第6話

 フィーレメント帝国を覆う壁の抜け道は今は使われていない旧地下下水道に続いていた。

 この地下下水道は使われなくなって500年以上経っており、所々に苔が生えており下水道というより少し整備された洞窟と言った感じだった。

 だが、光源は空気から魔力を取り入れると言う方式と、単純な術式により、長い時間がたった今でもある程度生きているらしく、明るいとはいえないが道を進むには十分な明るさを放っている。

 そんな下水道を鬼姫が先導し、その後ろを白蛇がついていくという形で進んでいた。

 二人は薄暗い下水道を5時間近くも歩いていた。


「長くないですかね?」

「仕方ないじゃろ、壁付近は田舎すぎるんじゃよ」

「そうなんですか」

「ああ、国の中央に行けばいくほど発展しておる」

「ちょっと楽しみになってきましたよ」


 二人はたわいもない会話をしながら、さらに歩みを進めた。        


「妾の記憶が正しければじゃが、ここから裏路地に出れたはずじゃ」


 急に鬼姫は歩を止めると、天井の石畳を指さす。


「あそこが開くんですか?」

「そうじゃ」


 鬼姫がゲートを開くとそこから所々錆びた金属製の梯子を取り出す。


「流石に500年近くも経つと防腐術式をかけとっても錆びるのぅ」

「500年も持てば十分すぎると思いますけどね」


 鬼姫ははしごをかけた。

 そのまま二人は数秒固まり、白蛇が動いた。


「すみません僕が先ですよね、和服ですもんね」

「……」


 ムスッとした表情のまま、鬼姫は白蛇に続いて梯子を登った。


 ◇

 

 マンホールを抜けた先は薄暗い裏路地だった。

 辺りの様子は石畳で整備され、最低限の街頭などが置かれたニュースなどで見る現代ヨーロッパのようだった。

 所々にステッカーやカラースプレーでの落書きがしてあり、元いた世界とのヨーロッパと差はあまり見られない様に思えた。


「なんだろ、異世界に来たというより海外の街に旅行しに来たみたいですね」

「文明レベルがほぼ同等で、魔法があるか無いかぐらいの差しかないからのぅ」

「その差が大きいんですけどねぇ」


 そんな事を言いながら、二人は裏道を抜けて大通りへと出た。

 大通りの左右には五階建てくらいの建物が並び、その後ろからはガラス張りの高層ビルがいくつか覗いていた。

 見上げていた視線を落とし、道の方へ目をやると市場などで使われるターレットトラックのような円筒形の動力部らしき物に、金属の板を繋げ車体を少し浮上させて移動する乗り物が走り、その脇には一段上がって歩道のようになっていた。


「なんですか? あれ」

「さぁ? 妾がおった頃には無かったのぅ」

「400年で街並みも変わったんですね」

「じゃな、少し楽しくなってきたのぅ」

「そういえば、この後どうするんですか?」


 白蛇は鬼姫に今後の方針を尋ねた。


「そうじゃのぅ、情報を集めるだけ集めて今日の夜……遅くても明日の朝には帝国を出ようかのぅ」


 意外にも帰ってきたのは鬼姫らしくない落ち着いたな答えだ。


「お尋ね者だからですか?」

「まぁ、それもあるが他国にバレるとこれからやる事がより面倒になるからの」

「これからやること、ですか?」

「”宝探し”じゃ」

「宝探し、ですか?」

「うむ、詳しくはまだ秘密じゃがな」


 鬼姫はそう言って一段上がった石畳で作られた歩道を歩き始める。

 人混みに埋もれる小さな鬼姫を見失わないように注意しながら、白蛇は後を追う。

 街を行く人々をよく見てみると人と動物を足して二で割ったようなものや、やけに背の低いもの、肌の色が青かったり、角が生えていたりと様々だった。


(やはりここは異世界なんですね)


 大通りを抜け、右に左に曲がり十数分ほど歩いた。

 大通りに比べ人通りがまばらになり、建物の高さもさっきの大通りに比べると小さくなったが、石畳が続いていたり街灯が置いてあったりと文明レベルは大通りから下がっておらず、フィーレメント帝国の国力を窺わせる。

 白蛇は辺りを見回しながら歩いていると、鬼姫が立ち止まった。

 そこは個人で経営されている店、少し大きめの家を改造して作られたその店は、赤レンガ調が目を引くレトロな店だった。

 鬼姫が木製の扉を押し開けると、金属同士がぶつかる高く、綺麗な音が響いた。

 その音を聞き、店の奥で初老の男が新聞を置く。

 初老の髪は真っ白に染まっており顎には綺麗の整えられた髭が蓄えられている。

 紳士的な印象を与えるその男性の耳は通常の人間とは違いピンと上向きにとんがっていた。

(変わった耳ですね、エルフというやつでしょうか)


