1-8 Path to the first

「一週間ほど前からある女子生徒が行方不明になりました。そして、その生徒が行方不明になる直前に末広町で見かけたという目撃情報がありましてね……」

「ちょっと待ってください。その女子生徒の名前は? そんな女子生徒、女子生徒と何度も会話に出されたら頭がおかしくなりそうだ」

「女子生徒の名前は小倉おぐら 天音あまね。二年生です。色々と問題がある生徒で何度も血脇先生のお世話になっていますね。詳しく知りたいのであれば後で血脇先生に聞いてください」

「ふむ……」


 血脇にお世話になるという事はそういう事だ。品行方正な生徒ではない。しかし、気になるのは


「一週間も行方不明になっているなら母親が既に警察にもう捜索届を出しているんじゃ?」

「出していません」

「へ?」

「彼女の母親は捜索届を出していません」

「それはまた……理由は聞きました?」

「母親曰く必要ないとの事です」

「……闇が深いなぁ……」


 捜索届を出せば警察は否が応でも動かざるを得ない。そうすれば見つかるのは時間の問題。だが、それをしないという事は必要としていない、もしくはそのままの方が幸せなのか。どちらに転んでも嫌な話だ。


「うん? それじゃあ誰が彼女を探してるんです? 母親じゃなかったら父親の方ですか?」

「彼女の父親は去年の末広町の騒ぎで亡くなっています。暴動を対話で止めようとして」

「……」

「彼女を探しているのは我々です。彼女には色々と聞きたいことがありまして」

「……個人的な感情ってことですか?」

「いえ、学校全体として聞きたいことがあるのです」

「じゃあ俺じゃなくてそれこそ生徒指導部の先生が探した方が都合が良いと思いますけど……」

「それがゼロの説明と繋がってきます」

「?」

「小倉が末広町の方にいるのは分かってします。しかし、小倉が仮面の連中と関係があるのか、私たちが小倉を追いかけると仮面の連中が邪魔をしてくるのです。そこで、君だ」

「……」

「君なら仮面の連中に警戒されることなく小倉を捜索できるし、君以上に末広町に詳しい人もいないでしょう。だから、君が適任だ」

「俺が出来ることなんてたかが知れてますよ」

「これで話は終わりです。何か質問はありますか?」


 俺の独白を無視して校長は話を終わらせた。言いたいことは死ぬほどある。ありすぎて言い切れないほどだ。だが、これだけは言っておかなければ。


「一つだけ」

「何です?」

「小倉は見つけます。けど、それだけだ。見つけたらすぐに貴方たちに引き渡すからな。小倉のケアとか、そういう面倒ごとはそっちでやってください」

「おや? 意外だ。君ならそこまでやらせてもらうと言うものかと」

「……そういうのはもう辞めました。俺には向いてない。それは嫌と言うほど知りましたから」

「分かりました。ケアはこちらでやります。では、これを」


 校長はそう言って机の方まで歩いていき、飲み物を準備した引き出しとは違う方から何やら見覚えのある鍵と今時見ないガラパゴスケータイ、そしてホチキスで一つにまとめられた紙を俺の方に手渡してきた。


「何か進展があったらこのケータイで連絡してください。この紙にはケータイの使い方と課外活動の詳細、報告の仕方等を書いておきました。

「はぁ……」

「それと、これを返しておきます。末広町なら足はあった方が良い。元々君のものだし、今更これで暴れることも無いでしょう」

「登校に使っても?」

「さぁ? それは私の管轄じゃありませんから。でも、鍵は返しましたからね。保管場所は用務員室です。後で用務員さんにお礼を言った方が良いですよ。時々整備をしてくれてたそうです。あっ、それと警察に職質された場合は……自分でなんとかしてください」

「えっ、何でそこだけ適当!? ちょっとそれも何とかしてくださいよ! !これ以上補導歴なんて増えたくないんですけど!!」

「さ、話は終わりです。時間はお互い有効的に使いましょう。期限は一週間です。これを過ぎたら問答無用で留年が確定、ひいては卒業にもさよならを告げることになりますから」

「えっ!! 一週間!? 短すぎます!!」

「あ――、不幸なことに鼓膜が破れたみたいです。私も暇じゃありません。ほら、行った行った」

「ねぇ、ちょっと!!」


 それだけ言うと校長は俺の言葉に一切反応しなくなった。この野郎。本当に破ってやろうか。


 好奇心に一瞬心がざわりと動いたが、何とか心を正常に治める。今でさえ結構ギリギリな所で留年回避のチャンスを貰っているのだ。今何か変なことをしたら一発でそのチャンスもあっという間に消えてなくなるだろう。それだけは避けなければ。


 来た時と比べて異様に重くなった気がするドアを押して退出する。校長室から出ると学校の喧噪が廊下からこだまして聞こえてきた。さっきまでは一切聞こえなかったのに今になって聞こえてきたのが、さっきまでの出来事はただの夢で寝ぼけてただけじゃないかと想像してしまう。けれど、手元に視線を向けると、没収されていた愛車の鍵にガラケーと紙の束。こいつらがしっかりと逃れようのない現実ですと主張してきた。


