リリアーナの優雅な午後のお話 2/2

『もっと聞かせて。あなたとアルバートの恋の物語を』


 そう告げると、目に見えてナイーダは頬を赤らめたのだった。


 わたくしはその事実がとても嬉しくて、何度も何度もあの日のことを思い出しては、美味しいお茶をゆっくりとまた口に含む。


(おいしい♡)


 そういえば今日は『蜜りんご』のテイストなのだとメレディスが言っていたような気がする。


 別に用意されたメープルをふわっと垂らし、その甘い香りを存分に堪能する。


 甘い砂糖菓子はこのお話だけで十分よ。


 スプーンでまぜると、ゆっくりとまわりに溶け込むようにして円を描き、底へと沈んでいくメープルをじっと見つめる。


(少しずつ、少しずつでいいのよ)


 不器用でついつい一人になりたがる、大切な護衛のことを思い出していた。


(少しずつ、まわりに馴染んでいけばいい)


 自分は男性なのだと、いつも肩肘張って、その窮屈な環境にナイーダは動けなくなっていた。


 わたくしは、彼女らしさが見たかったのよ。


 もちろん、きっとアルバートだってそう。


 なかなか周りに溶け込むことはなくても、周りの人は彼女を認め、慕っていた。


 それは彼女がわたくしのせいで失踪したと騒がえたときに迅速な対応をしてくれた彼女の部下たちの様子を見ていたらよくわかる。


(それにしても……)


 ふっと笑いがもれる。


(ついに、見られたわね)


 ついにアルバートの余裕をなくした表情を見られたのだ。


「ふふ」


 それも一番最高の形で。


 そう。


 あれは倒れたナイーダが目覚めて間もなかったころ、久方ぶりにお逢いしたエリオス様に、ナイーダはきっと近いうちにここから出ていくだろう、と告げられていた。


 彼女はもう、素直に近衛隊には戻らないだろうと。


 だから、わたくしはアルバートに頼んで、ナイーダのお部屋に仕掛けをして、彼女が抜け出そうとしたら隣の部屋のわたくしにもわかるようにしてもらった。


 窓や戸を開くと、その振動でわたくしのお部屋の鈴の音が鳴るように。


 離れてしまうのはとても寂しかったけど、止める気はない。


 それが彼女の進みたい道なのであれば。


 わたくしは応援したい。


 だけど、最後の時くらい、こっそりとでも心のなかででもいい、お別れを言いたかったのだ。


 護衛にはあえていつもアルバートを指名していた。


 本当はきっと、終始ナイーダについていたかったでしょうけど、さすがに毎日訪れたらナイーダがまた沸騰寸前になると彼はしぶしぶ諦めて見守っているようだったので、わたくしが一肌脱ごうと思った。


 これは、賭けだった。


 ナイーダの調子がずいぶん良くなったと報告を受けたとき、そろそろだと悟ったわたくしは、アルバートに少し長めにお部屋にいてもらうようお願いしていた。


 外にはセト・ハリソンを含め、優秀な護衛のみなさんが立っていてくださるようだったから、ある程度の時間がきたら休んでもらう予定だったのだけど、この日ばかりはなんだかとても嫌な予感がした。


 これは勘よ。


 女の勘。


 そして、ナイーダのことをよく知ると自負しているわたくしだからなのかもしれない。


 今日、何かが起きる。


 そんな気がしていた。


 のだけど、思ったよりも早く自体は動いた。


 思ったよりも早かった。


 軽くアルバートと会話を交わしているとき、微かにわたくしのお部屋の窓際につけられた鈴がチリン、と音を立てた。


 本当に微かな音だった。


 だから、下手をしたら聞き損ねていたかもしれない。


 それでもわたくしたちの動きを制するのには抜群の効果を見せていた。


 アルバートは一瞬だけ、顔色を変えた。


 だけど、聞こえなかったふりをしたのか、また平然ともとの会話に戻そうとした。


「実はね、同じ施しをエリオス様のお部屋にもしているそうなのよね」


「え?」


 ぽつりと意識をしてもらしたその言葉に、アルバートが自然を上げる。


「一度、ナイーダとお話がしてみたかったそうなの」


 お礼を伝えたいのだと彼は言っていた。


 だけど、そのことはアルバートには伝えない。


「可愛いナイーダに、何用なのかしら」


 こんな遅くに心配だわ、と心の底奥底でエリオス様に謝罪をしながらもさり気なく口にすることを忘れない。


 すると、驚くほどにアルバートの表情が引き締まるのが目に見えてわかった。


 わたくしは、こっそりと頬が緩むのを感じた。


「さてと、わたくしはもう眠くなったわ。さがってもらえるかしら?」


「ひ、姫……」


 わたくしとナイーダなら、彼はどうしてもわたくしを選ばなくてはならない。


 それが王家に忠誠を誓った薔薇の騎士たちなのだから。


「わたくしは、わたくしの大切なナイーダをあんなにも傷つけたあなたのことはまだ許していないわよ」


 許してはやらない。


 そう簡単に許すものですか。


「はい」


 アルバートは素直に頷き、瞳を伏せる。


 わかっている。


 彼が一番つらいのだ。


 わたくしが一番よく知っている。


 だからこそ、口を開いた。


「行きなさい。そして、命令よ。ナイーダを笑顔に変えてちょうだい」


 それは、あなたにしかできないのだから。


「あ、ありがとうございます……」


 深々敬礼をし、そして彼は一目散に駆けていく。


 彼の大切なお姫様のところへ。


 お姫様が、ちゃんと光の下を歩けるように。


 そのあとは、もうドラマのような展開で、迎えに来てくださったエリオス様に連れて行ってもらって、二人の様子を少し離れたところから見せていただくことになったのだけど、わたくしが訪れたときにはすでに恋物語ラブストーリーは盛大に盛り上がった終盤だったようで、涙を流すナイーダに、ゆっくりとアルバートが口づけるところだった。


 ナイーダは驚いたようだったけど、そのままアルバートに身を任せ、瞳を閉じた。


 思わずきゃっ!と声を出してしまいたかったけど、エリオス様に口を塞がれ、我を取り戻したわたくしははっとしたのだけど、きっとアルバートには気づかれていたはずよね。


 あとで抜け出したことをまたチクチク怒られそうだけど、そればかりはお互い様でしかないから仕方ないわよ。


 しかしながら、舞台のような素敵な一幕をしっかり拝見することが叶ったことを、わたくしはとても嬉しく思っている。


 熱い抱擁のその続きは、見なかったことにいたしましょう。


 観客は、席を外す時間のようですから。


『君は結構逞しいんだね』


 と、エリオス様が楽しそうに笑ったのが印象的だった。


『ご存知ありませんでした?』


 もう少し知る努力をなさるべきね、と笑い返してやると、そのとおりだ、と彼も優しい瞳でわたくしに視線を向け、ゆっくりその口元をわたくしの額に当てた。


 ええ。


 ナイーダたちに比べるとずいぶんな子供扱いですこと。


 わたくしだって、ナイーダたちと同じような熱い大人の口づけを交わす覚悟はできているのよ。


 そう苦言したくなったものだけど、言わないでおく。


 だって、人生で初めて、もしかしたらこれは最初で最後かもしれないけど、エリオス様と夜のデートが叶ったのだから。


 これはまた、パジャマパーティーでご報告しなくてはいけないお話が増えたわ。


 ナイーダがいなくなってしまったイディアーノ城はこの上なく寂しく物足りないものだったけど、わたくしは久方ぶりに胸を弾ませて、『蜜りんご』の香り漂うお茶を一気に飲み干したのだった。






 


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