「いらっしゃいませ」


 外見では何を売っているのか不明だったが中に入った瞬間にそれは判明した。

 白い凍てつく霧を放つ西洋剣や刀身に綺麗な模様を描いた刀、3本の木が互いに巻きつきあい先端に綺麗な宝石をはめ込んだ杖、刀身の赤い模様が次々と形を変えるダガーなど白蛇のいた世界では見たこともないような武器達が壁に飾られていた。

 白蛇が調べるまでもなく魔法の武器だと言うことがわかる。

 またいくつかおかれた棚には何やら得体の知れない液体の入った小瓶や見たこともない金属の塊などが並んでいる。

 この店は武器屋である。


「おやおや、懐かしい顔ですな」


 カウンターから優しいしわがれた声が聞こえてくる。


「久しぶりじゃのぅ」


 鬼姫は嬉しそうに笑いながらカウンターに近づいていく。


「400年ぶりくらいでしょうか、懐かしいですねぇもう死ぬまで会えないかと思いましたよ。それで、いつこちらに?」

「ほんの1週間前じゃよ」

「なるほど、そちらはご友人——にしては若いですね、お弟子さんですか?」


 紳士的な男が尋ねる。


「ようわかったのぅ、お主の観察眼はまだ衰えて居らんようじゃな」


 ほう、と鬼姫は感心した。


「まぁ、長いこと接客業をやっておりますからね」


 鬼姫はカウンターの奥に目をやった。

 カウンターの隅には金属製の杖が立てかけられていた。

 その杖は長さ1メートルと数十センチほど、細身で銀色の光沢を放っており先端には緑の宝石が4つの爪によって固定されていた。


「まだ、こいつは現役かの?」


 鬼姫は杖を指さして尋ねる。


「たまにですがね、どうももう歳でねぇ最近では月に一回ほどしか使っておりませんな」

「歳をとるのは悲しいもんじゃのぅ」

「永遠の時を生きられるあなたが正直羨ましいですよ」


 鬼姫と初老は楽しそうに笑った。


「そういえば今日はなにをお求めで?」

「札じゃよ、ここに来る途中で結構使ってしもうてのぅ」

「なるほど」


 初老の男は返事をすると机の下に潜り、いくつかの引き出しを開けて物を探し始める。


「いつも使っとる奴があると良いんじゃが……」


 鬼姫は不安そうに言う。

 カウンターの下から聞こえるガサゴソと言う音が止み、初老の男が顔をあげる。


「これですかな」


 初老の男が取り出したのは長方形のやや大きな白い箱。

 男は手慣れた手つきで箱の蓋を外し、中身を鬼姫に見せる。


「流石じゃ」

「これも仕事ですから」

「助かるのぅ」


 鬼姫はそう言うとゲートを開き、ゲートの中から銀貨数枚を取り出してカウンターに並べる。

 店主は珍しい骨董品を見たように驚く。


「ずいぶんと古いものをお持ちで」

「まだ使えるかの?」

「ええ、問題なく使えます」


 初老の男は銀貨を数えて確認する。


「ちょうどですね」

「そうか、次はいつ来れるか分からんが、それまで生きてておるんじゃぞ」

「出来るだけ早い来店をお待ちしていますよ」


 初老の男は優しく微笑み鬼姫は背を向けた。


「ああ、そういえばあなたの狐のご友人がここを訪ねておりましたよ、どうか帰り道にはお気をつけて」

 

(狐……鬼姫の友達には妖怪みたいに喋る狐が居るんでしょうか?)

 鬼姫はその言葉を聞いて緩んでいた表情を引き締める。


「どうしたんですか?」


 白蛇は不思議そうに尋ねた。


「嫌な奴に目をつけられたんじゃよ」


 再びゲートを開き刀と白蛇の木刀を取り出し、木刀を白蛇に投げて渡す。


「戦闘になるんですか?」

「おそらくの」


 鬼姫は辺りをじっくり警戒し始める。

 一通り警戒終えると、白蛇に目で辺りを警戒するように伝えカウンターに戻る。

 この辺りの地図はあるか、と言う文を言葉に出さず指を何度か曲げて伝える。

 声を出すよりも早く、もし近くに隠れているならこちらの動きを読まれないようにするための工夫だ。

 それを見た店主は小さく頷く。

 先程までの温和な表情がガラリと変わり真剣そのもの、戦士の顔つきだった。

 カウンターの奥にある棚から丸めた地図を取り出すと、慣れた手つきでカウンターに広げた。

 鬼姫は地図に瞬時に目を通す。

(この配置じゃと辺りに潜んどる可能はなさそうじゃの、あのバカの冗談なら良いんじゃが……本気じゃろうなぁ)

 鬼姫は息をスッと吐いた。


「お主、そこのドアを開けるんじゃ」

「わかりました」


 白蛇は慎重に歩いて扉に近づく。

 金属製のドアノブにゆっくりと右手をかけ、左手の木刀に力を込める。

 一度深く息を吸い込み思い切りドアを開け放った。

 直後白蛇の右肩から腕にかけて焼けるような痛みと、体が軽くなる不思議な感覚を感じた。


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