第7話

 フィーレメント帝国の外れの街に彼女は生まれた。

 その街の治安は帝国内でも最悪で、街中に犯罪が溢れかえっていた。

 彼女が産まれた頃、南フィーレメント帝国は独立戦争の真っ只中で、両陣営たくさんの人間が死に絶えていた。

 その影響で彼女の父は名誉ある帝国軍として戦死し、母は病で亡くなってしまったらしい。

 母が死んだ後、彼女は教会に拾われて、育てられた。

 両親が亡くなったのは彼女があまりに小さな頃のことだったので両親の顔や名前すらも覚えていなかった。

 そこから彼女は教会で過ごすことになる。

 昔のことを今と比べて考えると幸せとは言い難かった。

 戦争の激化により、食糧生産者が戦場に行くことになったため、食料の全体数が低下し満足に物を食べられない日々が続いたからだ。

 彼女を引き取った教会も例外ではなく、少ない食料でなんとかその日その日を生き延びる、そんな生活だった。

 そんな生活を10年と少し続けたところで最初のターニングポイントが訪れた。

 自分より小さな子供が腹を空かせている様を見るのが嫌になって、自分がいなくなることで少しでも仲間の苦痛が和らげば良いな、と子供ながらに思い体が大人に近づいた頃に教会を抜け出したのだ。

 教会の人間も食糧事情が困窮していたため彼女を真剣には探そうとはしなかった。

 とはいえ、彼女は金を稼ぐための知識や技術を持ち合わせていなかったため、犯罪に手を染めることにした。

 他人から物を盗んで生計を立て、最低限の雨風が防げる自作の粗末な小屋に住んだ。

 数年そんな生活を続けていると、彼女に二度目の転機が訪れた。

 いつものように”仕事”を終えて、裏路地で休んでいたときに変わったものを見つけた。

 男の死体である、この街で死体を見ることはそう珍しいものではなかったが、その男は焦茶のスーツを着ている。

 この街でスーツを着れるほどの金を持っている人間は殆どおらず、この男が相対的にこの街で金を持っているという証明だった。

 彼女は男の死体を物色し始める。

 この街で金を持っている人間が殺されたにもかかわらず、死体が漁られていないのは幸運であると同時になぜ漁られていないのか、という疑問が生まれる。

 だがが彼女にとってそれは関係のないことだった。

 男のポケットにある財布から歯に詰められた銀歯まで、金目のものを全て手に入れるために死体を漁っていると黒く光る何かを見つけた。

 それはつや消し処理をされた黒色の金属の塊で、大きさは大人の手の平二つ分ほど、L字に曲がっている。

 凶悪な見た目のそれは、生物を殺すことだけに特化した形状で圧倒的な機能美を放っており、シンプルな形状だが何か惹きつけられるような邪悪なオーラも同時に放っている。

 彼女はその使い方を知っているため、恐る恐るそれを手にした。

 次の日から彼女の仕事は”盗み”から”殺し”に変わった。


 ◇


 打ちっぱなしのコンクリートで造られた廃ビル。

 その屋上に少女、という言葉がよく似合う亜人が黒い何かを抱くようにしてうつ伏せに寝そべっている。

 可愛らしい猫のような耳が少女の短い青髪から伸びており、時折りその耳が動くことから作り物の類じゃないことがわかる。

 腰のあたりからは髪の毛と同じ色のしっぽが2本生えており、うねうねと楽しそうに動いている。


「気温32.5湿度20% 視界は良好、絶好の狙撃日和だにゃぁ」


 彼女が抱いているのは外見相応のぬいぐるみではなく、ライフル。

 それも自分の身長とほとんど変わらないほど大型のものだ。

 その外見は対物ライフルによく似ている、しかし普通の対物ライフルとは違いマガジンパーツなど必須であるはずのパーツが見られなかった。

 そんな奇妙なライフルを当然のように構え、銃身の上にあるスコープを覗いている。


「奇襲にゃのにこんにゃに厳つい魔法銃にゃて、いるのかにゃぁ、どうせ魔力分散障張れるわけないのににゃぁ」


 少女は一度ため息を吐く。

 指に引き金を当てて肺の中にある空気を鋭く吐き出し目を見張る。

 何千回何万回と繰り返され洗練された動きで狙いを定め引き金を引いた。

 それと同時に金属同士を叩きつけたような、魔法銃特有の甲高い射撃音と共に紫色の閃光が走った。


 ◇

 

