1-13 Disasters brought about by natural disasters

「ありがとな」

「急になに? 気持ちわる……」

「手伝うよ」

「へ?」

「仮面の連中を潰すんだろ? 責任を取るよ」

「……私が頼んだんだから言うのも変な話だけど、どういう心境の変化? 急すぎてビックリしてるんだけど」

「ただ一歩進んだだけだよ。たったそれだけ。ほら、いい加減放してくれないか? 息も苦しくなってきた」

「あぁ、うん……」


 小倉は俺の胸から慌てて手を放してくれ、肺にようやく十全な空気が入ってくる。別に苦しかった訳ではないが、それでも充分に呼吸できないのはなんか嫌だ。


「ふぅ……」

「でも、本当に良いの?」

「今更何だよ? 遠慮でもしだしたのか?」

「そういう訳じゃないけどさ。かなり無遠慮なこと言っちゃったなぁと思って」


 申し訳なさそうな顔で小倉は落ち込んでいる。実際かなりどころではない無遠慮さではあったが、その無遠慮さのおかけで助けるという決心がついたのだ。


「気にすんな。いずれかは向き合わないといけないことだっただろうし、ちょうどいい機会だったよ」

「なら、良かった」

「だが、条件が一つある。極力誰も傷つけるなよ。それ以外は小倉が」

「名前!!」

「……天音が何をしても勝手だけど、それだけは守ってもらうぞ」

「分かった。私の目的が終わったら校長の所でも何でもついていくよ」

「よし。じゃあ交渉成立だな。あっ」

「何? どうしたの?」

「それって一週間以内に終わる?」

「期限でもあるの?」

「あぁ、終わらないとかなり困る事態が起きる」


 請け負ったのは良いものの、一週間以内に終わらせないともう一年遊ぶことになってしまう。そんな気まずい思いはしたくない。


「大丈夫。最後の必要な情報さえあれば、そうだね……上手く物事が進んだら今日中には終わるんじゃないかな?」

「はっや」

「君の協力さえあればすぐに肩が付くからね。だからどうしても君の力が必要だったの」

「具体的には?」

「コネ」

「……」


 俺の力じゃなかった。なんなら他人の力だった。これ俺いるのか?


「いるよ。君じゃないと教えてくれないことだってあるし、私も動きやすくなる」

「動きやすくなるって……」

「忘れてるかもしれないけど、今の私は生徒指導の先生と仮面の連中に追いかけられてるからね。一人で動いてるとそっちの警戒もしなくちゃいけないから動きに制限をかけられてた。けど、君も一緒に動いてくれればそっちの問題はほとんど解消されたと言っても過言ではないから」

