第9話

 下顎から上の部分が無くなって膝から崩れ落ちたアンデットの体。


「にゃはは、一丁あがりだにゃぁ」


 警察の機動隊の様な紺色の沢山のポケットのついているベスト、足や腕の関節部分にはプロテクターが装備されており特殊部隊のような装備を着込んだ少女。

 特殊部隊とは正反対の存在であるはずの少女がそれを自然に着こなしている。

 短く青い髪、青い眼を持つ少女、ただ普通と大きく違うものが一つ、猫のような耳が頭から生えていた。

 そんな少女が手に持っているのは台形のバレルを持つ大型のハンドガン。

 銃口はブレることなく頭の無くなった白蛇の方を向いている。

 銃身の外に刻まれた術式が切れかかった蛍光灯のように点滅しており、先程発射されたものだと推測できた。


「次は——」


 片手で構えた銃口がゆらりと鬼姫の眉間の方を向いた。


「お前だにゃぁ」

「ほぉ、妾と殺りあおうというのかの?」


 鬼姫は日本刀に手をかけた。

 先に動いたのは猫耳の少女の指だった。

 コンマ数秒も立たないうちに少女に手のひらから放出された魔力が流れ込んで銃身の外を輝かせ、術式によって形成された魔力の弾丸が音速の数倍の速度で射出される。

 発射された弾丸は鬼姫の眉間に目掛け迫った。


「にゃに!」


 鬼姫の姿が少女の視界から消え、魔力で形成された弾丸が後ろにあったコンクリートの壁に穴を開けた。

 猫耳の少女は頭で考えるより先に野生のカンが左手を動かし、左腰に刺してある刃渡り15センチのナイフを逆手で掴んで引き抜いた。

 甲高い音と共に鬼姫の斬撃を猫耳の少女が受け止める、形で刹那の間二人の動きが止る。

 鬼姫と少女の顔は10センチも離れておらず、狂気の笑顔でこちらを見ている。

 少女じゃ右手に持ったハンドガンを狙いも付けずに連射。

 金属音に似た音が5回ほど聞こえたが、発射されたはずの輝く弾丸は銃口から飛び出た瞬間に飛び散った。


「この距離で弾かれた!? 魔導障壁が硬すぎるにゃ!」


 少女は後ろに跳びのいて鬼姫から距離を取り、ナイフを逆手に持った左手の上に、魔法銃を持つ右腕を乗せることで手ブレを抑制する。

 

「なるほどのぅ、そこそこは戦えるんじゃな」


 鬼姫は刀をしまい、くるりと少女に背中を向けて倒れた白蛇の方へ歩き出した。

 ——少女は動かない、標的が背を向けて戦闘態勢を解いた絶好のチャンスなのだが体が動けない、いや下手に動けば死ぬという確信があった。なぜかと問われれば理由はわからない。ただ死ぬということは確信している。


「おい! お主よ、いつまで寝とるんじゃそろそろ起きんか!」

「痛っ!? ちょっ、蹴らないでくださいよ!」


 先程頭の上半分を消しとばしたはずの男が何もなかったかのように起き上がっている。


(にゃるほど……頭がにゃくにゃっても死なないタイプのアンデットか……厄介にゃ相手だにゃぁ)


 レミは少ない情報で男の戦力を分析し始める。


「ドア開けた途端めっちゃ痛かったんですけど、何があったんですか?」


 白蛇はコンクリートの床に手をついて起き上がり、つつ鬼姫に尋ねる。


「そうじゃのぅ、あれがお主の敵じゃ」


 鬼姫は猫耳の少女の方を指さす。

 少女はそれに反応し、高速で照準を合わせた。


「あやつの方が強いが、お主なら……まぁ……死なんじゃろ」

「ええ!? 周りの魔力わかってますか? 鬼姫を除いてこんな魔力見たことないですよ! 僕齢17で死にたくないですよ! まだやりたいことだってありますし」

「安心せい、このの全てが魔力はあやつのもんじゃない」

 

