1-11 Encounter with a cosplay guy

 エンジンを切り、沈黙したバイクを駐車場に止める。全体を黒に染め、所々に白線が入っているフルフェイスヘルメットを下ろし、バイクのハンドルにぶら下げる。力なくハンドルにぶら下がるヘルメットは何処か滑稽に見えた。


 視界にはR18な店が数を数えるのが馬鹿らしくなるくらいに広がっており、Kエリアはナニを目的に多くの人がごったがえしている。複雑な気持ちにはなるが、これもこの町の経済活動の一つだ。もし無くなったらそれはそれで経済破綻を迎えてしまう。


 それらの店の前で店員らしき人たちは客を招いていたり、一緒に店の中に入ったりしている。その様子が妙に生々しくて目を逸らしたくなる。それだけでなく、一部の店は風営法はどうなっているんだと言いたくなる文言が書かれている店もある。うわっと思うと同時にKエリアに来たと徐々に実感する。


 大人だけを対象としているこの空気間も久しぶりだ。間違っても高校生が遊びに来る場所ではない。俺でもそれくらいは分かる。俺以外にKエリアに用がある同級生がいるとはとても思えないが、もし俺が此処にいるところを見られたらトンデモナイ誤解を招きそうだ。そいつもそいつで問題があるが、今は同級生がいないことを祈るしかない。


 Kエリアによく表れるとママさんは言っていたが、実際どこら辺に連中はよく表れるのだろうか。そこまで聞いておけば良かったと今更思うが、後の祭りだ。今はKエリアを探し回るしか方法は無い。ゼロからのスタートじゃないだけまだマシ。幸先は透明だ。


 しかし、歩いても歩いてもそういう店しかない。人の欲望に段々とウンザリしてくる。俺もそういう欲が無いわけじゃないが、それでもやっぱりウッと息苦しくなってくる。Kエリアを奥へ奥へと進むと、町を包み込む光は人に優しい薄い電球色から扇情を煽るような微かに明るい赤と桃色と混ざりあった柔らかくも人を堕落させる撫子色に変遷していった。


「ラブホみたいだな……」


 思わず漏れてしまった独り言も慌てて周囲を見ても誰も聞いていない。というか、驚くほどに俺の周りには誰も居なくなっていた。いるのは俺たった一人。


 最奥部に行ってしまったかと思うが、それはあり得ない。Kエリアの最奥部はとても光が届く場所ではないからだ。ここはまだ最奥部じゃない。


 じゃあなんでこんなに人がいないんだ?


 疑問を抱くと同時に体を警戒態勢に移行させる。何が起きてもおかしくない。周りを見渡しても俺しかいない。だが、それでも何かがある。そう感じさせるほどの何かを背中で感じる。


 一歩一歩進みつつ、警戒を怠らない。元の道を引き返すことも考えたが、引き返しても得られるものは何もない。だったら進んだ方が何か一つでも分かるはずだ。


 前へ前へと進むたびに嫌な予感が背中でジリジリと焦げ付いてくる。両の掌には痺れるような緊張感。歩みを止めて、一度深呼吸を行う。


「……」


 肺に新鮮な空気が入り込み、心臓が一度大きく跳ねる。脳と心をクリアに。そしてそのまま、目を瞑る。


 前方には嫌な予感という名の威圧感。後方には音を殺しながら近づいてくる数の暴力。恐らくきっと此奴らが俺の探している連中だろう。だが、些か目を付けられるのが早すぎはしないか。まだ来て数分も経ってないぞ。


 威圧感は止まったままの俺にゆっくりと近づいてくる。数の暴力も進行を止めない。もう誰かがいることは確定だ。諦めと喜びを持って目を開けるとそこには時代を間違えているとしか言えない顔が全部隠れる仮面を被り、見慣れたそれぞれの高校の制服を来た連中とそれらの連中とは別の全く見たことがない制服を来たサングラスをかけた見た目三十代ほどの男がそれぞれ後方と前方にいた。


「そんな集団で……道でも尋ねたいんですか?」


 人違いだったら恥ずかしい。一応、聞くだけ聞いてみる。もしかすると、観光客の集団かもしれない。じゃあ何でKエリアにいるんだとか旅行の幹事はなにをしとるんだとか色々思いつくが、それは一旦置いておく。かもしれないは大切だ。


「そう思うか?」


 サングラスの男は思春期の子どもの声では決して現れない成熟しきった男の声で俺の質問を質問で返してきた。


「ああ」

「じゃあ残念。期待には答えられないな」


 ゲスびいた笑いで俺の質問を撥ね退けてきたが、逆にその答えで安心した。


「いいや、残念で良かった。本命の期待には答えてくれたからな。……まさか本当にコスプレ野郎がいるとは思わなかったけど」

「……」


 聞いていた前情報と違う奴がいるが、それでも後は大体聞いていた通り。仮面の奴らは俺の高校の制服だけではなく、それ以外の高校の制服を着ている。俺が探している小倉が一緒にいたという連中は此奴らで確定だ。


 後ろの集団は背格好的には男子だけでなく女子っぽい姿も見える。ウンザリする点としてはその数が十五人以上いることだ。


「それで? こんなに引き連れて一体何の用?俺もお前らに聞きたいことがあるけど、礼儀として先に聞いてやる」


 話では直接会話することなく、見られただけで逃げてしまうという話だったが、その話とは違い、連中は俺の前に堂々と姿を表した。今までと反して俺に会いに来た理由は一体何なんだ?


