18 とある日常③
「あっ、おかえり。どうだった?」
「疲れたよ。でも目当てのものは取ってこれたから」
「さすがだね。ごはん準備するから、ちょっと待ってて」
子供はそう言うと、台所のほうに駆け足で向かっていった。帰ってきた女性は子供の後ろ姿をまっすぐに見つめる。そして何を思ったか、ため息をついた。
子供と女性は向かい合って食卓に座り、オムライスを頬張る。女性は特に何も言わなかったが、子供は口に入れるなり微妙な顔をした。
「うー、やっぱりあんまり美味しくないなあ。卵焼きすぎた……」
「そんなことないわよ、美味しいわ」
「ううん、全然ダメ。具材もフライパンの外にいっぱい飛ばしちゃったし……」
「構わないわ。コンロじゃなくてIHだから掃除しやすいし、気にしないで」
「……優しすぎない? だめだよ、そんなに甘やかしたら」
「じゃあ、とことん厳しくいく?」
「うーん、それはそれで嫌だな」
子供は楽しげに笑った。女性も微笑んだが、すぐに何かに気づいたように数秒同じ体勢で固まった。その後スプーンを口に運びながら曖昧に頷く。子供は、そんな不可思議な彼女の様子には気づいていないようだ。
「ねえ、この家っていっぱい本あるんだね」
不意に子供はそう言って話題を変え、身を前に出した。
「……え?」
「外に出なくても、この家だけで調査が済んじゃいそう。それと、いろんな言語の本があるよね」
「そうだったかしら? 最近読んでないから分からないわ」
女性はもくもくと食べ進めていく。子供は女性の態度お構いなしに、スプーンを動かす手を止めて話を続ける。
「いくつか読める言語もあるんだけど、やっぱ難しいや。雰囲気がおしゃれだったから開いてみた本にさ、もう絵っぽい暗号みたいな文字が書かれてて、ぜーんぜん分かんなかった。ふふっ」
「へえー、そうなの」
「もう全部雰囲気だよ。でも雰囲気でとりあえず全部読もうとしたの! 結局無理だったけどね。でも分かりそうな部分を書き出したりして頑張ったの。だけどもう途中で分かんなすぎて一人で笑いまくって、あははっ」
「……何がそんなに面白いの?」
「ん?」
子供が顔を上げる。何を言われたのか聞き取れなかったようで、さっき話しているときの楽しげな表情のまま首を傾げた。女性はハッとしたような表情を一瞬示したがすぐに「何でもないわ」と唇に笑みを湛える。
「それよりできたわよ、例の塔」
話を切り替えた女性のその言葉に、子供は目を輝かせた。
「本当?」
「ええ。もうあれは全部任せるわ。好きなように使って」
「ありがとう! あとは……体が治るだけだね。あとどのくらいかかるかな?」
「あと一年ちょっと、ってところかしら」
「一年かぁ、待ちきれないよ。本当に、本当にありがとね」
子供が手を止め、真剣な表情をして女性を見つめた。女性は照れたように顔を赤らめた後、やや目線を下げる。
膝の上で女性の拳が震えていることに、子供は気づく由もなかった。
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