 鬼姫は何もない空間に高速で抜刀し、斬りつけた。

 振り抜けるはずだった紅刃は空中で火花をあげて止まった。


「なんや、気づいとったんかいな」


 空間がゲームのバグのように歪み色が付いていく。

 現れたのは赤いアロハシャツを着ている二足歩行の狐だった。

 狐は右手にナイフを逆手持ちし、鬼姫の斬撃を止めている。


「久しぶりじゃのぅ、ヴォルペ!」


 眉間に皺を寄せ、ヴォルペと呼ばれた男のエメラルドグリーンの瞳を睨む。


「おおっこっわ、400年ぶりの再会やのに殺意マシマシやな」


 鬼姫はさらに一歩踏み込んで追撃を加えた。


「仕掛けてきたのは貴様じゃろう?」


 ヴォルペは肩口から斜めに切断された。


「あっ……ぐっ……」


 どうやら切られてしまったことで声が出ないのだろう、口をパクパクと動かしてなにかを訴えようとしている。


「妾は今怒っとるんじゃ、つまらん冗談はやめんか」


 すると斬られた筈のヴォルペの体が白い煙に変化して消える。


「なんや、つれんやっちゃなぁ」


 ぬるりと鬼姫の背後から現れた。

 振り返ると同時にヴォルペを斬りつける。

 斬られたヴォルペはボフと白い煙に変わって消えると同時に、鬼姫の数メートル先に煙を撒いて現れた。


「まぁ、ここで小競り合いしてもしゃあないやろ、向こうで本気でやろうや? そっちの方がおもろいやろ?」

「そんなに妾を遠くに連れて行きたいのかのぅ?」


 鬼姫がわざとらしく煽る。


「まぁ、良いその誘いに乗ってやるとするかの」


 ヴォルペはニヤリと笑い、バク宙で手すりを飛び越えてビルから飛び降りた。


「お主よ、そやつの相手は任せたぞ」

「わかりました」


 そう言って鬼姫はヴォルペの後を追い、飛び降りた。

 飛び降りたと同時にあたりに溢れていた魔力が釣られて無くなっていく。

 どうやら、白蛇の探知能力を警戒してヴォルペを中心に魔力を放っていたことが推測できた。

(それでもあの子の魔力も相当ですね)

 “子”と思ったのは高校生の白蛇よりも歳下に見えるからだろう。

 そんな幼げな少女に刀を向けている。


「さーて、じゃあ君を殺すとするかにゃぁ」


 可愛げな少女が白蛇にゆらりと銃口を向ける。

 白蛇はそれに合わせて二本の木刀を構え戦闘態勢を整えた。

 少女は可愛げに笑い引き金に指を乗せる。

 それを見た白蛇は最大限まで鬼の眼の力を引き出し、集中力を高める。

 直後少女の右手が跳ね、青い閃光が白蛇に迫っているのが見えたと同時に、右手に持った小太刀を動かし、閃光を弾く。

 そのまま白蛇は少女を斬りつけるため走る。

 少女は引くこともせず魔法銃を白蛇に向かって連射した。

 1秒間で5を超える金属音のようなものが響き、音の数と同じ閃光が射出される。


「たぁ!」


 小太刀を振るって多数の閃光を切り落とし、白蛇の木刀に届く距離まで近づいた。

 白蛇の左手の太刀を大上段に構え、少女の脳天に目掛けて振り下ろす。

 重力と白蛇の身体強化魔法で強化された肉体で加速された木刀は容易く少女の頭蓋骨を砕き死に誘うだろう。

 少女は半回転するような最小限の動きで横にそれ、その一撃を躱し、白蛇の側面に周る。

 こうも勢いのついた攻撃を止めることはできず、木刀をコンクリートの床に叩きつけた。

 コンクリートは割れ、その代償に白蛇の肩まで強い衝撃が走り、一瞬動きが止まる。

 

