第8話

 白蛇はジリジリと下がり真っ白な犬達から距離を取る。

 3匹の犬は白蛇が離れた分だけ近づき、鋭い牙をチラつかせている。


(一対一ならどうにかなりそうなんですが……どうしましょうか)

 

 睨み合いに耐えかねたのか、犬が飛びかかった。

 鬼の眼で飛ぶ姿を捉えて、横に走り抜けることで最初の一匹を回避。

 しかし後に続く犬が白蛇を追ってさらに飛びかかった。

 追撃を右手を振るって小太刀で弾き、白蛇はまた距離を取る。

 三匹目が攻撃して来なかったのは恐らくこちらの奥の手を警戒して、何かあっても対処できるようにだろう。

 相手の警戒に救われた。


(小太刀だとほとんどダメージが入っていませんね。それに僕が他にできることが無いとわかれば一気に畳みかけられる可能性が高いですね。僕の再生よりも速いペースで攻撃を受けると最悪死ぬかも知れません、それだけは避けたいですね)


 白蛇は何か使えるものはないかと辺りを見てなるべく情報を集める。

 数メートル先の道の端には金属製の箱を緑に塗装し蓋をつけたゴミ捨て場。

 壁にはスプレーで落書きがしてあったり、よくわからないパイプが壁を伝って地面まで垂れている。

 他にあるものはゴミ捨て場の奥に緊急時に使われると思われる、錆びた手すり付きの非常用階段があるぐらいだ。


(どうすれば……鬼姫が助けに来るより先に僕が死ぬ可能性がありますね……自分の力でどうにかしないと)


 なんとか自分の頭をフルで回転させ勝利の可能性を探る。

 自分の頭に浮かんだ単純な案、時間があれば他の案も浮かんだかもしれないが今はそうしている時間はない。

 白蛇が動き出すと同時に犬も動き始める。

 白蛇は壁の方に向かって飛ぶ。

 飛んだ白蛇に噛みつきカウンターアタックを仕掛けるために、犬も飛び上がるのが見えた。

 最高点に達した時、思い切り壁を蹴りさらに白蛇の高度を上げる。

 高く舞い上がった白蛇は犬の頭上を通り越してゴミ捨て場の蓋に着地。

 噛みつきを空振りした犬は少し体勢を崩して石畳に着地し、すぐさまこちらに振り返り、大きな声で吠える。

 白蛇には振り返った犬の目に怒りが灯っている様に感じられた。

 だが、そんなことで怯えてはいられない、即座に全身に全力の身体強化魔法をかけて腕を振り下ろして姿勢を縮んだバネの様に低く落とし、すぐさま反動をつけ非常階段に向かって飛び上がった。

 最高点に達すると同時に錆びた非常階段の手すりに手をかけて捕まり、白蛇の鍛えられた筋力を使ってよじ登った。

 階段は非常用のためあまりお金をかけずに作られているためか、幅は狭く犬が二匹並ぶことは出来ないだろう。


「ガウッ!ガウガウッ!」


 2階程度の高さから下を除くと、金の筋の入った犬達がこちらを見上げて吠えているのが見えた。


「この狭さなら一対一で戦えますよ!」

 

 金属を走る様な足音とともに鳴き声はどんどん大きくなっているのが聞こえた。


「さあ! 僕が相手です!」


 自然と木刀には力が篭る。

 一列に並んだ犬が踊り場を曲がり、自分まで数メートルの所で止まり喉を鳴らしている。


(勝った!)


 単純な作戦があまりにも簡単にはまり、白蛇の表情が緩む。

 一対一ならたとえ再生能力が無くても勝利できるだろう。

 だが、その勝利の高揚は即座に打ち消された。

 鳴り響く金属製の楽器の様な音色、心地いいはずの音色は白蛇に苦しくのしかかり、表情を絶望に変える。

 光り輝く魔力の玉を胸に抱え、階段の外から白蛇の横まで浮かんでいる。

 無表情であるはずのその顔はどこか嘲笑っている様に見えた。


(まずい、やられる!)


 せっかく登ったはずの有利ポジションを捨てることを即座に決意し、手すりに手をかけ体重をかけた。

 身体強化魔法で体は驚くほど軽く、そのままゴミ捨て場に向かって飛ぶ。

 鬼の眼によって延長された感覚の中で背中に熱風に背中を押されて、白蛇は体勢を崩した。

 受け身に失敗し、バンッと言う音と共にゴミ捨て場の蓋がひしゃげる。

 自身にも身体強化魔法によって抑えられた僅かなダメージが走るのがわかった。

 瞬きにより一瞬世界が真っ暗になり、目を開けると太陽を背にして犬の顔が迫ってきている。

 即座に左手に力を込め、犬を撃墜しようとするが間に合わない。

 振り上げる前に犬の前足で左手を押さえつけられた。

 抵抗するまもなく、犬の口は開き歯を光らせ白蛇の喉笛に噛み付いた。

 逆流した冷たく鉄くさい液体が白蛇の口や鼻に入り込み呼吸を阻害する。

 

