きみに恋をした医薬師のお話 7
「さすがだな、ナイーダ」
授業が終わる頃、籠いっぱいにシャムスを詰めたナイーダを覗き込むように話しかけるとはっとしたように彼女はこちらに視線を向けた。
「ネ、ネフィー……、お、驚かすなよ」
「今日のナイーダはふわふわしてる。大丈夫か?」
「え? そうか?」
そうでもないけど、と不思議そうな顔をする彼女に自分でも気づいていないのかと思わず肩をすくめてしまう。
(ああ……)
「さっきのマター草のこと、例の彼から聞いたんだろ? ナイーダが好きだった……」
「えっ!」
珍しく顔をあげるなり頬を染めたナイーダにやっぱり、というように苦笑してしまう。
「バレバレだよ。懐かしい思い出話を思い出してたのか、もう頬染めて授業に身が入ってないんだからさ」
そして、少し声を落として付け加えると彼女は少し照れたようで困った顔をした。
真面目な彼女だけに、授業中に身が入っていないと言われたのが信じられなかったのだろう。
「本当に、物知りな人だったんだな。その人……一番薬歴の浅かったナイーダが、今では薬草について同学年ではほとんど右に出る者はいなくなるまでにした」
「うん」
悔しそうに呟いた俺の言葉に気付くこともなく、嬉しそうにナイーダは頷いた。
「何でもよく知ってた。怪我した時の対処法とか、疲れた時の披露回復法とか……何でも、たくさん教えてくれたんだ」
「でももう会えないんだろ? その人とは」
ドカッとその場に座り込み、ぶっきらぼうに続けた。面白くない。
「それなのに、頬を染めて……」
無意味じゃん、と嫌なことを口にする。
ナイーダはナイーダで突然不機嫌になった俺に首を傾げながら、授業用鞄の中から分厚いノートを取り出して、俺の前に腰掛けた。
その表情は傷ついているように見えた。
「あ、あの……ナイーダ……」
「帰るつもりだったんだ……」
「え?」
「立派な医薬師になってさ、帰ってあいつの役に立とうと思っていたんだ」
でも、と彼女は続けて、表情を曇らせる。
「できなかった。そんなに甘い世界ではなかったし、俺はあのころ描いていた姿にはまだ到底およばないから」
「バッカじゃないのか?」
完全に脱力した様子で言ってやると、今まで淡々と話し続けていたナイーダは言葉を失い、驚いた瞳をこちらに向ける。
「それで諦めたってわけ? そいつの所に戻るってこと」
俺の言葉を認めたくないのだろう。
彼女は悔しそうに顔をしかめるのがわかった。
「おまえの出身地にくらいなら試験を受けて志願書でも出しておけば行けるだろ? おまえももう十七だし、来年は国家試験も受けられるだろうし……」
そしたら、と続け、なぜ彼の元に戻ること反対派の自分が励ましているのか、そんな無純な気持ちに疑問を覚えながらも俺は続けていた。
きっと、これ以上ナイーダの悲しそうな顔を見てはいたくなかったからだ。
「そんな考えんなよ。王宮に行って働くってわけじゃあるまいし、気楽に行こうぜ」
できるだけ明るく努めて言ったつもりだったのに、硬直したナイーダの瞳は揺れていた。
「お、俺もいるからさ」
このタイミングだと思った。
この絶好のタイミングを逃してはいけない。
そう意識すればするほどうまくいかず、口から出た言葉はいつも以上に吐き出すようなものとなり、項垂れることとなる。
「は?」
「おまえには俺もいるんだ」
怪訝そうなナイーダの様子にもひるまない。俺は全身が心臓になったような気持ちを感じながら、言葉を紡ぐ。
「だから、もし無理でも、もう落ち込むなよ。その時はちゃんと俺が忘れさせてやるから……」
もうほとんどやけだった。
今度こそ、と、かなり真剣に言ったつもりだったのに、目の前できょとんとしていたナイーダは吹き出すように笑った。
「それ、おまえの決め台詞か?」
「なっ!!」
「おまえがなぜか女性にモテる理由がわかったよ。ずいぶん心にくるセリフだな。そうやって何人の人に言ってるんだよ」
ハハ、と笑い、間違いなく意味を理解してないであろう彼女に、言葉の主である俺は完全に頭を抱えたくなった。
全く伝わっていないなんて。
「そう、だな……」
そしてナイーダは真剣な瞳に戻る。
「お、俺、頑張ってみる」
「え?」
彼女の瞳が、再び強い光を宿していた。
まっすぐ前を見つめる姿は思わず目を奪われてしまう。
しかしながら、なぜかいつもナイーダだけには届かない自分の『決め台詞』とやらに、俺はどうしてもぐったりしてしまっていた。
「約束したんだ。頑張って一人前の医薬師にならないとな」
柔らかく頬を染めるナイーダに、オウ!と返答した俺は、もうヤケだった。
「凄くなったって、言ってもらえるように頑張る」
ナイーダがまた何か懐かしむように遠くを見つめ、今度こそ俺は溜息をつくしかなかった。
空は青かった。いつものように。
本当に、俺の入る隙間など、これっぽっちもないと言わんばかりに。
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