第10話

 咄嗟に逃げ出したのはいい判断だったと思う。

 現在は廃ビルの3階には長い廊下、目立った損傷は窓以外に感じられないが、どこか薄汚れていて埃っぽい。

 階段の横にはこの建物の地図が書いてあるが、埃が溜まっておりよく見えない。

 白蛇は手でサッと埃を払い、地図を確認する。

 5から2階までの階層は長い廊下といくつかの広い部屋で構成されている様だった。

 階段の数は白蛇の降りてきた階段とその対角線上に1つ、他には外に非常階段があるらしい。


(さっきのあれを10……いや20体ほど用意すれば何とか勝てるかもしれませんね)


 取り敢えず身を隠そうと白蛇は移動を始めた。


 ◇


 音速を軽く超えた極超音速機にも匹敵する速さで、真紅刃が振われ、火花が散る。


「楽しいのぅ、楽しいのぅ」


 真っ赤な2本の角を生やして少女は日本刀を構える。


「アホの戦闘狂め、何が楽しいんじゃ! こんなん!」


 ヴォルペは逆手に持ったナイフに力を込める。

 鬼姫が石畳を脚力で破壊し、加速弾道ミサイル並みの速度でヴォルペに迫る。

 何とか反応しようと腕を動かすが、効果は虚しく3枚に下ろされ、煙へと変わる。

 

「これでも喰らわんかい!」


 鬼姫の背後に煙と共に出現したヴォルペは左手に直径50センチほどの銀色の魔法陣を輝かせ、からの右手は槍を投げる様に構えた。

 銀色の魔法陣が輝くと共に、右手にはどこからか無数の小さな金属のカケラが集まり、長さ1メートルほどの針が形成され、それを鬼姫に投げつけた。

 

「雑な魔法じゃのぅ」


 鼻で笑い、銃弾の様に迫る巨大な針を簡単に切り払う。


「かかったな!」


 ヴォルペは左を捻る。

 それと同じ様に魔法陣も周り、幾何学模様が変わる。

 切り払われ、飛ばされた針は空中で止まり、針を形成する金属が剥がれ無数のナイフに姿を変えた。

 ナイフは糸でつられた様に空中で静止し、矛先を危機に向ける。


「ほう」


 楽しさのこもった声でそう呟き、超音速で後ろに飛び退く。

 半円を描き、魚も群れの様に鬼姫を追尾する。

 ナイフと鬼姫の距離が少しづつ詰められていく。

 

「ほっ」


 地面を思い切り蹴り上げ輝く太陽を背負い、瞬時に上空30メートルまで飛翔する。

 ワンテンポ遅れて鬼姫を追尾する金属達も飛び立つ。

 ナイフが鬼姫に触れるほんの少し前に薄く赤い閃光が無数に煌めいた。

 ナイフは粉々に砕け、糸が切れたかの様に自然落下を始める。


「お代わりや!」

 

 関西訛りの怒鳴り声と共に飛んでくる、2本の巨大な針。


「人格魔法『黒炎』」


 鬼姫が呟くと、光すらも喰らい尽くす真っ黒な炎の渦が、紅刀身にまとわりつく。

 脚を振るい、速度をつけ迫りくる最初の一本の針を叩く。

 火花を散らし、弾かれた針は点火した黒い炎に飲み込まれ消える。


「弐本めぇえ!」


 剣を振るった反動で空中で回転し、黒い炎の隙間から赤い光が溢れた。

 迫る2本の針を撃墜するため、高速で赤い閃光が走った。

 空気破裂音。

(外したじゃと!?)

 目の前に迫っていたはずの針は、空中で自ら分解され無数のナイフに変わり、輝く白刃を向け鬼姫を取り囲む。


「カッカッカ! 面白いのぅ」


 瞬時にゲートを開き、『爆』の札を十数枚をぐしゃぐしゃに引っ掴んで取り出して投げつける。

 ニヤリと笑う、狂気の笑顔と共にナイフを巻き込んで爆発。

 地上で手のひらで太陽を隠しながら、爆発を眺める狐が呟く。


「あれで気絶でもしとってくれたらええんやけどなぁ……彼奴に限ってそれはないよなぁ」


 爆煙が強風に攫われ、上空に飛ばされる。

 煤で少し頬が汚れた鬼姫が、真下にいるヴォルペを睨んでいる。


「マジか! ばりやばいな」


 血の気が引く中、ヴォルペは鬼姫に向かって直線上に位置する空中に、8体の分身を展開する。

 鬼姫は空中でゲートから引っ張り出した『風』の札から発せられる風の推進力を空中で足場にし、重力に脚力をプラスして高速落下する。

 

