番外編(episode リリアーナ♡)

リリアーナの優雅な午後のお話 1/2

「それで」


 兄であり、友であり、そして護衛である近衛隊隊長アルバート・クリアスがすました顔でわたくしに視線を向ける。


 この男はたったの二歳しかかわらないのにいつの間にかすっかり年上オーラ全開でわたくしのことを子供扱いするようになった。


 もちろん、言われることは重々承知の上だったからわたくしも何事もない様子を心がけて、メレディスの入れてくれたお茶をすする。


(あら、今日はストロベリーの香りがする)


「今度の、例の会合の護衛はナイーダに任せると伺ったのですが」


 二人のときは砕けた物言いをする彼も、近衛隊隊長として入室してくるときはしっかりと礼儀をわきまえた上で話しかけてくる。


 まさに猫を被った紳士の顔だ。


 明るい金髪をさらりとなびかせ、意志の強い藍色の瞳はわたくしを映している。


(ああ、今日も絶好調ね)


 近衛隊の隊長というよりは、絵本に出てくる王子様の印象にも近い。


 エリオス様は見るからに完全なる儚げで美しい王子様像だけど、アルバートはアルバートでまた別の魅力を持っている。


「ええ。そのつもりよ」


 この甘いマスクはすぐに様々な人間を虜にする。


 『貴婦人キラー』や『女泣かせ』などと彼を妬んでいるのか、はたまた本当にそうなのか、彼についてのそういった声はあちらこちらで耳にすることがある。


 しかしながら幼い頃からの兄妹のようにして育ち、ずっと側にいたわたくしには彼のオーラは通用しない。


「ナイーダにはまだ言ってないのだけど、お願いしたいと思っているの」


 できるだけ余裕たっぷりに微笑んで見せる。


「大丈夫なのですか、それは……」


「もちろんよ」


 アルバートもアルバートで、言葉では心配してくれている様子でも、雰囲気は相変わらず余裕を含んでいてそこまで心配をしている様子はなさそうだ。


(ああ、面白くないわね)


 この余裕綽々な男にわたくしもあっと言わせることができたなら。


 それがわたくしの幼い頃からの密かな目標である。


「この際だからナイーダにも本音を訪ねてみようと思うの」


「と、言いますと……」


 もうすぐ親しい人間を招いて、こっそりパジャマパーティーとやらを行おうと目論んでいた。


 メンバーはナイーダと呼ばれるわたくしのもう一人の護衛であり、近衛隊副隊長の姉君とそのいとこで侍女を務めてくれているメレディス。


 ふたりともナイーダの親類であり、幼い頃からのわたくしの良き遊び相手になってくれたお姉様方だ。


 身分というものを理解するようになってからは関係性はずいぶん変わってしまったものだけど、ときたまこうしてわたくしのお願いを聞いてあの頃のように集まってもらうことがあり、日々の相談に乗ってもらったり、人生のあれやこれやをお姉様目線で教えてもらったりもしている。


 普通だった許されないことなのでしょうけど、わたくしは夫であるエリオス殿下に捨てられてしまった身。


 ということで、悲しきかなある程度のわがままは許されていた。


 とはいえ、エリオス様が場内から姿を消してしまったというお話は、もちろん城内でもある一部の人間にしか知られていない。


 王位後継者のひとりであった王子様が脱走しただなんて、大問題であるからだ。


 彼がたまに出没すると言われる先へ度々派遣されるアルバートは理解をしていても、ナイーダは知らされていない。


 だからわたくしは、エリオス様のお話をアルバートにすることはあっても、もう一人の護衛であるナイーダにはしたことがなかった。


「好きな異性のタイプであったり、好きなしぐさなど、聞けることがあればしっかり聞いておくわね」


 その話の延長線上でアルバートと近況を話し合ったり、恋のお話をすることはあっても、ナイーダとはまずない。


 ナイーダはとても真面目で、任務中に砕けたお話をすることをずいぶん嫌っているからだ。


 それはなんだか寂しいことだと思うから、わたくしはできるだけナイーダに話しかけるし、ナイーダとももっともっとたくさんお話したいと願っている。


「参考にしてくれたら嬉しいわ」


 とわたしは笑う。


「それに、アルバートはわたくしたちの中には入ってこれないでしょうから」


 今回のお忍びパーティー(とはいえ、わたくしのお部屋で行われる予定なのだけど)の護衛はいつも任せているアルバートではなく、ナイーダにお願いしたいと思っている。


 それには理由がある。


「それはそうでしょうね。幼い頃ならまだしも、俺がみなが寝静まった深夜にあなたの寝室に入るだなんてとんでもない。なにより、あとのお二方にどのような顔をされることやら、考えただけでも恐ろしいですよ」


 アルバートは苦笑して肩をすくめる。


「その点、ナイーダなら問題がないものね」


 そう。ナイーダは問題がない。


 とっても強くて美しく、そしてもかっこいい。そんなわたしのもう一人の友であり兄は女という性を持つ。


 いえ、男の子として育てられたものだから、ナイーダ自身は未だに自分は男性なのだと言い張っているから、わたくしは正直それはどちらでもいいと思っている。


 ただ、最近特に、いつも冷静沈着な隊長様が熱い視線で彼女のことを追っているのを知らないわけではない。


 だから、どうにかしてアルバートの余裕を崩してやろうといつもいつもわたくしなりにカマをかけてみる。


「まぁ、オベリア様もメレディスもナイーダが近くにいれば安心でしょうけど、どうでしょうね」


「なにか問題があって?」


「いえ、あの堅物は任務中にそんな砕けた話をするでしょうか?」


 確かに。


 確かにそうね。


 わたくしもそう思うわ。


『姫、今は任務の途中ですので』


 そう言われるのが目に見えている。


 わかっている。


 わかっているわ。


「任せてちょうだい!」


 そこでわたくしは、ストロベリーの香りでいっぱいになった紅茶を一口含み、口角をあげた。


「わたくしが聞き出してみせるから、覚悟なさい、アルバート。あとで教えてほしいなんて頭を下げても聞いてあげないんだから」


 そう言い切ると、彼は彼で不敵に微笑んで頭を下げた。


「ええ、良いご報告を楽しみにしています」


 ほらね。


 相変わらず動じることなく面白みのない男よね。


 ナイーダのことは好きなのだとわかっているのだけど、実際のところはどうなのかわからない。


 聞いても聞いてもはぐらかされている気がしてならない。


(わたくしはね、アルバート……)


 願いはたった一つ。


(あなたたち二人にはずっとわらってほしいのよ)


 たった一つだけなのだ。


 大切な二人が、幸せに過ごしてくれること。


 お荷物なわたくしのことを見捨てることなくずっと守ってきてくれた二人だもの。


(ああ、本当に困ったお兄様たちね)


 本当に。あの方たちは。


 いつまで経ってもわたくしの助けが必要なのだから。


 では、と背を向けて退出していくアルバートの背中を眺めながら、わたしはまたゆっくりストロベリーの香りを口に含む。


 ほんのりと甘い香りと酸味の入りまじったそれはとても口当りがよく、やっぱりわたくしの胸をきゅんとときめかせてくれたのだった。






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