1-17 Go to the Truth

「遅くねぇか?」


 ようやく見つけた鵜沢は唸りながら鍵の調整を行っていた。


「焦らすな! 結構緻密な作業が必要なんだぞ。出来ない奴はそこで待ってろ」

「というか鍵なんていつの間に作れるようになったんだよ?」

「ついこの間だな。見つからないなら純正キーを作ってしまえばいいんだと思ったんだがな、流石に管理会社が管理してる鍵を作るには色々と許諾が必要で無駄に終わっちまった。でも、今こうして役に立ってるだけ取ってて良かったよ」

「……何も聞かないのか?」

「聞いてほしいのか?」


 行く先々ではどうしたの?とか何してんだよとか言われてたからこうも何も聞かれないと逆に不安になってきた。


「お前のことだからまた面倒ごとに巻き込まれてるんだろ? その話は飽きた。だから今度会ったら違う話を聞くって決めてたんだよ」

「……優しいな」

「どこがだよ。ただのエゴだ。と言っても残念ながら鍵ももうすぐ完成しちまう。そんなに話は聞けないから一つくらいだけなら聞いてやるぜ」

「一つか。難しいな」

「欲張るなよ?」


 鍵を見ながら、だが意識は俺の方に向けながら鵜沢は話を聞いてくれる。こうして鵜沢と話すのも久しぶりだ。少し緊張してきた。聞きたい内容はもうとっくの昔に決まっていた。


「じゃあこれだな。――夢って何だ?」

「これはまた難しい質問だな。一体何が知りたい? 流石にその質問文じゃアバウトすぎる」

「夢と現実って両立しないだろ? だから俺は夢なんか持つべきじゃないって思ってる。俺が夢を失くしたってのもあるけど、それでも夢が叶う事なんて少ないだろ? だから夢なんて持つだけ無駄じゃないか?」

「大分拗らせてるな。そんなに難しく考えるなよ」

「いや、考えるだろ。世間では夢が大切だとか、夢を持てば人生が変わるって言われてるけど、そんなの出来るのはほんの一握りだけだ。夢ってそんなに大切なのか?」

「聞きたいことの主要な部分はそれだな。夢か……。大切だな」

「何処が? 叶う事なんて無いんだぞ」

「確かに夢が叶う事は少ない。けどさ、夢ってそんなもんだよ」

「はぁ?」

「夢が綺麗ごとなのはきっとみんな知ってる。それが叶いもしない理想だってことも。お前が最初に持った夢は何だった? 幼稚園の頃とか小学校の頃だ。プロ野球選手とかか?」

「最初は……メジャーリーガーだったな」

「何でメジャーリーガー?」

「あれは確か、格好良かったからだった気がする。三振を獲った時の咆哮が凄かったから」

「おぉ。意外とあんじゃん。そういうの。で? 今はなりたいか?」

「いや、特に」

「ほら、夢を失くしたっていう点ではお前は過去に同じことを経験しているだろ。夢を失くしたからと言って生きていてはいけませんなんて法律は何処にも無い。それに、夢はただの道標だ」

「道標?」

「道標に従って生きれば人は迷う事はない。その案内に従えば良いからな。今のお前は道標が無い状態だ。要するに迷子」

「迷子」


 この歳になって迷子とな。その迷子の自分を想像するだけでも顔から湯気が出そうだった。


「別に迷子も悪いことじゃない。その道中には必ず学ぶものがあるからな。今のお前は道標が無くて、不安な状態で手探りで進んでいて不安になってるだけだ。だから夢なんか必要ないなんて思考になるんだよ」

「そう考えるのは悪いことか?」

「全く持って悪くない。だが、お前は考えすぎなんだよ。そう難しく考えるな。あれだ。先人の言葉を借りるなら『考えるな、感じろ』だな」

「そういった意味で言った言葉じゃないだろ……」

「解釈は自由さ。っとほらよ」


 そう言って完成したばかりのコピーキーを鵜沢は俺に放り投げてきた。慌ててキャッチするとキーにはまだ熱が籠っており、一瞬だけ空中に放り投げてしまう。


「あっつ!!」


 俺が熱がる様子を見て、笑みを浮かべる鵜沢。その顔にはしてやったりの表情が浮かんでいた。掌には鍵の形をした焼き印が押されたんじゃないかというくらいの熱がジンジンと伝わっている。