「カハッ」


 溜まった液体を口から吹き出すが、新たに生成された液体が瞬時に気道を埋め尽くす。

 短い時間の中で何度かそれを繰り返し、体を起こす。

 視界では犬は3匹に増えており、いつの間にか降りてきていたのだろう。

 あまりに大きな痛みを感じすぎたため、感覚が麻痺していたせいで視界にとらえるまで、自分の内臓が貪られ血肉と共に垂れ下がっているのに気づかなかった。

 痛みが薄れたせいで変な冷静さが一瞬生まれ、冷静になるほど痛みが身体中を支配する。

 痛みと共に力が抜ける、どうやら再生が間に合っていないらしい。

 

(助けて! だれか! 誰か助けて! 鬼姫!)


 声を発することもできず、恐怖が頭を覆っていく。

 また、あの嫌な音が聞こえた。

 金属音に似た不気味な音を発するそれはゆっくりと降りてきて、魔力を貯め始める。


(まずいまずいまずい! どうにか、どうにかしないと!)

 

 藁にもすがる思いで助けを求める。

 

(誰か、誰か、誰でもいいどうか助けて)


 ぐちゃぐちゃと自分の肉が食われる音の狭間で、カランと言う乾いた音が聞こえた。

 カラコロカラカラ、その音が何度も続いていく。

 自分の体が食われているのが何故か俯瞰で捉えられた。

 俯瞰で見える視点は、十を超え複数の監視カメラの映像を同時に見ているようだった。

 だが不思議と細部まで捉えられ、脳に負担がかかっている感じもしない。

 死に際に見える走馬灯に似たものだろうか。

 その視界達はいつも見ている視界よりも低く。

 視界の隅にはあまり手入れの行き届いていない短剣が見えた。

 一匹の犬がこちらに気づき、低い唸り声をあげて、ゴミ捨て場の蓋から飛び降りた。

 向かってくる白い犬を本能的に白く枝のように細い腕に持った短剣を使い何度も刺した。

 傷口からは魔力を帯びた光の粒子を垂れ流し、やがて何の変哲もない魔力へ変わり空気中に溶けて無くなった。

 いくつかの視界は犬に攻撃されたせいか途切れて見えなくなっている。

 異変に気づかず白蛇を食う一匹の犬を背後から滅多刺しにして同じように殺す。

 それを見て不味いと思ったのか、犬は”視界”からの距離をとり威嚇するように喉を鳴らした。

 クリオネは犬を盾にしてさらに距離をとり、光球を飛ばす。

 光球が触れる事で視界は一つ消えたが、気にせず犬に向かう。

 視界達の足はあまり早くないが、十分だった。

 犬は爪や牙を使って抵抗するが、多勢に無勢数の波に呑まれて無数の傷を作る。

 その間白蛇の体は何とか動けるぐらいに回復し視界の正体を掴むため体を起こす。

 自分の視界とリンクしているその物体は子供ほどの身長を持つ人型。

 全身を白く固い物体のみで構成された骸骨だった。

 白蛇は自分の腕を動かすように、骸骨を指揮しクリオネを地面に叩き落とし、強制的に魔力へ変える。

 骸骨は白蛇の方へ向き歩いて近づいてくる。

 表情のないその顔には不思議と敵意がないように感じられた。

 まだ傷に治りきっていない体を起こすとゴミ捨て場からおり、何とか自分の力で立ち上がる。

 骸骨が自分のそばまで寄ると、忠誠を誓うようにしてひざまづいた。


「これは?」 

「お主の使役するアンデットじゃよ」


 突如頭上から声が聞こえた。


「わ!?」


 カロンと言う下駄の音と共に鬼姫が舞い降りた。


「遅れてすまんの、というかお主……ぼろぼろじゃのぅ」

「ほんと、死ぬかと思ったんですけど! 死の寸前まで行ったんですけど! やばかったんですからね、ほんとにマジで!」

「まぁ生きとったんじゃろ? セーフじゃセーフ」

「アウトだよ!」


 鬼姫はゲートから半袖のカッターシャツを取り出して白蛇に渡す。


「取り敢えず着とけ、そのズタボロの制服より幾分かマシじゃろ?」


 犬にズタボロにされた服を脱いで鬼姫からカッターシャツを受け取り着替える。


「他の化け物達はどうしたんですか?」

「全部刻んでやったよ、原型も止めんぐらいにの」

「流石ですね、あの数と戦って無傷なんて」

「お主も努力次第でこれぐらいは可能じゃよ、というか妾の弟子なら将来これぐらいはやってもらわんとのぅ」


 カカカと鬼姫は笑う。


「この後、どうしましょう……このまま逃げちゃいますか? 僕的には逃げた方がいいと思うんですけど……」