「時間もないし、面倒臭そうだし、人探しだし。何だこの三拍子!!」


 何もかもぶん投げたくなるが、それをしたら俺の人生も一緒に投げられる。


「クソ!!」


 今の俺に出来るのは悪態をつくことだけ。その悪態の矛先も過去の自分に向けられているが。誰かが悪いわけじゃない。いや、十パーセントくらいは教師側が悪いな。計算ミスなんてあり得ないだろ。けれど、それでも十パーセント。残りの九十パーセントは休みすぎた過去の俺が悪い。ほんっとどうしてこうなったんだ…


「……さっさと見つけて校長に引き渡そう」


 微塵もやる気が出ないが、やるしかない。それ以外に俺が卒業できる方法は無い。そう分かっているはずなのに、やる気は俺の前から姿を消してしまった。


 校長から支給品を貰った後、職員室に戻って血脇から小倉について話を聞いた。本当かよと言いたくなるような話から小倉の細かい正確の話まで聞くと若干小倉に興味がわいてきた。


「それじゃあ探してきます。時間も無いんでね」


 皮肉たっぷりに血脇に向かって悪態をついておく。これくらいの機会でなければ正面向かって血脇に言える機会は無い。やれるうちにたっぷりしておこう。


 悪態だけでは勿体ないからついでに舌も出して血脇を軽く煽っておく。何も言ってこない血脇に微かな満足感がある。やる気は未だに出ない。が、この満足感がやる気を肩代わりしてくれそうな気がした。


 血脇に背中を向け、用務員室に向かおうとすると背後から力強いはっきりとした声が投げかけられた。


「気をつけろよ」

「何を今更」

「だからだ。今までと同じだと考えたら痛い目を見るぞ」

「そんなこと嫌と言うほど知ってる!! ……それだけですか?」

「違う。痛い目を見るのは……」

「……俺じゃない。そんなことは分かってる!! んなこと何度も繰り返すな!!」

「分かってるなら良い。それとあと一つだけ」

「……本当に一つだけなら聞きます。でも後はもう何一つ聞かない。聞きたくない」


 脳にこびりついている後悔が熱を発し始めた。久しぶりに感じるその熱は数えられないほど味わっても気持ち悪くて、痛い。きっと俺は一生この熱を脳に刻んで生きていく。当然の罰だ。俺なら守れたはずの手。俺が守らなければならなかった手。


 何度も考え、何度も後悔しきれないくらい後悔した。その度に心は冷え、脳は熱を感じる。俺が死ぬべきだった。何度も思って、何度も実行した。けれど、駄目だった。熱はお前はまだ苦しまなければならないと訴えてくる。


 だから俺は夢を見れない、いや見ることすら出来ない。失敗を続けてきた俺には夢は眩しすぎる。俺がするべきことは責任と後悔を背負う事だけ。夢を見るなんてことは俺には許されていない。


「人は失敗する。だが、失敗を乗り越えて成長できる。お前も人間だ。乗り越えてみろ」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!てめぇもまだ乗り越えられてないだろうが!!」

「……ああ。全く乗り越えられていない。お前に対する恨みは未だに消えない。むしろ、まだ心の中で燃え盛っている。俺はお前を殺したい」

「なら!!」

「それでも、俺たちは乗り越えようと努力するべきなんだ。俺たちは一回失敗した。だからその失敗を繰り返さないようにするためにも失敗を乗り越えて、また立ち上がるんだ。それが守れなかった俺たちが背負うべき責任だ」

「違う。それはただ失敗した過去から目をそらしているだけだ。俺たちはもう何もするべきじゃない。そういうのは絶対に失敗しない物語の主人公にでも任せるべきなんだ。俺たちは主人公じゃない。もう負けて何もかもを失ったただのモブだ」

「だが」

「たった一回の失敗で全てが壊れる事もある。……あんたはそういうことは分かってると思ってたよ」

「理解はしている。だが、それでも……」


 希望的観測は要らない。そんなものあったところで何の役にも立たないし、霞の希望だ。そんな幻は無い方が良い。その幻は人を狂わせてしまうのだから。


 過去は未来で未来は過去だ。過去に失敗したから未来のためにもう一度立ち上がる?違う。失敗したからこそもう何もするべきじゃない。もう一度立ち上がってしまうのは過去を蔑ろにすることと同じだ。過去を蔑ろにすることは俺には出来ない。


「――先生。申し訳ないんですけど、少し時間が無いのでお話はここまでにしましょう。また明日学校で」

「和島」


 もう聞く耳は無い。聞いても無駄だと分かったし、これ以上聞いたらきっと血脇を殺してしまう。この話は此処までだ。


 熱は未だ痛みと気持ち悪さを心に届けている。この熱はいつの日か俺を殺してくれるだろうか。そのいつかが今は待ち遠しい。


 一瞬そんな事を考えていたら、意識が熱に浮かされた。浮かされないように気を張っていたつもりだが、案外余裕は無かったようだ。無意識の内に心からあの日の後悔が漏れ出ていた。


「俺がアンタだったらあんなヘマはしなかった」

「俺がお前だったらあの子を守れていた」


 お互いの主張は変わることはない。後に残るのは虚しさだけ。だからこの話はしたくないんだ。誰も幸せにならない。誰も救われない。改めて後悔がさらに圧し掛かるだけだから。


 無言のまま、用務員室に向かって歩き出す。背後にいる血脇がどんな顔をしているかは分からない。願わくば殺意に満ちていることを。

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