44 真実①

 一月の終わりのある寒い日。先生の出張が入って部活が早く切りあがったので、僕はいつもより少しだけ早めの帰路についていた。


 信号待ちをしていると、目の隅に誰か蹲っているのが見えた。えっ、と思いそちらの方を向くと、ある女性が苦しそうに肩で息をしながらかばんを抱えている。


 僕は慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか!? 救急車呼びましょうか」


 そう言ってから気づいたが、僕は携帯電話を持っていなかった。誰か付近に連絡手段を持った人がいないか、咄嗟に辺りを見渡す。


「……いえ、大丈夫です」


 すると女性は僕の腕を掴み、ゆっくり息を整えながら言った。少し丸顔の、四十代くらいの女性だ。大丈夫と言っている割には、僕の腕を締め付けるように掴んでいる。僕が腕を見ていることに気づいたのか、女性はハッとしたように僕から手を離す。


「私、持病があって……でも、家に帰れば薬があるので……大丈夫です」


 そう言い女性は立ち上がったが、すぐにふらっと体が揺れてまた座り込んだ。僕は心配になり屈み込み、今度はちゃんと僕から手を差し伸べた。


「家どこですか? よければ肩でも貸しましょうか」


 女性はしばらく僕を見た後、少し躊躇したようにも見えたが「すみません……ありがとうございます」と青白くも柔らかい笑顔を見せた。子供の僕にも敬語を使ってくれる、品のある女性だと思った。


 ふらふらしつつも分かりやすい案内をしてくれた女性に従い、道を歩いていく。なかなかに鬱蒼とした森をかき分けていった。


 途中、ふーっと女性が息を吐き、胸に手を当てた。彼女の顔色は少し良くなった気がする。


「大丈夫ですか?」


「ええ。発作は治まったようなので。本当にありがとうございます。迷惑をかけてしまいすみません」


「僕は何も……。あ、でもまた発作が起きたら大変なので、ご自宅まではご一緒しますよ」


 僕が言うと、女性は申し訳なさそうに再び「すみません」と言った。僕たちはそのまま歩いていく。


 すると、目の前に広大な庭、広大な屋敷が現れた。大きな門を挟んで敷地が二つに分かれている。一方の敷地には屋敷と庭園、もう一方の敷地には巨大な装置みたいなものが置いてあった。


 僕はあまりにも立派な屋敷に目を見開いたが、「ここが私の家です」という女性の言葉で二重に驚いた。何かの施設のようだ。個人が住んでいる家にはとても見えない。


「えっ……とても立派なお屋敷ですね……。びっくりしました」


「ここ、実は可術地方と非術地方の境目なんです。私の家系は、代々、この境界を管理する役目を果たしているんです。仕事内容は複雑なので説明は省きますが」


 そういえば、そういう役割を果たしている場所があると聞いたことがある。術を使える者と使えないものがむやみに入り混じって世が混乱しないようにする大事で神聖な役所。それがここなのか、と僕は新鮮な気持ちで屋敷と庭を眺めた。


「あの装置は……?」


「ああ、あれは人々が境界線を越えるときに正式な許可を得ているか見定めるためのものです。手続きしてない人が通ろうとしたら、一発アウトなんです」


「なるほど」


 僕は女性の説明を聞きながら屋敷の方に歩いて行った。


 屋敷に着くと女性は「本当にありがとうございました」と律儀にお辞儀をした。頬に本来の張りが戻ったように見えてほっとする。


「いえ、僕は本当に何もしていないので。では、お大事に……」


「あの、良ければ中に入ってお茶でもいかがですか」


 僕が帰ろうとした時、不意に女性はそう言った。ギイと音を立てて門を開ける。


「こんな森の奥まで連れてきてしまいましたし、お疲れでしょう」


「そんな、いいです」


 僕は慌てて遠慮した。僕はただここまでついてきただけで、応急処置をしたとか、医者を呼んできたとか、そういうことを何もしていないのだ。そんなに感謝されることはしていない。しかし女性は「でも……」と食い下がる。