「アホ! 間に合うんかこれ!? 少しでも時間を稼いでくれよ」


 ヴォルペは吐き捨てると両手を掲げ、大きな魔法陣を瞬時に作り出し、展開する。

 高速落下する、鬼姫を少しでも止めようと分身達は、攻撃を始めるが、その誰もがナイフを振るう前に切り裂かれ白い煙へと戻される。


「間に合った!」


 ヴォルペは0コンマ1秒にも満たない時間の中で魔法陣の展開に成功し、同時に厚さが30センチの金属板生成されヴォルペと鬼姫の間に壁となり遮る。


「無駄じゃ!」


 くるり、と一回転し脚を地面にいるヴォルペへと突き出す。

 それと同時に丸い円に無数の漢字が散りばめられ、中心には『重』の漢字が置かれた、変わった魔法陣を足元に展開する。

 高速の蹴りが、金属板に当たり重さと速さの合わさった膨大なエネルギーが流れ込む。

 ゴン、という重い金属音と共に金属の板がひしゃげ、下にいるヴォルペごと地面に叩きつける。


「やっと一撃じゃのぅ、全く嫌な能力じゃな」


 ひしゃげた金属板の上で鬼姫が呟く。


「アホ、本気で殺す気か」


 体を押さえながら、鬼姫の隣からヴォルペが歩いて近づいてくる。


「潰される寸前で『転身』を発動して即死は免れたわけじゃな」

「解説ありがとうな、ヴォルペくん嬉しいわぁ!」

「まぁ、冗談はさておき……何故妾を呼んだんじゃ? 経過観察じゃろ?」

「まぁ、色々あるんや、今聞くか?」

「貴様を嬲るのに飽きたら聞いてやろう」

「おー怖、喧嘩売る相手間違えたな」

「今更じゃろ」


 二人は互いに武器を構えた。


 ◇


 青空の下で少女はコンクリートの床を歩き、背に狙撃で使ったらいふるを背負う。

 

「追っても良いんだけどにゃぁ、どうしようかにゃ」


 ナイフを左の太ももの鞘にしまい、銃をしっかりと構えた。

 

 白蛇は足音を殺して真っ暗な廊下を歩く。

 ピタリとドアに背をつけ、ゆっくりとドアノブを捻る。

 音を立てずに、開いた。

 床はカーペット製、部屋の奥には人の背よりも低いガラスの貼られていない窓。その先からは大きな道を挟んで隣にはこの建物と同じ様な作りの建物が見える。

 内装は白い石で作られた楕円の机、それを囲う様にプラスチック製の椅子が並べられている。

 ほかには部屋の隅には乱雑に壊れた椅子や、モニターらしき機器が転がっていた。

 壊れた椅子を運んで山積みにすることで扉を塞ぐ。

 魔力を探知する限り、幸運なことに猫耳の少女は屋上からあまり動いていない。

 さらに探知範囲を広げると超高速で動く魔力反応がいくつか確認でき、おそらく鬼姫とヴォルペと呼ばれた狐が戦っているのだろう。

 鬼姫の性格からしてまだまだ戦いは長引きそうと判断して、助けが来る可能性を捨てる。

(どうにか、自分の力だけで勝たないといけませんね。)

 今回の作戦はシンプルで、即席バリケードで時間を稼ぎこの部屋で増やせるだけガイコツを増やし、数で少女を可能なら無力化、出来なさそうなら殺す、と言った作戦だ。

 両手に魔力を込め、襲われた時の感覚を頼りにガイコツを生成する。

 直後、膝を貫く熱い痛み。

 右足に入っていた力が一気に抜け、崩れ落ちた。


(どこから?)

