第57話 ナイーダと恋の行方

「なぁ、セト……頼みがあるんだ」


「え……」


 隊長として指揮をとっていたアルバートが突然速度を緩め、自分の方に近づいてきたものだから、何事かとセトは少し驚いたが、それでも真剣な彼の瞳に息を呑み、次の言葉を待った。


「俺はあいつらが向かってる先が何となくわかるんだ」


 声を落としてささやいたアルバートに驚く。


「な、どういうことだ」


「言っただろ。あいつが無意味に行動することはないって。姫を連れて出たってことは、間違いなく目的地へ向かったということだ。俺はそこの検討がだいたいついている」


 でも、と言いかけて、アルバートは少し困惑した表情で後ろに続く近衛団に目を向けた。


「あまり大事にしたくない」


 言いづらそうにアルバートは続ける。


「すれ違うかもしれない。だから、ここからは人数を半分に分けようと思う。それでおまえにその半分の指揮を任せたいんだ」


「お、俺に……? てか、この先って、まさか……」


「ああ、そのまさかだ。だから一刻を争う」


 いつもセトが任されている地域だ。


 地理感もこれから向かう先の情報も彼ほどよく知る隊員はいないだろう。


「ナイーダはそのこと……」


 だからこそセトは顔色を失い、ぽつりと呟く。


「知らない。言えば意地でも試しにいくだろうからな」


 ナイーダにつかせたくない仕事だったのだ。だからずっとセトが任されていた。


 アルバートの静かな溜息に、その事実を知るだけにセトも口元を引きつらせながら同意するしかなかった。


「彼には先に文を飛ばせて知らせてある。だから万が一あいつらが彼の元に行けたのなら、それはそれで好都合だが、そうでなかった場合は……考えたくもない。俺は先に回ってあいつらが向かうだろう道をあとの半分と挟み撃ちする。だからおまえはこのままみんなをこの先へ誘導してくれ」


「か、彼って……」


 そこで、アルバートは溜息をついて、仕方なさそうに口を開いた。


 それにハッとしたし、一瞬驚きのあまり声を失ったように思えたセトだったが、それでもアルバートが言いたいことはしっかり理解したのか真剣な瞳で彼を見返し、頷いた。


「それとさ……」


 悪かったな、とアルバートは付け加えた。


「あいつのこと、黙ってて。おまえが悩んでたの、知ってたのに」


「なぁ、アルバート、わかってるか?」


「え……」


「あんまり泣かせてばかりいると、本気で逃げられるぞ。それにさ、これっていつだって俺らはライバルになれるってことだよな」


 ハハ、と笑うセトに、珍しくムスッとしたアルバートは顔をそむけ、それから先程まで話していた計画を後ろにいる隊員達に告げた。


 ただし、大切な部分だけをうまくごまかした状態で。


「譲らないよ。ここまで来たら、もう絶対に」


 隊員達の同意の合図に進路を変えた彼は無表情のまま独り言のようにそう呟いた。


「吹っ切れたみたいだな」


 ナイーダについて話すときの表情が変わった、とセトは思う。そして、


「さすがにもう限界なんだよ」


 俺ばっかり我慢して……と、不服そうな表情でいつもよりも本音をもらすアルバートに顔をクシャッとしながら笑った。


「だろうな。お疲れ様です、隊長!」


 完璧無敵の隊長もただの男なのだな、と思うとなんだか自然と頬が緩んだのだ。


「いいか、おまえら。相手がいくらあのナイーダであろうとも姫を連れた移動だ。そう遠くへは行くはずがない。今夜中に抑えるぞ!」


 セトは口角をあげた。


「ナイーダ、いや、隊長の想い人を取り返すぞ!」


「おおっ!」


「隊長を片想いから救うぞ!」


「いや、たまには失恋の辛さをわかればいいんだ!」


「あー、副隊長に会いてぇ!!」


 口々に漏れた言葉は、二人の様子をずっと側で見ていた者たちの言葉だった。


 そして、一同はそれぞれの目的地を目指してまた馬を走らせたのだった。

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