 すると屋敷の中から「奥様!」と、黒い服に白いエプロンを着けた人が飛び出してきた。飛び出してきた初老の女性は目を見張るような赤髪をしていて、僕は思わず見つめてしまった。


「ああ奥様、良かった……。お出かけするのに薬をお持ちにならなかったと知り、心配いたしました。連絡しようとしたのですが、奥様の携帯は家にあったようなので」


「ヒデミさん……」


 するとヒデミと呼ばれた女性が僕の方を向いて、驚き戸惑った顔をした。


「あら……。この子は? お嬢様のお友達ですか」


「発作にあった私を助けてくれたんです。家まで肩を貸してもらいました」


「発作にあわれたんですか!? だから薬は持っておくようにと旦那様にも言われていますでしょうに……」


 ヒデミさんは怒ったようにそう言った後、僕に向かって「奥様をお助けいただき、大変感謝しております」と深々お辞儀をした。


「いや、ですからそんなに感謝されることしてません……」


 こんなに人からお辞儀されるようなことが今までなかったので僕はドキドキしてしまった。そんな僕を置いて、隣で話が進んでいく。


「ヒデミさん、この子にお茶でも」


「そうですね、どうぞこちらにおいでください。奥様も、早く入ってお薬をお飲みになって。今日は旦那様、研究のお仕事お休みで家にいらっしゃるんですよ。薬を飲んでいないなんて話聞いたら心配されるでしょうから、さあ早く」


 ヒデミさんはそう言うと、屋敷のほうに向かって「ヒロミ!」と言い右手を伸ばした。そんなので聞こえるのかなと思ったが、しばらくするとまた赤髪の女性がやってきた。髪を後ろで括っている。服装はヒデミさんと同じだった。二十代後半くらいに見える。


「何? お母様」


「この子にお茶でも出してやって。私は奥様にお薬を飲ませたあとでお礼の品を持ってくるからその間よろしく」


「はーい」


 僕が遠慮したにも関わらずサクサク事が進んでいくのを感じ、強引だなあとは思いつつも優しい方たちなんだな、と思った。


 お互いに自己紹介をした。楓山広美と名乗った女性は、僕を広い客室に招いて椅子に座るよう言った。落ち着いた雰囲気だが高級そうな部屋だった。簡単なキッチンも付随している。僕は思わず縮こまってしまった。


「紅茶って飲めます?」


「あ、はい、飲めます。わざわざすみません……」


 広美さんの質問に僕はドキドキしながら答えた。何だか緊張してしまう。


「ごめんなさいね、なかなか強引に。でも本当に感謝してるんですよ。みんなお礼をしたくて堪らないんです。前に奥様、今回と同じように薬を忘れてお出かけになり、発作で倒れて運ばれたことがありますから……。あ、時間とか大丈夫ですか?」


 広美さんは柔らかい口調でそう言った。僕は「時間は全然大丈夫です。わざわざすみません」と再び言い、礼をした。同じ言葉をすぐに繰り返してしまうとか、語彙力がないことが露呈しており、少し赤面する。


「どうぞ」


 紅茶と角砂糖が差し出された。角砂糖を紅茶の中に入れ、混ぜようとソーサーの上に置いてあるスプーンを手にしたとき、鼻に優しい香りが入ってきた。


「わ、良い香りですね。桜の香りですか?」


「よく分かりましたね。そうですよ、桜の葉がブレンドされているんです。お嬢様の名前がサクラなので、何となく気になって買ってみたらおいしくて」


 サクラと言われ、僕は真っ先に浅西桜の顔が思い浮かんだ。まあサクラという名前の人はいっぱいいるよな、と思った瞬間、向こうの棚に飾られていた写真の中の人と目が合い、手からスプーンが滑り落ちた。床に転がる。