「用ならもう済んでいる」

「はっや。……ってまさか」

「そのまさかさ。君を一目見ること。たったそれだけの用だ。だが、君の顔を見て拍子抜けしてしまったよ。たった一年だけならと思っていたが、時の経過とは残酷なものだ」

「お前らが俺に何を期待しているのかは知らんが、用は済んだと?」

「そう言った」

「なら今度は俺がお前らに質問するぞ」

「答えるとでも?」

「人の礼儀として答えていけよ。目覚めは良い方が良いだろ?」

「とっくに悪いから関係がない。が、折角の出会いだ。聞くだけ聞いてやろう」


 偉そうに両の腕を胸の前で交差させながらサングラス野郎はふんぞり返っている。それを見て腹が立つが、これで俺の目的が達成できるならまだ我慢できる。


「お前さんたちの中に小倉 天音って子はいないか?」

「いると言ったら?」

「身柄を引き渡してくれないか? その子を保護しないと色々と困ったことが起きる」

「それはそれは……誠に残念ながら協力は出来なさそうだ」

「は?」

「君が何を勘違いしているかは知らないが、俺たちは小倉の仲間ではない。むしろ、俺たちは小倉 天音を探しているんだよ」

「お前たちも? それはまた何で?」

「話すわけないだろ。君も自分の事情を全て話してくれるなら考えても良いが?」


 小倉は一体何なんだ。校長も色々としでかしてくれたと言っていたし、こいつらも理由は分からないが小倉を探している。小倉の話を始めてからサングラスの男の顔は遠くからでも分かる程に青筋が隆起している。あと一つでも小倉の話題を出したら爆発しそうだ。


 これ以上の深入りは止めておこう。こいつらからは小倉の情報は手に入らなさそうだ。ただ新しく手に入った情報もある。その情報も小倉が何かトンデモナイことをしているという嫌な情報だが。


 俺もサングラスも何かを話すわけでもなく、お互いに見つめあう。見つめてただただ気色の悪い空気が広がる。ボーイミーツボーイじゃないんだ。見つめたって何もない。仮面の奴らは一切口を開かないし、サングラスもキレる一歩手前。流石のこの空気が続くのは嫌だ。会敵を終わらせるためにも忠告をしておく。


「なぁ、サングラス」

「何だ? 和島」


 さも当然かのように俺の名前を呼んできたグラサン。気持ち悪さに拍車がかかる。


「お前さんたちの目的は? 話を少し聞いただけだけど、それでも大分ヤバイ商売をしてるだろ。それはリスクしかないぞ。まだ一線を超えてないから良いけど、それもそろそろ超えてしまうぞ。ただの金稼ぎ目的でやってるんだったら、今すぐにでも手を引くことを進める」


 サングラスは撫子色を黒色に映しながら、頬を緩めた。


「それは実体験からくる忠告か?」

「それもある」

「なら安心しろよ先輩。俺には夢がある。アンタとは同じ結末にはならない」

「夢?」

「あぁ、アンタには一生持てないものだ。いや、と言った方が正しいか?」

「……それを知ってるってことはお前、去年あの場所にいたな?」


 カチリと脳のギアをトップに入る。心を冷たく、眼は鋭く。表情筋を停止させ、必要な筋肉を固める。後は脳に命令を下すだけ。去年のあの場にいたのなら此奴は一般人ではない。俺のことを知っているのも納得がいく。……今やっておくか。


「待った!! そういうつもりは無かったんだ。一旦落ち着いてくれ」

「煽っといて今更何を言ってんだ?」

「悪かった。そこまでキレるとは思わなかったんだ。謝るよ」

「許すわけねぇだろうが」


 あの出来事について触れて良いのは俺か血脇、もしくは死んだアイツだけだ。赤の他人が触れられるようなもんじゃない。触れた代償として最低でも眼の一つは貰わないと気が済まない。


「良い顔だ。一年前のアンタが戻ってきたみたいだ。流石に一年経ってもそうそう簡単には錆びないか。……もう少し話をしたい所だが、残念。時間だ」


 サングラスは俺に背を向け、暗闇に紛れていく。その背を掴むために前へ進むが、後ろから抗えない力で前進を拒まれる。苛立ちを持って振り向くと、仮面達が俺の制服を掴み動けなくしていた。


