第42話 そして彼は禁断の花園で
「そこまでだ」
後ろから聞こえた声にピクリと反応し、アルバートは我に返る。
「お取り込み中に大変申し訳ないんだけど、意識のない女性に対して好き勝手するのはあまりに礼儀がなさすぎて好きじゃなくてね」
絶対にそんなことをかけらも思っていないだろうくせに楽しそうに自身の様子を伺っている次兄の存在を背中に感じ、アルバートはしぶしぶその身を大切な姫君から離し、すうっと息をすった。
悔しいけど言っていることは間違いない。
「いないと思ったらこんなところでお楽しみ中だったなんて、驚いたよ。おまえも立派な男だったんだな」
さっきの言葉は謝るよ、とラウディーは笑う。
「兄上、どうしてここに?」
「どうしてもなにも、ここは俺の憩いの場でもあったのに、先約がいるようだったから気になってね。見に来たわけだよ」
ああ、まさかおまえがいるなんてねぇ、と白々しくも驚く素振りを見せる兄に『憩いの場』という言葉がこの人ほど似合わない人もいないな、と心の中で思い、アルバートは二度とここへは来ないと誓った。
「兄上」
「ん?」
「助かった……」
感謝などしたくはなかったが、本心だった。
ナイーダに助けを求めたつもりだったがまさか最も軽率さこの上ない兄に助けられるとは思っても見なかった。
(それにしても……)
言い訳のできない事態に頭を抱えたくなる。
(なにをやってんだ、俺は……)
危なかった。
危なかったのだ。
完全に理性を失い、何をするかわからなかった。
自分でも自分の抑えがきかなくて、取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。
頬を染めてぐったりする大切な姫君に心から申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「おまえも若いんだ。羽目を外したくなることもあるさ」
人の気も知らないでラウディーの脳天気な言葉は続く。
「いやぁ、それにしてもやってくれたね。ただただいい子ちゃんなのかと思っていたけど父上の期待に答えるどころか、父上が用意した縁談相手とはまた違う人物とこんなところで逢引をしているなんて」
「……その言い方はやめてくれ」
「ああ、それどころではなかったね。濃厚な絡みを……」
「……返す言葉もないよ」
恥ずかしながら、すべてがうまく言葉にならなくて、自身の意志の弱さに絶望したくなってくる。
当初の予定とはずいぶん違っているが、下心がなかったわけでもなく、ないとは思いつつもあわよくばそうであればいいと内心願っていたのは否定のできない事実である。
「っておまえ、そのご令嬢……オベリアか?」
はっとしてナイーダを自身の体で隠したときにはすでに遅く、ラウディーの瞳は氷のような冷たさに変わる。
「なぜ……」
「いや、あの……これは……」
こんなに慌てて、まるで自分が兄の大切な人相手に不貞を働いたみたいではないか。
もちろん、悪いのは全て自分ではあるのだが、ラウディーに咎められる言われもない。
しかしながら、こればかりは事実を明らかにする訳にはいかなかった。
「あ、兄上……」
「いや、驚いたな……」
「え?」
顔を上げるといつもの余裕を取り戻した様子でラウディーは口元に手を当て、笑っていた。
「正装をすると、見違えるものだな」
何が、とは言わないし、アルバートも何が、とは問わない。
「よかったな、アルバート」
何が、とは問わない。
「それで、その子をどうするつもりだ? ずいぶん酔っているみたいだけど」
「ああ、こんな姿で送り届けるのは無理だと思う」
「そうだろうな」
誰がどんな反応をするだろうということは、深く言わずと兄には伝わったようだ。
「今日はうちに泊めるよ。帰りを待っているだろうオベリア様には遣いのものを送る」
「はは、おいおい正気か。面白いから俺は大賛成だけど、おまえ……」
「兄上……」
ナイーダを抱え直し、兄に向き直る。
「ん?」
本当はこんなことをこの人には頼みたくはなかったが、背に腹は代えられない。
「俺を全力で殴ってくれ」
それでもこの腑抜けた頭を正常に戻すには、この人に頼るしかなかった。
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