第23話 火刑遊戯

「ん?なんだ、あれは」

 そんなことを語り合っているうちに、伽藍では、“男黒山羊娘娘“像の隣にどこからか、これも何やら妙に嵩張かさばるものがふたつ運ばれてきた。

 ひとつめは、高さはそれほどないが、横に長い。やはり白布を被せられているが、棺桶かなにかのような箱状のもののようだ。

 “男黒山羊娘娘“像の足元に、その長いものが安置され、続いて運ばれてきたふたつめの荷物は、今度は特に白布などで覆われたりはしていなかった。

「…なぜ道観に護摩ごまだんが?」

 護摩壇は仏具であり、仏教儀式に使用する道具であるから、おかしいと言えばおかしいが、

「いやまあ、厳密には護摩壇とは微妙に異なるようだが」

 形状は、どこかの民家の床から囲炉裏いろりだけを引っこ抜いてきたような、灰を満たした正方形の箱。ただし囲炉裏としても護摩壇としても、どういうわけか、あまりにも大きい。普通の仏教儀式に使うものなら、大きくても机程度だが、これは遠目にも、人の寝る寝台くらいはあるように見える。

 ところどころ装飾金具が打ってあるところを見ると、何らかの儀式に使用するものではあるのだろう。道教にも火を使う儀式はいくつかあるはずだから、妙にサイズが大きい以外、特におかしなことはない。灰の中央にはたきぎぐらに組まれ、これから火を使うことは間違いなさそうではある。

 “男黒山羊娘娘“の見下ろす眼前の緋毛氈の上に、白布のかかった箱、巨大な護摩壇(?)の順に縦に並んだ。

 薪に火が点じられ、ほのおは、すぐに美しく燃え上がった。

(入ってきた時も思ったが、地下でこれだけ大規模に火を焚いていると言うのに、しばらく経ってもまわりの人間が煙の毒にあたるような様子がない)

 古代には、しばしば驚くほど技術力の高い文物ぶんぶつがあるとたまに聞くが、これもその一端であろうか。それにしても、一体どういう構造なのだろう。

 そうこうするうち、いつのまにやら、にわか楽師仕立ての坤道たちが楽師席につどっている。

 彼女たちが、なにやら、あまり聞き慣れぬ調子の旋律を奏ではじめ、またそれに合わせて、若坤道たちがそちこちで踊りはじめた。

「…これは、また随分と変わった趣向しゅこうだの」

 菱陽起が、薄く眉根を寄せる。

「このような様式の儀式は見たことも聞いたこともないな。創作儀式か?」

 さすがに名門道観の観長をつとめる老乾道とても、古今東西ここんとうざい全ての道教流派の内容にあまねく通じているわけではないという。が、それでも呪文や道具を少し見れば、どの系統の、どんな目的あって使うものかぐらいは大体わかる、らしい。

「しかしこれは全く心当たりがない。仮にも秘神像の開帳の儀を標榜ひょうぼうする以上、その道観の流派の典礼てんれいじつのっとらぬ余計な演出は入れるべきではない」

 と、菱陽起。

「その上、どうにも、ちとふう紊乱びんらんであるな」

「何です、これから年増坤道と寝所にしけ込もうというお方が、今更な」

「今宵はそんな暇はないわい」

 露出度の高い踊り子装束、それも、ことさらに肌が露出するような振り付けをされているようで、そんな格好の坤道が客と客の隙間すきまをすり抜けるようにして身をひるがえして踊っている。客の中には露骨に鼻の下をのばしている者も多い。

 菱陽起は、もともとあまり堅苦しい性分ではない模様、いやむしろおおいにしょよくの旺盛な人物のようだが、それでも乾堂として不真面目というわけではないらしい。いま目前で展開されている舞、というか儀式そのものに、いささか困惑している様子だった。

 そんなことを語り合っているあいだも、坤道たちの舞は続いている。



 

 

 

 

 

 はじめ堂内の各所に散らばり、めいめいに踊っていた坤道たちは、やがて踊りながら緋毛氈の中央通路に集まって来た。

 通路の端に、小道具が準備されている。踊りながらその前を通りつつ、坤道たちが次々に手に取っていくのは、長剣である。

(このあとは剣舞になるのか)

 と思っていたら、剣を手にした坤道たちはなにやら、ほのおさか護摩ごまだんの横を通り過ぎ、その隣の、白布を被った細長い箱の周りを取り囲んだ。

 坤道のひとりが、手にした剣をひるがえす。

「…‼︎」

 白布の端を剣先にひっかけ、器用に布を箱からがした。

 白布が大きく広がりながら宙に舞い、緋毛氈に落ちる。そのさまに、客席からおお、と声が上がるが、やがてその声が膨れて巨大などよめきになった。

「…これは」

 高価そうないた硝子ガラスを使った透明なひつぎ

 そのなかに納められていたのは、若く美しい男性の全裸の遺体だった。否、初見では本気で本物の遺体と思う者も多かろう。よくよく見れば、それが実に精巧せいこうにつくられた人形であることがわかる。