 右半身が軽くなり、バランスを崩してよろめく。

 白蛇の耳に届くドチャ、という濡れた雑巾を落としたような音と、鼻に届く鉄のような臭い、冷たく少し粘度のある液体がズボンの上から染み込んでくるのがわかる。

 感覚のなくなった右腕に恐る恐る視線を移す。

 右手があったはずの場所にはピンク色の筋が何本か垂れており、中心には白い石のようなものが見え、赤く冷たい液体がだらだらと溢れている。

 直後、白蛇は自分の行動を強く後悔する、突発的な恐怖で麻痺していたはずの痛みが走る。


「——ッッッ!!」


 感じたことのない痛みに、声にならない叫び声を開ける。

 

「ほぉ、派手にやられたのぅ」


 室内に飛ばされた白蛇を見てカカカと笑う。


「狙撃じゃの、それも魔法陣を使って無いところから推測するに、術式を刻んだ杖の類じゃろうな、それにしても精度が上がったもんじゃの技術の進歩は恐ろしいもんじゃな」


 呟きながら下駄の音を響かせて、ドアの外に出た。

 鬼姫は腰の刀にてを当て、親指で鍔をそっと押す。

 

「速さ比べでもしようかのぅ」


 二発目の閃光が迫り来るのを鬼姫の鬼の眼が捉えた。

 体勢を落とし右足に体重をかけ、石畳を踏みしめる。

 光が自分の触れるギリギリまで引き寄せ、鯉口から刃を滑らせる。

 高速で振るう刃が光に触れると周囲に拡散され、効力を失った。


「ほれ、守っとってやるからさっさと治せ」


 その言葉で恐怖と苦痛に支配されていた白蛇の精神に少しの冷静さが戻る。

 右腕はまだ、完全に回復はしておらず、真っ赤な筋肉があらわになっており、所々から白い骨が見えているが、なんとか原型がわかるほどに再生した。

 耳に飛び込む斬撃の音を聴きながら、千切れて地面に落ちた右腕から苦痛を堪えて小太刀を抜き取り片手で抱える。

 顔を正面へ引き上げると、何度目かな閃光が飛んできている。


「このままやっとればジリ貧じゃ、店に迷惑をかけるわけにもいかんし、一度路地に逃げるぞ」


 鬼姫が白蛇を閃光から守りながら、裏路地に転がり込んだ。


 ◇


 白蛇は疲れない体の筈だが、緊張と恐怖の糸が切れた瞬間精神的な疲労が全身に広がる。

 治ったばかりの右手を壁について大きなため息をついた。


「何が起こってるんですか?」


 手を壁についたまま顔を上げ鬼姫に尋ねる。


「おそらく昔の知り合いじゃよ、そいつが喧嘩を売ってきよった。調子に乗りおって、バラバラに切り刻んで魚の餌にでもしてやろうかのぅ」


 口調こそ変わっていないが、白い肌からは血管が浮き出ており起こっているのが目に見えてわかる。


「昔のヤクザみたいですね」

「昔、本当にバラバラにして海に沈めたことはあるがの」

「えぇ……あんまりそういうこと言わない方がいいんじゃ……」

「時効じゃ時効、昔の話じゃからな」

「いや、でもそれって……そういうことにしておきましょう」

 

 何か鬼姫からのリアクションがあると身構えていたが……何もない。

 鬼姫の方を見ると辺りを見回している。


「どうしたんですか?」

「伏兵じゃよ、お主も魔力を探ってみるんじゃ」

「伏兵ですか?」


 白蛇は神経を集中させ、辺りを探る。

 反応は数十ほどあり、魔道人形や魔物とは違う独特な魔力反応を示している。


「なんでしょうあれ? 魔力がフラットっていうんですかね……魔力の強弱のない生き物? ですかねあれ、魔導人形のように核がある訳でもなく魔物や鬼姫のようにある臓器から全身に供給されている感じもしません。生き物の形に固めた魔力という言葉が一番しっくりきますね……なんですか? あれ?」

