺は社長の意思を継ぎ、この街の支配者になれる。誰も俺たちを止められない。そうだよ。いないじゃないか!!」
宿野部は狂ったように笑いだす。いや、最初から狂っていたのかもしれない。土井が死んでしまったあの瞬間から。そして、その原因を作ってしまったのはきっと俺だ。
宿野部は腰から黒光りしている禍々しい拳銃を取り出し、その銃口を俺に向ける。重いコッキング音が部屋に響き渡り、俺を殺す準備が整ったことを知らせる。久しぶりに見る拳銃は相変わらず殺意だけが伝わってくる。
「何か言い残すことはあるか?」
「俺を殺すなら翔太には手を出すな。それなら大人しく殺されてやるよ」
「それは無理だ。君を殺した後は翔太も殺す。その母親も殺す」
「人を殺したら後戻りできないぞ」
「……死人は黙って地獄に行ってろ。じゃあな」
死を意識すると視界はスローモーションになっていく。ゆっくりと引き金は押されていき、あとほんの数ミリ力を入れるだけで死は発射されるだろう。走馬灯は思い浮かばない。眼前に迫る死を見続けることしか出来ない。
そしてそのコンマ一秒後、死は発射された。死は肉を抉り、血管を破壊する。破壊されたた結果、体からは血を吹き出す。
「グッ……」
だが、死に倒れたのは俺ではなかった。腹部を血で染め、宿野部は倒れる。
「なん……で」
「早く死ね。お前は邪魔なんだよ」
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