1-15 The Path of Resolution and Doubt

「適当に座ってくれ」

「はいよ」


 部屋の中はしっちゃかめっちゃかの状態だった。学習机の上にあったであろう教科書はまとめて床に散乱している。ベッドは皺くちゃの状態で、ベッドにある枕は涙で濡れていた。


 床に座ると翔太はベッドの上で胡坐を書いて座った。


「それで俺の助けになれるっていうのは?」

「俺の他にあと一人連れがいるんだが、今そいつと一緒に俺たちはミスプレイって呼んでいる仮面の連中を追っている。もしかして君を悩ませているのはそいつらじゃないか?」

「……何処まで知ってる?」


 どうやら大当たりを引いたみたいだ。仮面と聞いてから翔太が放つプレッシャーが強くなった。此処から情報が手に入りそうだ。


「残念ながらあんまり。知っていることと言えばロクデモナイ商売をしていることと、サングラスをかけたコスプレ野郎がボスをしてるってことくらいだ」

「ほとんど知ってるじゃないか」

「ということはお前さんも」

「あぁ、お前たちがミスプレイと呼んでいる連中と一緒だ。所でお前の名前は?」

「そういえば言ってなかったな。俺は和島 雄介。お前さんは翔太で良いんだよな?」

「和島!? お前がか!!」

「うぉ、ビックリした。なんだよ、何をそんなに驚くことがある?」


 翔太は俺が驚くほどベッドから一蹴だけ浮いた。一瞬浮遊したと思ったらすぐに重力に引かれ、翔太は再度ベッドに座った。


「話には聞いていたが、本物を見るのは初めてだ。まさか、高校生だったなんて……」

「?」

「すいません。色々と失礼な態度を取ってしまいました。ご無礼をお許しください」

「うわ!! なんだ急に?」

「いえ、ミスプレイで手伝いをさせられていた時に和島さんのお話は聞きました。あんな話を聞いたらこんな態度にもなりますよ」

「一体何の話が広まってるんだ……やめてくれ。頼む。普通に接してくれ」

「無理。絶対に無理です」


 翔太は俺に風が届くくらいまで首を横に振っている。俺にはそれが尊敬三割、恐怖七割を持っているかのように見えた。どんな話をされたんだ。全く。


「今はあんまり時間無いし、それでいいや。で? 手伝いって?」

「はい。二週間ほど前でしょうか。俺宛に脅迫状が届いたんです」

「それって」

「ミスプレイの連中からです」

「ウリか?」

「いえ、多分それは女子だけですね。俺の場合はウリの手伝いをしろと書かれてありました」

「悪質だな」

「そんなことしたくないから最初は無視しようとしました。でも、俺と同じことをした友達の母親と弟が今も病院で入院しています。それを見てしまって俺は……女手一つで俺を育ててくれた母さんを同じ目に合わせたくなかったから最初の一週間はその手伝いをせざるを得ませんでした……」

「警察には?」

「相談しました。でも、警察は今はそれどころじゃないと言われて何もしてくれませんでした……」

「ふざけてんなぁ。どう考えたって警察が介入するべき事件に発展してるだろ。相談にならないって何事だよ」

「相談は出来なかったので、一度現行犯逮捕なら警察も介入せざるえないだろと考えて通報したんですけど……その。信じてくれないかも知れないんですけど……」

「此処まで話聞いといて疑うも何もないだろ。何だよ?」

「――事件現場に来た警察官がミスプレイを見ても何もしなかったんです。むしろあれは逃がしていたって言った方が正しいかもしれません」


 段々と事件が泥沼化してきたな。ミスプレイと警察が繋がってるってことか? 


 だとしたらミスプレイは俺たちが考えていた違法な商売をしているご新規さんから公権力にまで力が及んでいる危ない連中だと認識を改めなければならない。警察とミスプレイが繋がっているなんて考えたくは無いが、翔太が此処で嘘をつく理由もメリットもない。真実だと考えた方が良いだろう。


「それで結局何も出来ないまま一週間が過ぎたんですけど……そのうちウリの手伝いをするのが辛くなってきて……その子も泣いてるんです。泣いてたんですよ」


 まるで自らは罪人だと言うように骨がきしむ音が聞こえるほど拳を固く握りしめて翔太は告解する。その話を聞いている俺はまるで自分が神父かと勘違いしてしまいそうだ。


「母さんは守りたい。けど、そのために目の前の泣いている女の子を見捨ててもいいのかって考えたら――。この子だってきっと家族を守るために此処にいる。俺と同じだったんです。そう考えたら……俺はその子を逃がしていました」

「逃がした? それは良かったが……マズくないか? だってその子も」

「その子とその家族には俺の先輩のホテルを紹介しました。そこのホテルはセキュリティが凄い所なんで今の警察よりは頼りになります。……色々と口は悪い先輩なんですが、事情を話したら手を貸してくれました」