 

 扉の方を振り返ってみるが、誰も居らず魔力探知にも反応しない。

 魔力の反応は屋上から動いていない。

 天井を見上げると、小さな穴。


 (屋上からここまで天井を貫いて売って来たのか!? 2階層分の壁と天井を貫くなんて。でもどうやって狙って来たんでしょう)


 天井から降ってくる銃弾の雨あられ。

 見えていないはずの白蛇を狙い確実に撃ち込んでくる。

 白蛇は耐えかねて、会議室を走り回りなんとか銃撃を回避しつつ次の一手を考える。

 軍人らしき少女の進行を止めるためのバリケードが、自分を会議室に閉じ込める為の壁になってしまった。


(バリケードがあだになりましたね)

 

 小さな後悔を結果論だとまとめて、天井を見上げて魔力を探る。

 魔力の流れから銃口の向きを探り、弾道を予測した。

 鬼の眼の力によって体感時間が何倍のも拡張され、少女の指の動きを魔力で探知。


(来る!)


 戦闘続行不可能になる銃弾だけを確実に叩き落とす。他の攻撃は気にしない、戦闘の続行さえ行えれば痛みは問題ない。

 次の一手を気にかけて無理をせず、長期戦に持ち込む白蛇のいつも通りのやり方で隙ができるのを待つ。


(いざとなれば鬼姫が来て僕を助けて来れますし、それまでの辛抱ですね。)


 無数の弾丸を弾き続け、防御不要と判断した弾丸によるかすり傷が、少しづつ白蛇の体に刻まれていく。

 刻まれる傷の数は再生して消える数より多く、体の傷は増えるばかりだった。

 自らの血を流す中、脳内で次の一手を考える。

 どうにか屋上の少女に一撃を喰らわせられる起死回生の一手を。

 希望となったのは先ほど作り出した一体の小さな骸骨。


(どうにかこれを屋上まで送れれば、あの攻撃が止まるはず……)

 

 この世界で使えるようになった力を使った作戦。


(どうか、届きますように)


 キラリと琥珀色の指輪を輝かせ、小さな骸骨を収納しゲートを閉じる。

 そのまま、腕を掲げてゲートを開く。

 視界の外に開かれたゲート、その先は白蛇の真上。

 上階である。

 骸骨越しに伝わる視界をもとに部屋を出て、少女を殺すべく屋上へ向かう。

 奇襲を仕掛ける為に足音を殺して近づくが、少女の耳は誤魔化せない。


(足音が1つ増えたにゃ!?)


 警戒しつつ、少女が銃口を階段に向けた。

 つまり、白蛇に向かってくる弾丸の雨が止んだということだ。


(これが最初で最後のチャンス! このチャンスを物にして見せましょう!)


 在らん限りの魔力を放出し最大速度で骸骨を生み出し、琥珀色の指輪を経由して少女の元へ送り込む。

 骸骨の生産と共に骸骨1体1体の意識に集中し操る。

 通常の骸骨1体の戦力は少女にとってはほとんどない、だが白蛇の持つ戦闘技術と増え続ける数によって押され始めている。

 

(不味い、このまま時間を稼がれると、取り返しがつかにゃいぐらい増殖される! それまでににゃんとかしにゃいと)


 大きな狙撃銃を背負う。

 階段の方へ溜まる骸骨を魔法銃を乱射することで散らして骸骨の攻撃を避け、階段まで全速力で走り抜ける。


(高位アンデット討伐の基本、本体を叩くにゃ)


 骸骨を倒しつつ音を頼りに、廊下を駆け抜け白蛇の居場所を探る。

 窓の付いていないシンプルなデザインの真っ黒な扉。


「ここだにゃ」


 くるりと高速で回転する後ろ回し蹴り。

 風を切り裂くその足が、金属の扉を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた扉はくの字に歪む。

 扉は大きな音を立てるが、バリケードは崩れず、ドアは開かない。

 少女は舌打ちをして銃を扉に向かって構えた。

 少女の腕は小さく小刻みに跳ね上がり、無数の閃光が白蛇を捕らえる。

 引き伸ばされた時間を利用して何発かは切り落とすが、全て落とすには根本的な速度が足りない。


「とはいえこのままだと後ろからさされるにゃぁ」


 そう呟くと、扉から離れる。

 魔力を探知し行動を探ると、どうやら少女は背中に壁を押し付け、大型のライフルを立ったまま構えているようだ。


(扉ごとバリケードを吹き飛ばすつもりですね、もしバリケードが破られれば形勢は不利。屋上にいる骸骨の数は10にも満たないので勝率は低いでしょうね……)


 しかし、白蛇の再生能力があれば爆発とともに突っ込んでライフルを構えた為に小回りの効かない少女に確実な一撃を加えることができる。

 

(ここが勝負の分かれ目でしょうね、気張っていきましょう)

 

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