第22話 無敵の男
ナイーダがどれだけ見つめていても、眠り続けるアルバートは顔色も良くないし、相当疲れているのは目に見えてはっきりわかった。
(昨日だって遅くまで練習に付き合ってくれたしな……)
疲れているのは自分だけだとなぜ思ったのだろうか。
いつも自分のことしか考えていなかった自分自身に恥ずかしくなった。
そっと顔色の優れない彼の頬に手を添える。
彼の疲れを軽減させられないものだろうか。
何かがあれば……そう考え、はっとした。
「そうか! 薬草!」
セトが言っていた言葉を思い出した。
セトはナイーダの傷に効く薬草を持ってきてくれるといっていたが、ナイーダもたまに疲れが溜まった時になど、ばあやに何らかの薬草を煎じて作られた疲労回復効果があるというある飲み物を飲まされることがある。
決して美味しいと言えるものではなかったが、効果は抜群であることは間違いない。
思い立ったように立ち上がり、ナイーダは本棚の周辺を見渡した。
ここはちょうど書庫であり、十分な資料が揃っているではないか。
(あれらの作り方さえわかれば……)
ナイーダは薬草と書かれたラベルを捜し、必死に室内を駆け回った。
とはいっても、もともとそう頻繁に訪れる場所でもなく、不慣れな書庫内は迷路にしか思えず、薬草の書棚を捜す前に目の前にそびえる大量に本の詰まった本棚に圧倒され、ナイーダは絶望した。
ここまで無力だともうどうしようもない。
どうにかならないものかとまた考えを巡らせた挙げ句、今度は外にある木の実に目がいった。
「ああ!」
酸味のある果物なら、と立ち上がる。
ばあやがよく自分に振る舞っくれたことを思い出す。
(たしか、あんな色だったはず……)
これも疲労回復に役立つかもしれない。
今度はそう考えたのだ。
結論が出て、すぐに庭先へ飛び出した。
種類はわからないものの、手に取れば見たことはあるはずだ。
が、またしても木の枝にすら手の届かない自分の背丈に絶句することとなる。
「ああ、もうどうして俺はこう何もかもうまくいかないんだ!」
思わず叫んでしまいそうになった。
何か登るものをとあたりを見渡し、
「なに? とってほしいのか?」
後ろから聞こえた声にナイーダは飛び上がった。
「ア、アル……」
まだ中で寝ているのだとばかり思っていた人物がそこにいて、驚かされる。
「な、なんで、ここに……」
「なんだよ、人を化け物みたいに」
「寝てたんじゃ……」
「ああ、いつの間にか眠り込んでたみたいだな。もうすっかり元気になったよ」
アルバートはゆっくり伸びをする。
嘘だ……ナイーダは思った。
明るく努めて接してくるのはわかるが、疲労の色はまだ回復したようには見えない。
「はは、でもバレたのがおまえでよかったよ。他の人だったら仕事中に寝入ってたなんて知られたらぶっとばされそうだからな」
「アル、疲れてるように見えるぞ。無理しすぎなんじゃないのか」
何の協力さえできない無能な自分にナイーダは心を痛める。
「何か、俺にもできることがあったら……」
「大丈夫。俺がこんなことくらいでへこたれないのは知ってるだろ」
「でも……」
(顔色が……)
「なに? 誘惑してんの?」
無意識に頬に触れた手をゆっくり掴まれピクリと跳ねる。
「なっ!」
「嬉しいけど、あいにくまだ仕事中だ」
「俺だってそうだよ!」
それなら後で頼むよ、と楽しそうに口元を緩めた彼は先程よりは元気そうに見えて心なしかほっとした。
「それにしても残念。今日は色気のかけらもない格好だな」
「な、バカ。何言ってやがる! 黙ってろ」
ナイーダの気も知らないで、ハハ、と笑う彼は、すっかりいつもの彼に戻っていた。
「さ、俺は今から姫の護衛があるからもう行くけど、おまえ、この木の実が欲しいのか?」
軽々とナイーダの頭上にある木の枝に触れ、不思議そうな顔をしたアルバートにナイーダは恥ずかしさのあまり、別に、と不自然に視線をそらす。
「そうだな。これはやめた方がいい」
「え?」
「これ、食べられない種類の果実だと思う」
「な!」
「僅かだけど、毒性がある」
ひと目見ただけでなぜわかる?
唖然としてしまう。
(そんなことよりも……)
そんなものを自分は彼に食べさせようとしていたのか、とナイーダは今度こそ自分という存在に愛想をつかしたかった。
「気持ちだけで十分だ。ありがとな」
(え……)
ポンッとナイーダの頭に手を乗せ、そのままきびすを返し、歩き出したアルバートにナイーダは声を失い、今にも倒れ込んでしまいそうになった。
「お、起きてたなぁーーーーーーーっ!」
あの男は無敵の男なのか。
遠ざかる後ろ姿からはよくわからない。
追い越したいと願うその背中。
それでも彼にはいつまでも無敵でいてほしいと願ってしまう自分がいて、ナイーダは拳を握った。
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