「だ、大丈夫ですか?」と広美さんがスプーンのもとに屈み込む。


「す、すみません……。あ、自分で拾いますので!」


 慌てて僕は言ったが、すでに広美さんはスプーンを拾い上げていて、颯爽とした身のこなしで新しいスプーンを食器棚から取り出していた。申し訳なくて僕は身を竦める。


「ありがとうございます……」


「お疲れなのですか?」


 広美さんは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。僕は顔の前で手を振る。


「ち、違います! えっと……びっくりしただけで」


「びっくり?」


「あの写真を見て……。桜……僕のクラスメイトなんです。浅西桜さん……ですよね」


 広美さんは、僕が手の平を向けた先にある写真と僕の顔とを交互に見た。写真の中の桜は、さっき僕が介抱した女の人と、父親らしき男の人に挟まれて、とびきりの笑顔を見せている。桜は父親似のようだ。きっとあたたかい家庭なんだろうなと感じ、羨ましく思った。そういえば、桜から代々受け継いでいる仕事があるとは聞いていたが、この境界の管理のことだったんだ。


 すると広美さんは急に、パズルのピースが綺麗にはまったかのように、すっきりした顔で「ああ!」と声を弾ませた。


「梶世登様……って、あのノボル様!」


「え?」


「名前だけはお嬢様から伺っていたんです! 仲良くしていただいているようで、ありがとうございます」


「いえ、お礼なんて僕の方が言わなきゃいけないことで……」


 僕は言ったが、広美さんは全く聞いていないようにその場で軽快なステップを踏んでいる。明らかに楽しそうな、わくわくしたような表情をしていた。


「そうだ」と彼女はパンと手を打った。


「せっかくですので、我が家を案内いたしましょうか? 時間があるのでしたら、お嬢様が帰ってこられるまで待たれてはいかがでしょう」


「ええっ」


 彼女の唐突な提案に僕は身を引いた。一瞬本気で考えてしまったが、慌ててその気持ちを封じる。


「いや……さすがに気味悪がられてしまいますよ。知らないうちにクラスメイトが家に上がり込んでいて、帰ってきたらその人がいる、なんて」


 そう言って断る。変なことをして嫌われたくはない。そりゃあ桜の家だし興味ないわけはないけど、と心の中で呟いた。


「えーそうですか? 絶対お嬢様喜ぶと思うんですけど……本当にいいんですか」


 広美さんが僕を見つめたままこちらに近づいてくる。そう尋ねられると何とも言えなくなり、僕は苦笑いをした。


 そういえばまだ紅茶をいただいていない。僕は手を合わせて「いただきます」と言うとカップに口をつけた。


「おいしい……」


 優しい香りと味が、口と鼻を通り抜けていく。桜の葉がブレンドされている紅茶なんて初めて飲んだが、とても美味だった。胸の奥がじんわりして、あたたかい。そのあたたかさは、この家の雰囲気ともリンクしていた。いいな、羨ましいな、と思った。


 不意にガッという何かにぶつかったような音がした。同時に広美さんの「わっ」と声もする。広美さんが棚に肩をぶつけてしまったようだ。反動で、棚の中に置いてあった置物がぐらりと揺れ、地面に向かって落下していく。


 まずい、と慌てて手を差し伸べたが、悠長に紅茶を飲んでいた僕では間に合いそうになかった。しかしその瞬間、その置物は空中でピタリと静止すると、広美さんの手の中にするすると入っていった。完全に重力を無視していた。


「え? あれ?」


 目をゴシゴシと擦る。見間違いではなさそうだ。すると広美さんはふふっとおかしそうに笑った。置物を持ったまま、口元に手を当てる。


「びっくりさせてごめんなさい。術を使ったんですよ」


「術?」


「ええ。私は可術地方出身の人間ですので。……怖いですか? でしたら去りますが」


 言われ、僕は慌てて首を振った。


「いや、全然怖くなんてないです。術を初めて見たので驚いてしまって……」


「そうですか? 怖がらないでいてくれるのなら良かったです」


「怖いわけないですよ。……その置物、素敵ですね。紅葉もみじの置物、ですか?」


 さっき落としそうになっていた置物を指差す。広美さんが手に持っているその置物は、手の平を広げたような形の葉っぱをかたどっていたのだ。だから僕はそうやって尋ねた。


 すると広美さんはにこやかな笑顔で「楓です」と置物を顔の前まで持ち上げた。


「え?」


「これは紅葉ではなく楓で、代々楓山家に伝わる守り神みたいなものなんですよ。それぞれの家庭の第一子の左目から魂の五パーセントを引き抜いて中に捕らえる、という言い伝えもある変な物なんですけど。……守り神を落としそうになるなって話ですよね」