「そういえばそうだったな……。聞いても良いのか分からんが、お前一体何したんだ?」

「そんなに変なことはしてないよ。と仮面のれちゅ……あぁ!! もう!! 言いづらい!! そろそろ連中の呼称決めない?」

「えっ!? おい!! いま個人情報って言った!?」

「煩いわね。仮面の連中について調べるのに個人情報が必要だったの!!」


 何かトンデモナイことを言わなかったかこいつ。個人情報を頂いたってそりゃ校長もキレるに決まっている。むしろ、通報されないのが不思議でしょうがない。


「どうしようかな……マスクだと安直すぎるし、かといってコスプレだと紛らわしいしなぁ……。あっ!! じゃあミスプレイにしよう。うん。これで決定!!」


 ドン引きしている俺を放置して小倉は何も問題はないかのように呑気に仮面の連中の名前を決めていた。


「ミスプレイから取引先の顧客情報を全部かっさらってきたからね。そうなったら怒るのもおかしくないでしょ」


 だから小倉とミスプレイが一緒にいるという情報が広まっていたのか。此奴も此奴で危ない橋をよく渡れるな。


「怒るどころか殺意を持たれてたぞ」

「ざまぁないね。ミスプレイがしてきたことに比べたら私なんて可愛い方だよ」

「ミスプレイがやってることにお前の友達が巻き込まれてるのか?ウリだかヤクだかを売りさばいているって話だが……」

「うん。私の友達宛てに脅迫状が届いてね。ウリをしてその売り上げを渡せなんて書いてあったけど普通はしないでしょ?」

「そりゃあな。でも普通って言葉を付けたってことは」

「うん。従わないと家族を襲うってその脅迫状に書いてあったわ。しかも質が悪いことにその手紙が贈られたのは私の友達も含めて単親家庭だけだったの」

「ぞっとする話だな」


 大方そのパターンだと警察に通報するとなんてことも書かれているものだ。親を巻き込みたくないと普通よりもその思いが強い単親家庭だと余計に親や警察には相談出来ないだろう。それをミスプレイが狙っているのだとしたらこの町の治安はかなり悪くなっている証拠だ。警察は一体何をしてるんだ。もしくは嫌な考えではあるが、手に負えなくなっているのか。どちらにしろマズい状況であることは此処までの情報だけでも理解できる。


「という事はそれだけ市場はにぎわってしまっているのか」

「えぇ、最悪なことにね」


 ミスプレイの商売がそこまで上手くいってしまっていること。そして、それを買ってしまう大人がいること。嫌な想像はどんな時だって上手くいってしまう。


「今その子は?」

「ウリなんてさせるわけないじゃない。今は信頼できる場所に保護してもらってる」

「そっか。それじゃあその子を安心させるためにも早く止めないとな」


 恐らくミスプレイの商売は根深い。そういう商売は嫌でも太客がついてしまうからな。取り除くにはミスプレイを一人残らず排除するしかない。となると


「拠点を探し出すしかない」


 商売をしている以上何処かに必ず拠点か事務所があるはずだ。何処にもないなんて事はあり得ない。一番手っ取り早い方法は拠点を見つけ出し、警察に通報。そして、令状で家宅捜査をするか、現行犯逮捕が理想的だ。だが、これは拠点を見つけているという前提があって初めて成立する。今のままではただの夢物語だ。


「でもさ、追いかけたら逃げ切れて、そのまま姿が見えなくなるっておかしくない?」

「そこなんだよなぁ」


 問題があるとしたらそこだ。拠点を見つけるにはメンバーの一人でも捕まえて場所を聞くのが一番早いんだが、恐らくそう上手くはいかない。まず捕まえられないだろう。そこが最大の問題点だ。脳裏に浮かぶのはつい先程の邂逅した場面。逃げ道なんてあるはずも無かったあの場所でミスプレイの奴らは逃げ切っている。自信満々に俺の前に表れたことからも逃げ切れる算段は一つだけではないことは確かだ。


「まともな手段じゃ捕まえられないだろうな……」

「かといって他に方法があるわけじゃないし」


 二人した頭を悩ませるが、ヒントも無いのに解決できるはずがない。カラオケにいながら歌も歌わずに二人でうんうんと唸りながら頭を回している様子は外から見られたら奇妙なカップルだと思われてしまいそうだ。


 無言のままお互いに最善の方法を考えていると、クルルーと可愛らしい空腹を知らせる音が聞こえた。勿論、俺の腹はそんな可愛い音は出さない。もう一人に確認を込めた視線を向けると、顔をほんの少し朱色に染めていた。こういう時に何か気遣いでも出来るなら俺の人生は違うものになっていただろうが、十八年生きてそういう気遣いが出来ないことを最近ようやく自覚してきた。自覚したデリカシーの無さで聞くことしか俺には出来ない。


「腹減ったのか?」

「もう少しこう包むとかないわけ?」

「包んでも腹は膨れないだろ。それで? どうなの?」

「…………お腹減った…………」

「どんだけ言いにくいんだよ」


 溜めに溜めた言葉はとてもシンプルなものだった。腹が減るのは別に悪いことじゃない。恥ずかしがることではないと思うんだが、女子にこう言うと大抵はこっぴどく怒られる。同じ生き物なのに、性別が違うだけで価値観はまるで異なる。本当に人間は不思議な生き物だ。