「絶対逃げんぞ、この妾に喧嘩をふっかけてきたんじゃ、調子に乗っとる奴にはお灸を据えんとな」


 先程笑っていた鬼姫とは違い、怒りが満ち溢れているのがわかる。


「なんとなくそういうと思ってましたよ」

「あとはフィアに会うにはどのみちあの阿呆を避けて通れんからのぅ」

「あと、これどうしましょう?」


 白蛇は跪き動かない骸骨を指さす。


「あーこれのぅ」


 鬼姫は腕を伸ばしてゲートを開く。

 数秒間中を探り、腕をゲートから引き出した。

 引き出されたものは銀色のリングに琥珀色の小さな宝石がはめられた指輪で、銀色のフレームには白蛇の読めない小さな字が大量に彫ってあった。


「これは?」


 白蛇は鬼姫の指に摘んである琥珀色のキレイな宝石のはまった指輪を指を刺して尋ねる。

 

「なんと言えばいいんじゃろ……便利アイテムかのぅ? まぁ良いつけてみるんじゃ?」


 白蛇は言われるがまま指輪を受け取り、右手の人差し指にはめる。

 初めて見たはずのその指輪にはかつて失ってしまった体の一部を取り戻したような懐かしさが感じられた。


「嵌めましたよ、これどうすればいいんですか?」

「そうじゃのぅ……魔力とか流せばいいんじゃないかのぅ」

「知らないんですか!?」

「まぁ、使わんからのぅ」


 言われるがまま、武器強化魔法の要領で指輪に魔力を注ぐ。

 魔力を注いだ直後、高さ1メートルほどの楕円形の物体が宙に浮く。

 見た目は鬼姫のゲートに酷似しており、ゲートと違うところを上げるのならば、紫色の雷が流れていないところだろうか。


「これ、ゲートですか?」

「うむ、妾はゲートを使えるからの、お主にくれてやる。無くすなよ?」

「はい」


 白蛇は骸骨をゲートにしまい込み、鬼姫とビルに向かって歩き始めた。



 コンクリート打ちっぱなしの廃ビル周りのビルよりも頭ひとつ高く、高さは7階ほど。

 側面には複数、長方形の窓が並んでいる。

 窓には数えるほどしかガラスは嵌っておらず、人が長らく使っていない事がわかる。

 白蛇達のいる、入り口にはかつて何か扉のようなものがあったと思われる場所は、ぽっかりと穴が空いており中が見える。

 中は薄暗く、建物全体が死んでいるような感じがした。


「なんだか怖いですね」

「安心せい、妾がついとる」

「まぁ、そうですけど……」

「ほれ、はよう進め」


 鬼姫は後ろから白蛇を小突く。

 白蛇が前を進みその後ろを鬼姫がついてくると言う形で中を進んでいる。

 これは、もしトラップが置いてあっても余程のことがない限りは白蛇の再生能力で無効化出来るからだ。

 一歩ずつ歩く度に地面に散らばった小さなガラス片が割れパリパリと音を立てていた。


「どこを目指すんですか?」


 木刀を握って辺りを警戒しながら尋ねた。


「屋上じゃよ、あやつのことじゃきっと上で待っとる」

「詳しいんですね」

「まぁ、あやつとはもう長い付き合いじゃからのぅ」


 ビル内の奥まで歩き端にある扉の前に立った。

 黒く塗装された金属製の扉は白蛇のいた世界とほとんど違いは感じられない。

 非常階段に繋がるその錆びついた扉を白蛇は罠に警戒しながら押し開けた。

 扉の先は薄暗い階段だった。

 その階段はコンクリート製で塗料などで装飾されておらず、所々経年劣化によって欠けたりひびが入っていたりとあまり状態は良くない。

 

「罠はなさそうです」

「承知」


 蛍光灯のようなものが発する小さな魔法の光を浴びながら上へ上へとゆっくりと丁寧に古びたコンクリートの塔を登っていった。

 足を止めたのは7階に到達したところだった。

 階段はもう上には続いておらず、ここの先が屋上という事を示していた。


「この先にいるんですよね」

「魔力を探ればお主にもわかるじゃろ?」

「はい、大きな魔力反応を感じますね」

「最後にもう一度確認するが、お主がドアを開けろ、そしたら後ろから妾が斬り込む」

「了解です」


 白蛇はゆっくり深呼吸をして木刀を構え直す。

 身体強化魔法を発動して金属製の扉を蹴破った。

 対して分厚くない扉は、歪み宙を舞う。

 白蛇が踏み込んだところで視界は暗黒に染まり何も聞こえない静寂が訪れた。


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