「さぁ、よう分からん。少なくとも妾は見たことがないのぅ、術式と生物の中間じゃろうか、そんな感じの反応じゃな」


 白蛇は恐る恐る木刀にそれぞれの札を巻きつけると、いつも通りの構えを取り、武器強化魔法を発動する。


「魔力の形からして、犬と……天使? クリオネ? まぁ、なんせそんな感じの奴です」

「承知、魔力量からしてさほどの強敵じゃないとは思うが……気をつけることに越したことはない、油断が1番の敵じゃぞ?」

「はい」

「よろしい」


 鬼姫は刀に手をかけ、白蛇の前に出る。


「なるべく妾が殺すが、自分の身くらいは自分で守るんじゃよ」


 そう言って鬼姫はさらに前に進む。

 先程までは視界に入っていなかったはずの化け物達が、鬼姫を囲った。

 化け物の数はやはり数十、真っ白な体に金色の筋の入った大型犬と、天使の輪を頭上に浮かせふわふわと漂う大きなクリオネ。

 犬は喉を鳴らし、クリオネは楽器のように綺麗な高い音を鳴らして威嚇しているのがわかる。


「なぁに、本気は出さんよはようかかって来い」


 ニヤリと笑い刀を抜いた”よう”だった。

 白蛇の鬼の眼を持ってしても完全に捉える事はできず、手首がブレたかと思うと犬の首が中を舞っていた。

(速い!)

 断面から光の粒が吹き出して犬は倒れ動かなくなっている。


「やはり雑魚じゃな」


 複数の犬が同時に飛びかかる、それと同時にクリオネが動いた。

 クリオネは胸の辺りに魔力を凝縮する。

 圧縮された魔力反応は光り輝き高速で温度が上がっていく。

 1秒もかからず野球ボールほどまで肥大し、それを高速で飛ばす。

 最低限の動きで犬を躱しつつ、十以上の光球を刀で全て弾く。


「多少の連携は取れるんじゃな」


 鬼姫の後ろに回り込んだ3匹の犬の化け物は鬼姫を攻撃することなく白蛇の方を向いた。

 グルルと喉を鳴らして白蛇との距離を詰める。


(先に白蛇の方から仕留めようというわけか。妾に勝てないと判断するところは評価しようかのぅ、角なり身体強化魔法なりを使えば助けてやれるが……それでは修行にならんな)


「3匹ぐらいならお主でもなんとかなるじゃろ。これも修行の一環と思うて戦ってみるんじゃな」

「わかりました、なんとかやってみます」


 白蛇は木刀を強く握る。

 正面の1匹が飛びかかってくる、その間をすり抜ける。

 2匹の犬はその犬をカバーするように白蛇の横を通り抜け、飛びかかった犬が着地すると三角形の様な陣形を取る。


(さて、なんとかすると言いましたけど……どうしましょう人型のもの以外の戦い方なんか知りませんよ、とりあえずカウンター狙いでしょうか)


 「ガウッ!」


 中央の犬が吠えると同時に、助走をつけまた白蛇に向かってくる。

 鋭く尖った歯を見せるように口を大きく開く。

 大きく開いた口に右手の小太刀を横に挟むことで咥えさせ、左手を引き力を溜める。

 小太刀を押し、犬の勢いを殺して左手の溜めた力を解放する。

 札と武器強化魔法で真剣とほぼ同等の切れ味を手に入れた木刀が犬に触れる寸前、突きの軌道が歪んだ。

 刺す様な痛みとともに大きく右斜め下に引っ張られる。

 そのまま体は半回転し体勢を崩す。

 左手には犬が歯を深々と突き立てて噛み付いている。

 犬はそのまま顎に力を加えて、無理矢理白蛇の肉を引きちぎる。


「ひぎぃッ!」


 情けない叫び声とともに後ろに転がる。

 傷は皮膚や肉が裂けて、血がダラダラと溢れているがなんとか骨は見えていない。

 人間なら既に戦闘不能になっている傷だろう。

 その苦痛を受けながらも木刀を離さなかった。

 垂れた血が肉となり皮膚となる。


「さて、どうしましょうか」


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