「何か軽食でもつまむか?」

「いや、大丈夫。そんなにお金に余裕がないから、あんまり使いたくないんだ」

「けど、腹減ってるんだろ?」

「あんまり言わないで。自覚すると後からキツくなっちゃうから」


 此処でじゃあ俺が奢ってやると言えたらカッコいいんだろうが、深夜のカラオケ代を考えるとあんまり気軽に消費することが出来ない。深夜帯のカラオケは眼球が飛び出すほどに高い。もう少し手加減してほしいと思ってしまうが、本来なら高校生が深夜帯のカラオケを使えるわけが無いのだからこれは一生叶わない願いだ。


 人が空腹で苦しんでいる姿はあんまり見たくない。空腹の辛さは痛いほど知っている。知っているからこそ何とかしてやりたいと思うが、俺も金には余裕がない。何か手持ちに食べられるものあったっけな?


 ポケットを叩いてもビスケットが出てくるはずもなく、叩いても小銭入れの重い音が響くだけ。しかし、悲しいかな小銭では腹は一切膨れない。そういえば、今日の昼に食べる時間が無くて一口も食べていないパンがあったはず。


 リュックサックを漁るとプラスチック容器に形を保ったまま入っているザンギバーガーがあった。本当は頃合いを見つけて俺が食べる予定だったが、ママさんの所でスパカツも食べてあんまり腹は減っていない。中々値段的に食べられないザンギバーガーだが、……しゃあない。空腹で苦しんでいる姿を見続けるのも心に来る。


「ほら。これで足りるかは知らんが、空きっ腹よりは良いだろ」


 かなりの覚悟を決め、血の涙を流しながらザンギバーガーを小倉に渡した。ザンギバーガーを見て、小倉は眼を丸くしていた。そういえば、小倉は俺の後輩だったっけ。ザンギバーガーの価値が分かっているようだ。


「良いの? それ結構高いじゃん」

「別に腹も減ってないし、貰いもんだから良いよ。今度は自分で買うさ」

「貰いものって……何をどうしたらザンギバーガーを貰えるのさ?」

「いや、ただ話を聞いた――おっと?」


 脳が時間を操作し、昼のシーンまで巻き戻す。そのシーンは俺の脳に楔を打ってきた。まるで目の前にヒントがあるのに、それをきれいさっぱり見逃しているようなそんな感覚を感じる。


 その感覚を感じながらじっくりと購買でパンを買ったシーンを思い出してみる。そういえば確かあの時、おばちゃんは


『最近ね、息子が妙な連中と絡んでるみたいでね……』


 と言っていた。


 確証は無いがもしかするとミスプレイと関わりがあるかもしれない。まったく違う可能性もあるが、今はその僅かな可能性もありがたい。会ってみるだけの価値はあるだろう。もし、違っていたとしても乗りかかった船でついでに解決してやる。おばちゃんに対する昼飯の礼だ。


「お前の腹の音がヒントになったよ」


 それを聞いて苦々しい顔でザンギバーガーにかぶりつく小倉。その様子はまるで肉食獣が野菜を無理矢理食べさせられているかのようだった。もうちょっと美味そうに食ったらどうなんだ。


 拳大くらいのバーガーはあっという間に小倉の胃に消えていった。小倉は口の端に竜田ソースを付けながら手を押さえ食に対する感謝を伝えると、さっきまでの空腹に苦しんでいた表情から一転、元気いっぱいといった表情にすげ変わった。


