1-7 Path to Zero
「……いやいや、ちょっと待ってくださいよ!! 留年!? 俺が?」
「留年です。君が」
「ほんとに?」
「本当です」
「マジで?」
「マジです」
「嘘だろ……」
留年。三年生を最初から。意味は知っている。出席日数が足りなかったり、テストの点数が余りにも悪かったりするなどがあると、進級点が満たせず進級或いは卒業が認められない。これが留年。だが、今年の俺は全ての授業に出席をしていたし、テストの点数は赤点を取ったことは無い。留年になる理由が何処にも無いはずだ。
「何で俺が留年なんですか? きちんと出席もしてたし、テストの点数も平均点以上を取ってます。留年になる理由が無いはずです」
「そう。今年の君は留年になる理由が無い。今年の君はね」
校長はやけに今年をという言葉を強調してきた。今年の俺が問題ないのなら留年する事はない。一体何が言いたいんだ?
「今年の君は問題ないんだ。でも、去年の君が問題だった……」
「去年の俺が?」
「そう。今年君は卒業するはずだった。卒業させるためには色々とクリアしないといけないものがあるんだ。それは君も分かるだろ?」
「ええ。それが?」
「今年君を卒業させるにあたってきちんと卒業条件を満たしているか、もう一度確認してみたんだ。すると、恐ろしいことに二年生の時の出席率が足りていなかったんだ。この状態では二年生の課程が終わっていないことになり、強制的に三年生としてのこの一年間は無かったことになる。一,三をクリアしても途中にある二が終わっていなければ三はカウントすることは出来ない。そんなズルは認められていないんだ」
「いや、そんなはずはない。俺はきちんと計算して問題ないように休みを取っていました。足りていないはずが無い」
「君の気持ちは分かるが、残念なことに足りなかったんだ」
「うちの高校は三分の一授業を休んだら留年が確定する。俺はその約三分の一の六〇日も休んでません。休んだのは五八日だけ。二日猶予が残っているはずです」
「こちらの計算では君が休んだのは六二日。君のカウントより四日オーバーしている。これが決め手になってしまった」
「四日? 何処でカウントされたんだ……?」
「まぁ、それはどうでもいいんだ」
「どうでもいい?」
そんなわけが無い。留年決定がどうでもいいことのはずがない。それに、何故今にな……うん? ちょっと待て。冷静に考えろ俺。何故今になって二年生の頃の出席状況が足りていない事を知らせたんだ? 二年の出席状況が足りていないのならば三年生に進級する前に知らせるはず。いや、知らせなければならない。それなのに知らせなかった。それは何故だ?
「ちょっと待ってください。何で今二年生の出席の話が出てくるんですか? おかしいですよね?」
「そう。おかしな話だ。普通なら二年生の出席状況が足りていないのなら三年に進級する前に知らせなけらばならない。けれど、今それを話している。……此処が一つ私たちが謝らなければならないポイントだ」
「謝る? 一体何にですか?」
「君の出席日数が間違ってカウントされていたことに気が付くことが出来なかった。すまない」
「つまりアンタらの計算ミスって事か?」
「その通りだ」
……怒鳴りたい。思わず手が出てしまいそうになるのも必死に両手で抑えている。俺はきっとキレても問題はない。むしろ、これでキレない奴なんていない。だが、沸騰している頭の片隅で、冷静に何故これが起きたのかを考えている自分がいる。そう、ほんの少し残っている理性で考えるとこれが起こった大本の原因はすぐに分かる。俺が学校を休みすぎたという事だ。要するに自業自得。
「……クソ」
「本当に申し訳ない。この話が明らかになったのが一週間前の事なんだ。間違いだと思って何度も計算したが、結果は今話した通りになってしまった。本当にすまない」
「……先生方が謝る必要はありません。俺が休みすぎた。それが問題だったんです」
怒りの感情はしつこく心に残っているが、原因は俺だ。この怒りをぶつけるべきは自分自身。他人にぶつけてはいけない。それはただの八つ当たりだ。
「留年か……。まだ受け入れられないんでもう少し時間が欲しいんですけど……帰っても良いですか?」
帰る準備をし、グイッとコーヒーを全て飲み干して校長室から立ち去ろうとすると、校長の一言が俺を引き留めた。