「シッ!」


 少女の息を吐く音と同時に左手に持ったナイフから繰り出される鋭い突き上げが、白蛇の顎を貫き、反対側のこめかみ辺りまでを貫く。


「エギィイ!」


 刺されたナイフによってうまく口を開けず、唸るような声が漏れた。

 顎からナイフを引き抜かれ、傷口を抑えようとした腕を掴まれた。

 直後白蛇の視界はひっくり返り、頭からコンクリートの床へと叩きつけられた。

 なんとか体を起こそうと目を開いた先にあったのは視界のほとんどを覆うほどまでに近づけられた銃口。

 白蛇がそれが何かを理解する前に激しい痛みとともに視界が消えた。

 音も光もない世界で感じるのは痛み、体の至るところに穴を開けられ焼けるような痛みが広がっていく。

 

「これだけやれば流石に死んだかにゃぁ」


 少女の視界には頭をなくし、身体中に十円玉ほどの穴を無数にあけられ倒れているアンデット。

 いくらアンデットでももう二度と動くことはできないだろう。

 少なくとも少女の仕事で殺した無数のアンデットの中で、ここまでの外傷を受け動き出したものはいない。


「強いのはあのチビだけにゃんだにゃぁ」


 少女は傷だらけの白蛇に背を向けて、置きっぱなしにしてあった大型ライフルの元へと歩き始める。

(ここで諦めちゃって良いんですかね)

 白蛇は強さに自信があった、もともといた日本では全国でも上位に食い込み、もし二刀流を使えれば全国優勝の可能性すらあった。

 今まで人生の中で絶対勝てないと言わしめる相手は鬼姫だけだと断言できる。

 そんな実力者ですら少女相手に手も足も出なかった。

 その強さに不思議な嬉しさを感じた。

 全力で戦っても勝てない相手に何とかして勝ちたい!

(相手の位置は魔力の流れで掴める! 体も動く! 木刀も落としてない)

 ズタボロの体で立ち上がり、バランスを崩しながらも少女を射程範囲に納めるために走り出す。

(やれる!)

 白蛇のドタバタという足音を聞きレミが振り返った。


「にゃに! まだ動けるのかにゃ!」


 レミが構えるよりも速く白蛇が動いた。

 身体強化魔法で強化された肉体から放たれる横薙ぎ。

 少女の脇腹に木刀が命中する。


「カフッ!」

 

 少女は数メートルほど横に転がる。

 吐き出された空気を何とか吸い直し、体勢を立て直す。

 白蛇はバランスが取れていないため、こちらに来るまでにもう少し時間がかかるだろう。

 頭がないことで白蛇のバランスが崩れていたためうまく体重が乗せられなかったことと、来ていたベストのお陰で決定打には出来なかったようだ。

 

「生命力が高すぎるにゃ、あの化け物のツレだけはあるにゃ」


 メキメキと再生しつつある白蛇を見ながら愚痴をこぼす。

 牽制として白蛇に向かって何発か銃で撃ってみるが、全て叩き落とされた。


「目が見えにゃくても魔力を感知してるのか、やにゃ相手だにゃぁ」


 白蛇はそのまま近づき木刀を何度も振るうが、少女はそれをひょいひょいと躱して白蛇の腹に膝蹴りをかます。

 衝撃を抑えきれず、何歩か後ろに下がり木刀を杖にして体勢を立て直す。


「ぃ……い……痛いですね」


 白蛇直ったばかりの口でそう呟くと、少女を睨む。

 

「再生させまくって魔力を空にして殺した方が速そうだにゃ」


 少女はぐっと両手に力を込め、トントンと小刻みに飛び、ぐっと体勢を低く落とし足に力を溜める。

 溜めた足の力を開放し、バネのように弾き出され、白蛇に高速接近。

 左手の弾丸の如き左手の突きを、白蛇は小太刀で弾く。

 これを皮切りに始まった一進一退の攻防戦。

 小太刀で少女の攻撃を弾きつつ、太刀で相手の動きを制限するように攻撃を打っていく。

 少女はその防御を崩すように、ナイフと魔法銃を巧みに使って白蛇を攻めたてる。

 経験も身体能力も少女の方が上であるため、白蛇の体には少しづつ傷が増えていく。

 だが、白蛇にはあまり大きな問題ではなかった、手や足を失わなければ攻撃し続けられるし、何より痛いだけで命に別状のない傷だからだろう。

(楽しい、自分の頭と体を限界まで酷使しギリギリの戦いをすることがこんなに楽しいなんて)