「か、閣下、まさかあれは」

「俺が作った模型人形だな」

 一切動揺しておらぬ涼しい顔色を見るに、どうも、あらかた知っていたか察していたらしい琅玕。

「あれは岐鋭錘殿下の方ですか、それとも、岐玉髄殿下の…」

「兄王子の方だな」

 遺体を入手、解剖ののち、俺が全身模型を作成したものだ、と琅玕。

「解剖模型造りに着手して、まだそれほど経たぬ頃の作品ゆえ、今にして見るとあらが目立つなあ」

 そんなことを言われても、ここからだとかなり距離があるから、実際どの程度の出来具合なのかなど、紫翠にはさっぱりわからない。もっとも、近寄って見たところで、くだんの兄弟王子を直接知らぬ紫翠には、やはり違いはわからぬのではなかろうか。

 豊かな金髪、整った顔立ち。よほど注意深い者が見れば、その顔がすぐそばで見下ろす大理石の“男黒山羊娘娘“と生き写しであることに気付くやも知れぬ。

 が、琅玕や菱陽起は別として、今この場にそこまで冷静になれる者がいるかどうか。

 そうこうするうち、信じられぬことが起こった。

 坤道が数人、曲に合わせて踊りながら近寄り、模型を覆う硝子の棺のふたを外す。その蓋を持った坤道たちが走り去ったかと思うと、今度は別の坤道が模型に近寄り、一体なにを思ったか、なんと模型の腹部に剣を突き刺した。

 さすがにこれは予想外の展開だったらしく、

「あ、あやつ、なにをする」

 琅玕が、常にない大声を出して身を乗り出した。

「落ち着け共どの、騒いではならぬ」

 菱陽起がひくい声でたしなめる。周囲がざわついているので、龕席の中で多少さわいだ程度でいちいち注目をあびたりはしないが、琅玕はいまにもとばりたおして走り出しかねない顔色をしている。

「閣下、閣下、どうかお平らに」

「わかっておるわ」

 いらいらと怒りのおさまらぬ様子で、薄帷をひきずりおろしそうな力で掴みながら、それでもだいぶ抑えた声で応える。日ごろ、沈着というか、どこか斜に構えた冷静さを崩したことのない琅玕(紫翠と初めて出会った時でさえ最低限の自制は保った)が、こうも激情をあらわにするのはかなりめずらしい。

 模型の腹に剣を刺した坤道が、剣を持つ腕を上にあげる。すると、模型の腹が音もなく持ち上がった。模型のはらの表面はふた状になっていたようで、坤道は器用にも、蓋の部分のみ剣で突き刺して持ち上げたのだ。

 色とりどりの臓器があらわれ、周囲からひときわ高い歓声(?)が上がる。

 腹蓋を剣で突き刺した坤道が身を翻す。音楽に合わせ、模型人形のそばを離れると、今度は護摩壇に近寄り焔のなかに剣先を突っ込んだ。

「!!!!」

 …紫翠が、琅玕から講釈を聞かされた記憶によれば、解剖模型人形は木材の芯の周囲にろうを固めて出来ている。当然ながら火には弱い。剣先に刺さった模型人形の腹蓋は、あっという間に焔に包まれ、燃え上がった。

「…愚かな」

 琅玕が、いまにも人でも殺しそうな目つきで、突っ立ったままぼそりとつぶやいた。

 ぎらぎらと怒りに燃えたその視線の先では、剣を構えた坤道たちが、次々におなじことをしていた。

 模型人形の腹のなかの、色とりどりの臓器はひとつひとつ、組み立て式の部品になっていて、それぞれ取り外せるようになっている。同様の解剖模型は別邸にいくつもあり、その工夫を琅玕は紫翠あいてに子供のように自慢していたものだが、いま、模型の周りで踊る坤道たちは次々に、剣の先で各臓器を突き刺しては腹のなかからひっこぬき、護摩壇の焔に投じる。

 肺臓、

 心臓、

 脾臓、

 肝臓、

 腎臓、

 胃の腑、

 腸、

 そして膀胱、精巣にいたるまで、ひとりひとつずつ、音楽に乗りつつ優雅な動作で刺しては焔に放り込んでいく。燃え尽きるまで剣を火中にかざしつづける者もいれば、器用に剣先を振って臓器を剣から外して火中に投じる者、なかには剣ごと焔に放り込む者までいる。

 そして坤道たちはついに、腹を空にした人形を取り囲み、全方向から同時に、人形本体を剣で突き刺した。

 タイミングを合わせ、ゆっくりと剣を上げていく。模型人形の体が剣に持ち上げられて宙に浮く。

 クライマックスが近いらしく、次第に盛り上がりを見せる楽の音。坤道たちは少しずつ場所を移動し、じりじりと護摩壇に近づく。

 やがて銅鑼どらが大きく鳴らされ、同時に、坤道たちが剣を振った。

 剣先から人形の体が外れ、弧を描いて焔中に落ちる。大きく上がる火の粉と煙、灰神楽はいかぐら

 

 

 

 

 

 

 ―――なんとうつしき祝祭典カーニバル

 

 

 

 

 

 

 伽藍にあふれる、割れるような歓声と拍手。

「…」

 ぶちっと、妙な音が傍らで響く。

 紫翠の隣で琅玕が、とばりの端のかざふさを握って引きちぎっていた。

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