「ダメです。話の本題にまだ入っていませんから」
「本題に……? 留年が本題じゃないんですか?」
これ以上の本題なんてあるわけが無い。留年が本題でなければ一体何が本題なんだ。
「まだ冷静になれていないようですね。いつもの君なら気が付いていると思うのですが、流石にショックが大きかったようだ」
「……これ以上一体何を話すことがあるんですか?」
「留年が決定した際は、生徒だけに話すことは決してありません。生徒が高校に通えているのは大半の場合、保護者の協力が必要不可欠です。学費だって無料じゃありませんから。此処までで気づきませんか?」
「?」
「留年が決まった際は君より先に保護者の方に知らせるんですよ。それを今は保護者に知らせずに、先に君へ教えている。これがどういうことか分かりますか?」
校長の言葉を聞いて徐々に頭の回転が早くなっていく。急ブレーキをかけられたのが嘘かのように脳血管が勢いよく血を運んでいる。そうか!! 保護者にまだ知らせていないという事は
「俺の留年はまだ回避出来るって事ですか?」
「その通り。ふぅ、これでようやく本題に入れます。本題というのは君の欠席をカバーできる方法があるという話です。今日はその話をしたくて君を呼びました」
「カバー?」
「ええ。欠席していたのは課外活動をしていたからという事にして、出席扱いにするという方法です。これなら後からねじ込んでも不自然ではありません。後から実は出席していましたという方法では教育委員会が証拠を要求してきますので、この方法は使えません。しかし、今話した方法なら証拠も出せるため教育委員会を説得させることが出来ます。だから君には……」
「何かしらの課外活動を行うって事ですか?」
「そういう事です。そして、その課外活動のテーマを私が決めることで学校も関わっているという事にすることが出来ます。なので、私が今から与えるテーマを君に取り組んでもらい、そしてそれを一年前君が行ったということにして出席扱いにします。簡単に言えば、出席を捏造するという事ですね」
「……それって俺が言うのも何ですが、グレーと言うよりも黒くないですか?」
「それぐらいしか君に留年を避ける方法は無いという事です。此処までの話は理解できましたか?」
「何とか」
今の俺の状態は崖から落ちたと思ったら落ちる直前で崖の下に合った木にギリギリ掴まれたという状態だ。崖から這い上がるには課外活動をクリアするしかない。
「それでテーマは何ですか?」
「飲み込みが早いですね。さっきまでが嘘かのようだ」
「そりゃそうですよ。何も出来ないと思ってたら何とか出来る方法があった。これだけで大分救われました」
「そう答えてくれて私も救われます。それでは課外活動のテーマを伝えます」
「はい。それは?」
「末広町である少女を探してください」
「人探し……ですか?」
「そうです」
「それ課外活動の域を超えてません? それに、俺に頼むより警察とか探偵に頼む方が現実的では?」
「いえ、君が適任です。だからわ……いえ、順を追って説明しましょう」
「納得できる説明はお願いしますよ?」
「出来るところまでは説明します。しかし、結局納得が出来なくても君はするしか方法はありませんがね。別に留年しても構わないならこの話は無かったことにしますが」
……逃げ道は無いようだ。どうして去年の俺はギリギリまで休もうなんて考えてしまったんだ。無駄かもしれないが、去年の俺に恨みを飛ばしておく。
「……説明お願いします」
「承りました。ではゼロから説明しましょう。一か月程前からでしょうか。うちの高校で補導される生徒数が少しずつ減少していくという摩訶不思議な現象が起こりました。最初は生徒指導を担当する先生方も去年と比べて今年は素行が良くなったのだと考えていましたが、二週間が経過する頃には減少するどころかゼロになるという信じられない数字が表れだしました」
「ゼロになるなら良いことじゃないですか?」
「本当にゼロになったのなら良かったと言えました。しかし、実態はまるっきり違っていました。どうやら素行の悪い学生達が末広町に集中しているみたいなんです」
「末広町に?」
「他の水車町や旭町等ではなく、末広町に、です。それに、あの末広町に学生達が集中しているならば必ず一人以上は補導出来るはず。けれど、結果はゼロ。どう考えてもあり得ません。それに生徒指導の先生方が一度、うちの生徒を見つけ補導しようとしてなんとか追いかけたそうですが、その生徒には逃げ切られてしまいました。大の大人が三人もいてこのざまです。思わず笑ってしまいそうでしたよ」