 白蛇の顔には爽やかな笑みが浮かんでいる。

(戦いの途中に笑うかにゃ……普通)

 その笑顔に苛立ちながら、攻撃のペースを速める。

 白蛇がその速度に対応しようとし、無理に体を動かす。

 無理は次の一手を遅らせ、積もった遅れが小さな隙を生む。

(もらったにゃ)

 

「シャァ!」

 

 少女の覇気のこもった声と共に繰り出された回し蹴りは、白蛇の顎を打ち砕いた。

 白蛇の体が中を舞う。

 少女は飛ぶ白蛇の体を追撃するため、魔法銃を連射しダメージを蓄積させる。

 鬼の眼で引き伸ばされた時間を利用し、空中で体勢をを立て直し、両足で着地する。


「やるにゃ、気に入ったにゃ」


 少女の蹴りによって骨が折れ、歪んだ白蛇の顎を無理やり左手で元の形に戻す。


「光栄ですね」


 身体中にあけられた穴から出た血が皮膚となり再生する。

 接近戦は不利と考え、右手に人差し指に嵌めた琥珀色の指輪を輝かせる。


「第二ラウンドですよ!」


 黒いゲートが現れ、先ほどのダガーを持った小さな骸骨8体が暗闇から這い出てくる。


「にゃるほど、ネクロマンサーだったかにゃ」

「卑怯ですが9体1ですね」

「実戦に卑怯者にゃにもにゃいよ。立ってた奴が偉い、それだけだにゃ」

「なるほど一理ありますね」


 白蛇はそういうと、少女に向かって走り出す。

 少女は即座に右手を動かして、引き金を引き2体に骸骨を魔力の塊に変化させる。

 3体目に狙いを定めた時、白蛇の片手平突きによって妨害される。

 平突きを後ろに飛ぶことで回避し、追撃の振り下ろしを逆手に持った左手のナイフで受け止め、切り払う。

(囲まれたにゃぁ、もうここで”アレ”を使っちゃうかにゃ)

 前足を支点にし180度回転し、真後ろの骸骨を蹴飛ばす。

 体重の軽い骸骨は、肋骨、背骨を砕かれ吹き飛ばされたことにより、背後にある落下防止の柵に激突し魔力へと変化する。

(3体、この強さなら、使わにゃくてもいいかにゃ)

 背後から迫る白蛇攻撃を足音を聞き、攻撃を躱しナイフを逆手から順手に持ちかえる。

 振り返り、横薙ぎで白蛇の腹を切り裂く。

(浅いにゃあ)

 そのまま踏み込んで突きを繰り出した。

 繰り出された突きは小太刀に弾かれ、軌道が逸れる。

 直後白蛇の足元を骸骨が滑り込んで少女に近づく。

 パッと赤い血が振り撒かれ骸骨の頭部を染めた。

 少女の内腿はダガーによって斬られた。

 追撃を喰らう前に、右手の銃を真下に向けて骸骨を殺し、そのまま銃口を上げつつ、白蛇の右足を射抜く。

 白蛇の視線一瞬それたその隙を狙い、もう一度突きを繰り出す。

 突きは深々と白蛇の胸部の刺さる。


「ニャァ!」


 痛みを無視し前足に体重をかけ、ナイフを振り抜く。

 胸から腰あたりまでバッサリと切られ、臓物がぼたぼたと崩れ落ちている。

 一時的に白蛇を無力化し、残りの骸骨を相手取るため、振り返る。

 ひょいひょいと攻撃を躱し、一体一体正確に眉間に四発の閃光を命中させ丁寧に殺す。


「さって——」


 全ての骸骨を倒し、白蛇のいた方へと視線を向ける。


「にゃるほど、逃げたにゃ」


 白蛇の垂れ流した大量の血や、臓物が下に降りる階段の方まで続いていた。

 

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