「はぁ――……。美味しかった。こんなに美味しいとは予想外だったわ」

「なら良かったけど、それで足りんのか?」


 俺からするとおやつにもならない。俺だったら絶対に足りていない。心配も込めて聞いてみると


「充分。それで? 何か分かったんでしょ」


 俺とは腹の燃費が違うようであの拳大のハンバーガーで腹は満たされたようだ。本当に足りているか疑わしいものだが、本人が充分だと言っているのなら間違いないだろう。


「分かったわけじゃないけど、もしかするとミスプレイに繋がってるかもしれない」

「それが私の腹の音とどう関係しているかはよく分からないけど、それでどうするの?」

「電話に出てくれれば良いんだけど……この時間だしな。出ない可能性の方が高いな」

「電話? 何で? メッセージを使えば良いじゃない」

「今から電話する人はそういうのが苦手でな。電話じゃないと連絡できないんだよ」

「ちなみに私も知ってる人物?」

「あぁ、購買のおばちゃんだ」

「え?」


 小倉はその情報で混乱したみたいで目が地盤沈下を起こしていた。


 購買のおばちゃんの連絡先は知っている。そこからおばちゃん経由で息子さんと繋がれればいいだが、もしダメだったら明日に仕切り直しだ。混乱してる小倉を余所に電話を掛ける。


 スピーカーから聞きなれた交響曲が流れる。一コール目。返答無し。二コール目。変わらず。三度目の正直。一瞬曲が遅れ、途切れる。


「もしもし、夜遅くにすいません。突然なんですけど、今日の昼にお話してくれたこと。もしかすると力になれるかもしれないです」


 そこから話は順調にいき、息子さんが今は家にいて大人しくしているとおばちゃんは話してくれた。今から伺っても良いかと聞くとおばちゃんは嫌がる素振りも無く、お願いしますと言ってくれた。かなり無茶なお願いだと自分でも分かっていたが、まさか受け入れられるとはな。自分でもビックリだ。住所を聞いてから、軽く挨拶をしてから電話を切る。


 俺が電話している間にようやく正気を取り戻したのか、小倉は先程までの混乱顔から何故かドン引き顔に変化していた。小倉の目はまるで不審者を見るかのような目でその矛先は俺だった。


「一体何があったら購買の人と連絡先を交換するようになるわけ? それともそういう趣味を持ってたりする?」

「どんな誤解をしてるんだお前は。違うよ。説明するのも面倒臭いが、色々とあったんだ。連絡先を持ってるのはその名残だ」

「やっぱり男の子は年上の方が良いの? 確かに年上なら包容力があるもんね」

「……急にどうした? 別に年上だからって包容力がある訳じゃないだろ」


 年上だから包容力があるは都市伝説だ。それを俺は身を以て知っている。幻想が現実に打ち砕かれるのは深刻的なダメージがあった。メンタルが戻るのにリアルに一か月かかった。あれは幻想のままで良かった。幻想は幻想のままが一番だ。


「何? 経験でもあるの?」

「ほんの少しな」

「……変態」

「待て、何を想像したかは知らんが、そういうことはしてないぞ」

「ほんとに?」

「嘘ついてどうする。てか、何でお前にこんなこと話さなくちゃいけないんだ」

「変態は信頼できないから。とりあえず行先は決まったってことで良いの?」

「ああ、移動するぞ」


 しかし、変態は信頼できないとは。その理論だとこの世に存在する男全員を信頼できないことになるぞ。逆に変態じゃない男がいるのなら見てみたいものだ。


 そんな気持ちを抑えて、伝票を手にする。紙には部屋の利用料が印字されており、二人で割り勘しても懐がかなり寒くなる金額だった。内心ではがっくりと項垂れている俺がいるが、それを表には出さないように努める。出来るだけ格好悪い所は見せたくないのだ。


「忘れ物は?」

「ない。結局カラオケに来たっていうのに一曲も歌わなかったね。勿体ないことしちゃったかも」

「かなり贅沢な使い方をしちまったな。でも、歌う目的で来たわけじゃないし、仕方ないだろ」

「分かってるけどさ、それでも勿体ないなって思っちゃうんだ」


 悔いが幾つか残る部屋を後にし、セルフレジで料金を支払う。セルフレジの近くにあるカウンターでは店員が口からよだれを垂らしながら爆睡していた。良いのかそれは?