「良い先輩だな」

「本当です。だから、女の子は無事なんですが……」

「問題は君か。何で君も一緒にホテルに行かなかった? 君が此処にいることはリスクしかない。何故だ?」

「俺が女の子を逃がしたときについでに何かの役に立つと思って、宿野部しゅくのべが持ってた鍵を一つくすねてきたんです」

「宿野部って?」

「制服を来てサングラスをつけた男に会いませんでしたか?」

「……あいつか」


 脳裏に浮かぶのはふざけたコスプレ野郎。思い出して腹が立ってくる。


「その鍵が大切なものだっていうのは宿野部の反応から分かりました。それでこの鍵を何とか有効活用できないかって考えたんです。ホテルに滞在したままだったら事態は一向に良くならないし、なにより癪だったんです。やられっぱなしで何も出来ずただ待っているなんて俺は嫌だ。だからホテルに滞在するのは止めました」

「だが、それをしたら君の母親は」

「そうはさせないためにちょくちょくミスプレイ前に姿を表わして、追いかけっこしてました。奴ら逃げるのは早いけど、捕まえるのは下手でしたよ」

「――そっか」


 本当にその通りなのか。嫌な疑問が生まれてくる。出来れば勘違いであってほしい。勘違いであってほしいが、この疑問は無視できない。もしその通りであるならば俺を捕まえた時の説明がつかない。俺の時と同じように囲んでしまえば翔太を捕まえることは容易いはず。それをしなかったのは出来なかったからなのか、それともわざとしなかったのか。


「良い考えは思いついたのか?」

「全然ダメです。考えていたらその間に、俺宛に宿野部からメッセージが届いて明後日にお前の家を襲撃すると伝えられました。それは流石に無視できなかったので、こうして家で待ってたんですけど……段々と母親を巻き込む恐怖が出て来て」

「泣いてたってことか」

「情けないですけど」

「母親を別の場所に逃がそうとは思わなかったのか?」

「当然考えましたよ。でも、事情を話したらきっと母さんは俺を守ろうとする。そんなの伝えられるわけないじゃないですか。だから奴らが来たら俺だけでなんとか許してくれないか頼むつもりでした。大分無茶だとは思いますけどね」

「無茶と言うよりは無理の間違いだな。翔太の事情は分かった。それで提案が一つあるんだが」

「提案ですか?」

「翔太が宿野部からくすねた鍵を俺に預けてくれないか? 君の助けになってやるとは言ったが、俺自身に誰かを守れる力はない。けど、誰かを一発ぶん殴るくらいの力はある。翔太には守るものがあるだろ? だったらまずはそれを守った方が良い。諸悪の根源は俺がぶっ潰す。翔太は母親を守り切る。これでどうだ?」


 守りたい人がいるならまずはその人を守るべきだ。守れなかったと後悔してからでは遅いのだから。


「……和島さんの負担だけ大きくないですか?」

「全然。翔太に比べたらむしろ軽いくらいだ。……君には母親を守り切ってほしい。俺の個人的な願いもこもっているんだ。俺に大切なものを守り切るところを見せてくれ」

「……一発ドでかいのを頼みますよ?」

「かましてやるよ」

「なら、お願いします」


 翔太はポケットからシリンダータイプの銀色の鍵を取り出し、俺に渡してくれた。


「ミスプレイの拠点とかは分かるか?」

「ごめんなさい。それは分かりませんでした。手伝いをさせられていた時はほとんど店の前に集合とかが多かったので。もしかすると、その鍵が拠点の鍵かもしれません」

「だと良いけどな」


 おおよその事は分かった。翔太を安心させるためにも、この事件を終わらせるためにも早く行動しよう。文字通り鍵が手に入ったのだ。先程のヒント無しの状態よりもやることは幾分か明確だ。とりあえずはこの鍵が何処のかを調べることから始めよう。


「本当にありがとう。それじゃあ俺は行くよ。邪魔したな」

「いえ。むしろ、俺がお礼を言いたいです。また会えますか?」

「何を当たり前のことを。この事件が終わったら一緒に飯でも行くか?」

「良いんですか!?」

「断る理由が無いよ」

「楽しみにしてます。俺、頑張りますから」

「頼むぞ」


 腰を上げ、一階に向かう事にする。情報は充分。後は行動するのみだ。立ち上がり、貰った鍵を硬く握りしめる。鍵は肉に喰いこみ、手に跡を残す。


 決意を胸に行動を始める前に解消するべき疑問を尋ねておく。といっても、そんなに難しい疑問ではない。ほんの確認だ。


「そうだ! 翔太。小倉 天音って名前聞いたこと無いか?」

「ありますよ」

「――何で知ってるんだ?」

「そりゃあ勿論知ってますよ。だって宿

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