「持ってけ。お前が一体何をするのかは分からんが、必要なことなんだろ。さっさと終わらせて今度は俺の仕事を手伝ってくれ」

「考えておくよ」

「なら、良い。それとお前の連れ、あれは彼女か?」

「これだけは毎回言われるな……。違う。事情を説明するとメンドイから言わないけど、決してそういう仲じゃない」

「なら、良かった。気をつけろよ。あれ普通じゃないわ」

「分かる?」

「そら分かるよ。あんな目をした奴久しぶりに見たわ。アイツ、何するかわからんぞ」

「一応、用心はしてるんだけどな」

「なら良いわ。じゃあさっさと行ってこい。そして、俺を安眠させてくれ」

「努力する」


 そう言って鵜沢は先に部屋から出て行ってしまった。別れの挨拶をしたところを見るに、そのまま帰宅したか、仮眠室で睡眠を取りに言ったのだろう。お疲れさまです。


 受け取った鍵をポケットに、小倉が待っている場所まで向かうと小倉は丸椅子に座ったまま妖精に誘われていた。


「おい、起きろ」

「にゃ……」

「猫かお前は」


 妖精に誘わるまま別世界に行った小倉は猫に変化しているようだ。猫のままじゃ困る。肩を揺らして起こす。


「おい!! 起きろって!!」

「……止めて……かあさん」


 肩を揺さぶっていた手が止まった。妖精を返したつもりが猛獣を呼んでしまったようだ。起こすのを一瞬躊躇ってしまうが、寝ていても猛獣に食べられるだけだ。


 最終手段である鼻を塞いで無理矢理起こすことにする。これをやられた側は百不快になるが、食われるよりはマシだろ。小倉の顔は鼻を塞がれれば誰でもそうだが、ブサイクだった。少し笑ってしまった。


 鼻をふさいでいると鼻に空気が溜まっていき、呼吸が出来なくなったのか小倉は飛び起きた。


「……はぁはぁ……何してるの!?」

「こっちのセリフだわ。何でお前は寝とんのじゃい」

「だって長かったし、夜ももう深いし眠いに決まってるでしょ!!」

「何で逆ギレ!? ほんの数分居なかっただけで何でお前は寝られるんだ……」

「まだ若いもん」

「それだけで納得できるかよ」

「で? 終わった?」

「おう。鍵も手に入ったから現場を確認して、警察に通報でフィニッシュだ」

「なら、急ぎましょ」

「切り替え早すぎるだろ」


 俺の先をスタスタと歩いていく小倉。その背中はどこか嬉しそうだった。それもそうか。ミスプレイを潰す準備が出来たのだ。嬉しくなるのも無理はない。


「何?」


 俺に視線を感じたのか不機嫌そうに小倉は振り返ってきた。まださっきの起こし方に不満があったようでその言葉からは少し苛立ちを感じる。


「いや、別に」


 苛立ちを受け止めるだけの余裕が今の俺にはある。俺に向かって苛立ちを向けてくる小倉がまるで寝不足の子どものようで可愛らしく見えてくる。子を持つ親の気持ちはこんな感じなんだろうか。だとすると、その気持ちが凄くわかる気がする。


「終わらせにいくべ」

「急になまったけど、どうしたの?」

「物事を終わらせるときはいっつもこう言うんだ。そうしたらスイッチが切り替わるんだよ」

「へぇー」


 驚きとともに小倉は俺の宣言を受け入れてくれた。久しぶりのこの宣言を隣に聞いてくれる人がいるのは俺にとって心が暖かくなる。


 後は終わらせるだけ。たったそれだけだ。そんなに時間はかからない。さっさとミスプレイをおわらせて、やりたいことをやろう。


 過去に戻っていくかのように、Rエリアに向かう道中には様々な幻覚が見えた。その幻覚はどれもが懐かしさを内包していた。Rエリアで遊んだ時、警察にお世話になった時、そして、霞に出会った時。そのどれもに懐かしさを感じ、焦がれる。もし、過去に戻れるなら戻りたい。戻ってその居心地の良い場所にずっといたい。だが、これはもしの話だ。叶う事が無いのは自分でも分かっている。