 彼女は今度は大きな口を開けて笑った。彼女のしゃべり方がどんどんフランクになっている気がする。心の距離を近づけてくれている気がして嬉しい。


「楓山家は浅西家の付き人一家なんですよ。私たち、家政婦みたいな感じで住み込みで働かせてもらっていて」


 一度話すと止まらない人なのか、彼女は絶え間なく口を動かし続ける。彼女のしゃべりが上手いせいか、僕は聞き入ってしまった。


「へえ、そうなんですね。さっきのヒデミさんという方はお母様なんですか?」


「そうです、そうです。秀でた美しいで秀美。父のコウイチも付き人だったんですが、数年前に亡くなって、今は親子二人で浅西家を支えているんです」


 きっと元来おしゃべりが好きな人なんだろう。ずっとにこやかな笑顔で、身振り手振りも交えながら語っていく。会話が楽しい。普段桜ともこういう感じで会話しているのかなと思うと、微笑ましくなった。僕は紅茶を一口飲むと、彼女の持っている置物を見た。


「その置物、楓山家の守り神だから紅葉じゃなくて楓なんですね」


「そうです。というか登様は、楓と紅葉の違いをご存知ですか?」


「え? いや、全然……。若干種類が違うのかな、とか思っていました」


 僕がソーサーに静かにカップを置くと、広美さんはぐいと顔を寄せてきた。


「結局のところ、紅葉も楓の一種なんですよ」


「え?」


「私も詳しくは忘れましたが、紅葉もカエデ科カエデ属なんです。カエデの中で、葉っぱの切れ込みの深い方が世で言う紅葉で、切れ込みが浅いのがが世で言う楓……そんなんだったはずです」


「へえー……」


「だから、紅葉か楓が分からない木には、楓と呼ぶのをお勧めしますよ。私の苗字、楓山の楓ですしね」


 広美さんはそう言って背中の後ろで手を組んで微笑んだ。体の揺れに伴って白いエプロンのレースも揺れる。


「そうだ、この家の庭にある楓の木、見ますか? すごく大きくて立派なんですよ」


 広美さんが笑顔のまま窓の外を指差す。そこには広い庭が見えたが、そこに植わっている木々は、一部の常緑樹を除いてすべて葉を落としていた。


 ぼんやり窓の外を眺めていると、広美さんが悪戯っ子のような眼差しで僕を見た。


「今は冬だから楓なんて見てもつまらないだろ、って思いました?」


 一瞬ドキリとした。つまらないだろうとまでは思わなかったが、葉が落ちているからどの木がどれだかきっと分からないだろうな、とは感じていた。「ええっと」と濁していると、広美さんは得意げに自分の胸を叩いた。


「私は術使いですよ? 少しの間なら、木の状態を変えることだってできるんです。つまり、真っ赤で美しい楓をお見せできますよ」


「えっ、そんなことできるんですか?」


「ええ。こちらに来てください」


 広美さんに言われるがまま、僕は彼女に着いていった。客室のバルコニーからそのまま庭に行けるそうで、広美さんはいつの間にか玄関で脱いだはずの僕の靴を運んできてくれていた。楓の木は玄関とは反対側の方に植えてあるらしく、そこに向かって僕たちはどんどん歩いていく。