「放せ!!」


 振りほどこうとするが、一対多。振りほどける道理もなくその力でそのまま地面に押さえつけられた。


「てめぇ!! 待て!!」

「さようなら。せいぜい夢に見惚れていろ」


 そうしてサングラスは消えてしまった。しかし、サングラスの姿はもう見えないが、俺を押さえていた連中は後ろへ走り去っている姿が見える。今ならまだ追いつける。一人でも捕まえれば此奴らの拠点の一つでも分かるはずだ。それをぶっ潰す。


 地面に怒りをぶつけ、左足で地面を蹴る。いつもなら何も思わない制服が今は憎い。道なりに仮面の連中は逃げていく。その背中を見失わないように追いかけながら、手を伸ばす。手を伸ばしながら直線を走り続けるが、曲がり角が見え、それを曲がった連中の姿が一瞬だけ見えなくなる。距離を少しでも縮められるように速度はそのまま維持して角を曲がるとそこには後ろ姿が見えるはずの制服はまるで最初から居なかったかのように姿をくらましていた。


「どうなってんだ一体……」


 突然の邂逅。そして消失。聞いていた通りロクデモナイ連中だった。会うだけ会って嫌味だけを投げて逃げていきやがった。本来の用事がなければすぐにでも壊滅させてやりたかったな。


 分からないのは連中の用であった俺を一目見るということだ。そんなことをして一体何の意味がある? 連中の商売に関わった事は一切ないし、なんならこんな事態になってからあいつらがしていることを初めて知った。面識はないはずだ。あったら声を聞いた時点でなんとなく思い出している。けど、サングラスはあの時の当事者でなければ知らない俺の夢について知っていた。ということは少なくとも知っている顔……ということになる。


 疑問符は脳に大量に張り付いている。しかし、その疑問符を解決するためには情報が圧倒的に足りていない。それに、俺の脳には本来の目的を差し置いて他のことを考えられるメモリはない。今は小倉を探すことに集中するべきだろう。未だに腹は煮えくり返っているが。


 小倉の捜索は振り出しに戻ってしまった。分かったのは小倉が面倒な事情を抱えていることとと場所も不明だということ。だが、あいつらがここらへんで小倉を探しているという事は間違いなく周辺にはいるはずだ。では、仮面の連中と一緒にいたという情報は何だったんだ?


「足で探すしかないのか?」


 結局やることは変わらない。疑問点、不明点は大量に存在するが、それに答えてくれる人は誰もいない。自分で見つけ出すしかない。楽な方法はやっぱり存在しないようだ。


「もしかして大分面倒臭いことに巻き込まれた?」


 今更そんなことに気が付くが、引き返す選択肢は選べない。いつもこうだ。すぐに終わると思ったら厄介ごとが俺を邪魔する。神様の存在を信じていない俺でもいい加減厄払いにでも行くべきかと本気で考えてしまうほどには心が少し疲れているのを感じる。


 今日は此処までにして明日から本格的に探そう。あまり時間が無いのは充分に理解しているが、それでも今日一日だけで受け止めるには時間がかかるような事件が沢山起きた。今日くらいはそれらを整理する時間と心を落ち着ける時間が欲しい。


「ダメだな。今日は帰ろう……」


 元来た道に引き返し、バイクを止めた駐車場にまで戻っていく。夜の町は段々と騒がしく、勢いづいている。人通りも増え、その中には酔っ払いも何人か見える。まだまだ夜の町は終わりそうにはない。


 そんな町を見ながらバイクの準備をする。もう今はそれを見る元気は俺には無い。げんなりとしながらバイクにまたがり、家に帰ろうとすると何処からか声が掛けられた。


「ちょっと」

「?」


 前方には誰もいない。後ろを振り返っても暗闇があるだけ。いくら周りを見渡しても人の姿はどこにも見えない。ただの幻聴だったんじゃないか?


 気のせいだと自分を納得させ、エンジンをふかしバイクを走らせようとすると後ろから頭を小突かれた。ヘルメットからパコーンというあまりにも間抜けな音が周囲に響き渡る。軽い衝撃が俺の頭を襲うが、ただ衝撃が伝わっただけだ。別に痛くも痒くもない。


 それよりも衝撃がした方向へ頭を向けると女性が手を押さえてうずくまっていた。


「いっ……」

「……大丈夫か?」


 小突かれたのは俺だが、手を押さえてうずくまっているのを見て怒りよりも心配の方が勝ってしまった。それを聞いて女性はほんのり顔を赤く染めながら俺に向かって叫んできた。


「何でヘルメット付けてるのよ!!」

「んな理不尽な……運転するしヘルメットは必須だろ。てか……お前誰だよ!?」

「君が探している人」

「はぁ!?」

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