 だからまずはその幻想を振り切る。自分にとって心地良い幻想が段々と離れていき、目の前には過去の残骸。そして、未来がある。過去の残骸は何も役に立たない。心に一時的な心地良さと重量を届けるだけだ。そろそろ掃除をして決別をするときだろう。


「来ちゃったな」


 目の前にある事務所は弾痕が幾つか埋められている。そして、入り口には立ち入り禁止が幾重にも巻かれている。あの時から外観はまったく変わっていなかった。その無変化に感謝と憎しみが胸に到来する。変わっていないお陰で俺はもう一度振り返ることが出来た。少しでも変わっていればこの憎しみもまた何か違ったのかもしれない。


「何してる? さっさと終わらせるんでしょ?」

「はいはい。今行くよ」


 立ち入り禁止のテープを乗り越え、入り口の鍵を開ける。錠はカチリと音を立てて、侵入を許可した。


 中に入っていくと渡り廊下には血痕がまだ残っていた。風化し地面と同化してしまった血は足で踏むと乾いた音を立てて割れていく。その音が響く度に過去を思い出して脳が壊れそうになる。足で踏まないようには出来ない。血痕がない場所を探す方が難しい。それほど、地面は血に塗れていた。


「……」


 言葉を発するのが辛い。だから喋れない。不調を訴える脳は痛みを発している。その痛みを堪えながらミスプレイの事務所を探す。早く見つけて此処から出たい。受け止めはしたが、まだ受け入れることは出来ていない。


 俺がギリギリな状態であることを悟ったのか小倉は俺の前に出て


「しっかりしなさい。もう少しでしょ」


 と俺の背中を叩き、励ましてくれた。流石の小倉にも緊張が見えたが、その足は確実に前へと進んでいる。負けていられないとその後ろを追いかけていくと、小倉は何かを見つけたようで俺を大声で呼んだ。


「こっち!! このドアだけ新しくない?」


 言われるがままに小倉が指さしたドアを見ると確かに周りの色褪せたドアと違い、そのドアだけは最近つけられたのか綺麗な状態を維持していた。そして、ドアの大きさから予想するに部屋には大人数が入ることが前提にあることが予想できる。


「此処だな」


 中に入るべくドアノブを握るが一瞬心の躊躇いが表れ、ドアノブを捻ることは出来なかった。何時までドアを開けない俺に小倉は不審そうに尋ねてくる。


「開けないの?」

「開けるさ。けど、けどさ。よく考えたらこの人数だと不安が残る。だからちょっと電話してきても良いか?」

「何処に?」

「血脇先生。知ってるだろ?」

「生徒指導の先生でしょ」

「そうそう。あの人結構強いからな。頼りにはなる」

「だったら先に中の様子を見てからでも良いんじゃない? それからでも良いでしょ?」

「なわけないだろうが。中に大人数居たらどうするんだよ。二人だけじゃ無理だ。そんな状況で電話なんて出来る訳が無いだろ」

「でも」

「でもも何もない。呼んだ方が良いに決まってる。ちょっと待ってろ」


 何故か俺を止めに来る小倉を無視して、ポケットからスマホを取り出すと、後ろから肩に手が置かれた。


「何だよ。まだ止めるのか?」

「ああ、勿論止めるに決まってるじゃないか」


 聞こえるはずのない声。肩から伝わる力強さ。瞬間切り替わるスイッチ。後ろに跳ぼうとするが、その前に左腕を掴まれる。掴まれた左腕を抵抗させるが、それ以上の力で押さえつけられ抜け出すことは敵わなかった。

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