 店員とはいえ爆睡している人間だ。起こさないように静かに店外へ出る。外は室内と違い、夜に冷やされた空気が充満していた。その空気が室内で上げすぎた体温にはちょうどよかった。霧はさらに濃くなってる。そろそろ夜もピークを迎えるというのに、霧は未だに晴れる様子はない。


 もう少し体温を下げるため、小倉に質問をすることにする。小倉の話を聞いて少し引っ掛かっていたものがあるが、腹がなったり考えたりと聞く機会を逃してしまっていた。今はまだ時間がある。これからどう展開が動くか分からないし、聞くなら今のうちしかない。


「なぁ? 一個だけ聞いても良いか? 答えられないなら答えなくて良いんだけどさ」

「急に改まってどうしたのさ。怖いんだけど」

「お前さ、俺のこと恨んでないのか?」

「? どうして私が君の事を恨むのさ?」

「お前の親父さんが死ぬ原因を作ったのは俺なんだろ。死因が何かは知らないけど、それでも親父さんの仇と言ってもいい存在が目の前にいるんだぞ。よく普通に俺と話せるな」


 そう。これが気になっていた。俺を詰問した際も小倉は父さんが死んだ責任を取れと言っていたが、普通はこんなことは言えない。仇を目の前にした人間がすることはただ一つ。恨みを果たそうと行動することだ。殴るなり、罵詈雑言を浴びせたり普通はするもんだ。だから別に恨みを果たそうとするなら俺にぶつけても構わないし、俺も受け入れるつもりだ。けど、小倉はそれらもせずただ俺に責任を果たせしか言ってこない。それが妙に引っ掛かる。


「全然ないよ。全然だから無いわけじゃないけどそれでもあんまり強くはないかな。父さんの職業柄いつ殉職してもおかしくはないから」

「――そうか」

「聞きたいことってそれだけ? なら早く行こう?」


 小倉は長髪をヘルメットに隠してバイクに跨り、俺に早く出発しろと催促してきた。それに促されるまま俺も準備してバイクを発進させる。バイクのライトは霧の中でも存在し続け、俺たちの居場所を証明してくれている。


 その証明を続けながら思う。小倉が俺を恨んでいないのならあの時に見えた復讐の炎は一体誰に向けての物だったのだろう。状況的に考えるのであれば俺か小倉の友人を巻き込んだミスプレイの連中だ。しかし、話を聞いた限りではミスプレイの連中に恨みを持つ理由が弱いのだ。


 人として最悪な想像ではあるが、友人がウリを強制させられ、既に被害を被っているというパターンであれば小倉がミスプレイに恨みを持っているのは不思議ではない。だが、実際には友人は脅迫状が届いただけだ。ただそれだけ。言っちゃ悪いが、被害は何一つ表れていないのだ。小倉がミスプレイを潰す動機としては弱すぎる。


 簡単に言えば、友達に届いたチェーンメールにキレて、その業者を潰そうとしているのと同じ状況だ。そう考えると小倉がミスプレイに恨みを持つというのは少し考えにくい。


 じゃあ俺に恨みを持っているのかと考えたが、小倉本人からそれはないと言われてしまった。勿論、額面通りに受け取るべきではないんだろうが、それでもさっきの言葉に人が嘘や隠し事をするときに現れる声のブレのようなものは無かった。先程の言葉に嘘や偽りはないと考えても良い。


 だからこそ、分からない。小倉に宿っていた炎は間違いなく復讐の炎だった。見間違いではない。何度も嫌と言うほど見てきた炎だ。決して消えることなく自分を燃やし続ける炎は痛々しくて優しい。その炎に身を包まれている小倉はその状態で普通に笑っている。


 お前は一体誰に復讐したいんだ?


 心の中で問いかけるが当然返事が帰ってくることはない。返事の代わりにバイクから振り落とされないようにしがみつく弱々しい力だけが伝わってくる。その力を感じながら小倉の異常さを認識する。


 それに色々とまだ腑に落ちない点はある。小倉を手伝うとは言ったが、信頼するとは言っていない。信用するにはまだまだ解決しないといけない謎がある。それこそ――


「杞憂だと良いんだけど」


 ヘルメットの中で小倉にも聞こえない声で小さく反響する独り言。小さな密室で反響する独白を聞いて思わず笑ってしまった。自分の言葉ながらそうなるとは到底信じられなかった。

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