 しばらく芝生を踏み分けて、『カエデ』とプレートが掛かった木の前まで辿り着いた。茶色く乾いた葉が数枚だけついている、疎な印象の木だ。


 突然、広美さんが「え?」と言い、遠くになった屋敷を振り向く。顔つきが変わっていた。強張ったような、少し恐い顔だ。何事かと僕もつられて屋敷を見たが、特に変わった様子はなかった。首を捻る。


「広美さん……? どうしたんですか」


「いや……今、母の声が聞こえた気がして」


 彼女は大きな屋敷を見ながら、しきりに耳たぶをつねっている。秀美さんの声? 僕には全く聞こえなかった。しかしおそらく術による交信とかがあるのだろう。


 広美さんは眉を八の字にしながら顔の前で手を合わせた。


「ごめんなさい、お連れしたのは私なのに……少しだけ、屋敷の中に戻ってもいいですか。急用だったらまずいので」


「どうぞどうぞ。もちろん、僕のことは気にせずに」


「あの、よかったら庭の中を見学して待っていてください。なるべくすぐに戻ってきますので!」


 彼女は言うや否や、目にもとまらぬ速さで屋敷の方へと向かっていった。一人残った僕は、隣に凛と立っている楓の木を見つめた後、キョロキョロする。今日は特に急いでやらなきゃいけない宿題とかもないし、両親も仕事で家に帰ってこないだろうから、待っているのは全然構わないのだ。ただ、いつ桜が帰ってくるのかそわそわしてしまうだけで。


 僕は広美さんに言われた通り、大きな庭の中を歩いて見て回った。庭だけで僕の家の大きさを上回っている気がする。広すぎて、もはやどの方角に行けばこの敷地の出口があったのかも分からなくなりそうだ。現在地はどこなのだろう。


 歩いていると、小型テレビくらいの大きさの石碑を見つけた。立ち止まって見てみると、そこには総勢十三の歴代統治者の名前がずらりと並んでいた。トワ様の名前の横は大きく余白が空いていた。


 そういえばこんな話を聞いたことがある。統治者の名前は、その誕生時にもう決まっていて、とある石碑に文字が浮かび上がるのだと。その石碑がこれなのかな、と僕は目の前の石碑を見つめた。つまりトワ様が消失したら、トワ様の隣に新しい統治者の名前が浮かび上がるということだろう。外にあるのに雨の跡などの汚れが一つもついていなくて綺麗なのは、浅西家が毎日掃除をしているか、もしくは石碑自体に特別な術がかかっているからに違いない。


 不意に、そうだ、と思い立った僕は体の向きを変え、庭に植えてある木のプレートを凝視しながら歩き始めた。数秒ですぐにお目当てのものが見つかった。プレートから目を外し、巨木を仰ぎ見る。


 桜の木だ。どこかに絶対あると思っていた。葉が全部落ちてしまっているせいで名前の札がないとさっぱり分からないが、どことなく根強い生命力を感じる。僕は目を細め、そっと微笑んだ。


「……ん?」


 一人だと言うのに思わず声を出した。名前プレートの『サクラ』と書かれた文字の下に、小さく何かが記されている。僕は数歩前に歩み寄り、ぐいと顔を近づけた。


『桜の花言葉 精神美・優雅な女性・純潔』


 見た瞬間、まさに浅西桜みたいだな、と思った。これが桜の花言葉だと知らなくても、文字列を見ただけで彼女を連想してしまうくらいの花言葉だ。ふわふわの髪を揺らしながら笑顔でこちらを振り返る桜を想像し、自然と頬があたたかくなる。


 しかしよく見たらそれだけではなかった。もう一つ、その下に言葉が書いてある。


『Ne m’oubliez pas』


「……何て読むんだろう……」


 呟き、顎に手を当てた。読み方は分からないが、文字列としては見たことがある。確か、勿忘草の花言葉のうちの一つだったはずだ。少し前に新聞のコラムで読んだ記憶がある。ただ、桜も同様の花言葉を持っているとは知らなかった。


 ってことは、この言葉の意味は……。


 そう思って文字を凝視した、その時だった。

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