26 とある日常④
「じゃーん!」
「……ん?」
子供の声に、女性が振り向く。机の上には、ほかほかと湯気を上げているオムライスがあった。ふわふわしたオレンジ色の黄身に電灯の光が映っている。
「前回失敗したオムライス、リベンジしてみた! どうかな」
「え、すごいじゃない! 美味しそう!」
女性はそれを見た瞬間に、反射のようにそう言った。その言葉に、子供はよっしゃとガッツポーズをとった。女性は興味津々でスプーンに手を伸ばし、「いただきまーす」と一口
「……」
スプーンを口の中に入れたまま、彼女は固まった。何て言えばいいか逡巡しているらしく、目があからさまに泳いでいる。
「……え、やっぱり、ダメ?」
子供が言うと、彼女はようやくスプーンを口から抜いた。ジトッとした目で、「やっぱり、って?」と子供に顔を近づける。
「えっとー、ケチャップライスをかなり焦がしちゃって……卵で蓋すればバレないかなって思ったんだけど」
「バレるに決まってるでしょ! もう、あたし、失敗してなさそうな素振りなのに、一体何で? って思って……。何て言えばいいんだろうって本気で悩んだのに!」
すると子供は大口を開けて「あはは」と笑った。瞳がきゅっと細くなり笑顔になる。
「素直に言ってくれればいいんだよ。正直に言ってくれるの、逆に嬉しいから。……そういえば、前のオムライスは美味しいって言ってくれたけど、本当はどうだったの?」
「いや、あれは美味しかったわよ。あたしの口には合ってた。でもこれは……うん、まあ」
それを聞き、子供もそのオムライスを一口食べる。噛んだ瞬間、「まずっ」と声を上げた。二人で顔を見合わせ、同時に笑う。長い間、爆笑していた。
突然、女性が何かに気づいたようにガタッと音を立てて立ち上がった。目は見開かれ、口は震えている。愕然とした表情だ。彼女の唐突な行為に子供は「……え?」と呟いた。
「どうしたの……?」
「……え? ああいや、ちょっと用を思い出して……」
慌てたように女性は自分の長い髪を触る。そして口元に笑みを浮かべながらゆっくりと腰を下ろした。それに合わせて子供の目線が下がっていく。
「用?」
「うん。ま、後でやるから大丈夫。急に変な行動をしちゃってごめんね」
「別に気にしてないよ。あっ、そういえば」
「何?」
「棚にあった、歴代の統治者が残した言葉がまとめてある本をこの前読んだんだけど、それについて訊きたいことあって……。教えてくれない?」
子供は近くに置いてあった、青い表紙の本をパラパラと捲った。女性はグラスに入った水を飲むと、親指で唇を拭い「あたしの教えられる範囲なら」とそのページを覗き込んだ。
子供が本の上で指を滑らせる。
「この言葉とか……これとか……非術地方の人でもこの言葉通りに行動を起こしたとして、うまくいくと思う? あとここにある……この言葉はどういう意味?」
「えっと、確かこれは非術の人でもうまくいって、術の解除とかができると思うけど、こっちの内容は術使いじゃないと成功しなくて……こっちは多分……って意味で……」
女性もページ上にある言葉を指し示し、説明していく。二人は真剣に本に向き合った。子供は、女性からの回答に一つ一つ頷きながら、知識を回収している。学びの時間はしばらく続いた。
疑問は全て解決されたようで、子供はパタンと書物を閉じた。
「よし、ありがとう! 色々教えてくれて」
「全然。本当に、勉強熱心なのね」
「そりゃあね。でも、まだまだ足りないよ。これからも、必要なことは色々学んで、調査していくつもり。……あれのために、ね……」
子供の瞳が、不意に怪しく光る。女性と何やら意思疎通をしようとしたのか、彼女の顔を見て意味深に口角を上げた。
女性は「……そうね……」と言い、首を強く縦に振った。不格好な動きだった。
彼女の手は、しんどそうに、胸元をぎゅっと押さえていた。
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