……なんだか面倒な話になってきたなぁ。補導数はゼロになったのに末広町に素行の悪い学生が集まってきていると。……厄ネタの臭いしかしない。
「でも、生徒を見つけたということはその生徒の顔くらいは見えたんじゃないんですか? そこから学校にきたタイミングで補導するとか……」
「いえ、残念なことに顔は見えなかったのです。彼らは仮面をつけていたらしく、その素顔は拝めませんでした」
「それじゃあどうやってうちの生徒だと分かったんですか? 今の話を聞いた限りうちの生徒だと判断できる要素は何処にも無いんじゃ……」
「顔が見えなくても、一目見るだけでうちの生徒だと判断できる要素があります。それくらいは君でもわかるでしょう?」
試されるような言い方に少し心がささくれたが、それに流されないように冷静に考えてみる。たった一目見ただけで何処の高校なのかが分かる要素か。……学生証は違うな。そんなもん見せびらかす奴は高校生にはいない。喜んで見せるのは学割とか学生サービスがある時くらいだ。
ルーティンとなっている両手の親指を逆手にして涙袋に当てる。そして、改めて考えてみると、答えはすぐに出てきた。出てきた答えはとてもシンプルな答えだったが、普通は絶対にしないことだった。
そう。考えてみれば実に簡単。簡単すぎて気が付かなかった、いや思いつけなかったの方が正しいか。普通は絶対にしないのだから。
「……俺がただの馬鹿だったら良いんですけど、まさかその生徒はうちの制服を着てたなんてことあるわけないですよね?」
疑問と確信が混ざりあった自信のない声が校長室に響く。それを聞いて校長は
「だからこそ謎なのです。今までこういったケースは存在しなかっただけに私たちも今混乱しています」
出来れば否定してほしかった俺の馬鹿としか言いようがない考えを遠回しに肯定してきた。
「……何してんだ? そいつ……」
「今の所、私の高校だけでなく、他の高校でも同じようなケースが続いていると聞いています。なので、そいつではなくそいつらの方が正しいでしょうね」
「しかし、一体何が目的なんだ?」
「さぁ? 一か月ほどこの状態が続いていますが、恥ずかしながら未だに尻尾すら掴めていません。全く不明としか」
補導されるような時間帯にわざわざ制服を着て夜の町をうろつくメリットは一切ない。むしろデメリットしかない。良い意味でも悪い意味でも制服は目立ってしまう。制服は着ている人の身分を明かすだけでなく、何処の高校か、何年生かまでを事細かに相手へ伝える。それを避けるためには夜の町に馴染める服装で遊ぶのが普通だ。
それに、バレないように仮面をしているというのも変な話だ。素顔がバレないように仮面をかぶるのは理解できる。けど、制服を着るならその仮面は意味をほとんどなさない。個人は特定できないが、何処の高校に通っているのかは分かってしまう。
こういう時は大抵なにか目的があるものだが、これをして達成できる目的って何だ?全く手段と目的が結びつかない。
少しずつ混乱してきた俺を余所に、校長はソーサーからカップを取り、一切の音をたてず、自分の口に運び、もう一度ソーサーに戻した。喉が潤ったお陰か先ほどと比べると質が戻った声で話し始めた。
「さて、これが今起きている現状、ゼロの説明です。これでようやく一を説明出来ます」
「ゼロが無視できないくらいには結構えげつない話でまだ現状がうまく理解できてないんですけど……」
「そんなこと私には知ったことじゃありません。これを理解しなければ一をどう説明しても理解できないから君に対してわざわざ一歩一歩説明しているのです。これで音を上げていたら課題をクリアするなんて夢のまた夢。頑張って理解してください」
「頑張りますよ……」
「では、一の説明を始めますよ?」
「どうぞ」
ざっくばらんに現状は理解した。細かいところまではまだ理解が追いついていないが、要するに最近末広町で訳の分からん奴らが徒党を組んでいて、目的がわからんということ。これがゼロ段階、これから始める話の土台。
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