11 可術地方

 待ち合わせの時刻は昼の二時ちょうど。可術地方と非術地方の境界あたりにある大きな広場の入り口で集合だった。高い柵で囲まれた広場には雑草が太陽の光を浴びて各々自己主張しながら生い茂っていた。


 しかし雑草以外には何もものはない。唯一、石碑のようなものがポツンと立っているが、何が書いてあるのかは読めない。石碑には役割があった気がするが、忘れてしまった。


 全体的に、使われなくなった収容所の跡地みたいだ。何のためにあるのか分からないこの広場を見て、僕は何だか不安な気持ちになった。


 ついに、研究のために可術地方に行く日が来たのだ。僕の記憶が戻る、そんな日になるかもしれない。意識すると、身が勝手に震えそうだ。


 四人集まったがまだ研究の先生は来ない。


 蝦宇さんは私服だった。上は白っぽいピンク色の落ち着いた感じで、下は紺色の清楚で上品さを醸し出すスカートだった。いつもよりクールで大人っぽく、緊張してしまう。


 そんな蝦宇さんは一体何を考えているのか、柵の隙間から広場をじっと見つめる。ほぼ何もない広場なのに、何を思索しているのだろう。


「蝦宇さん、何かあるの?」


「え?」


 僕の質問に蝦宇さんが目線をこちらに投げかけた。彼女は矢先に、まんまるにしていた目をふっと緩ませる。


「ううん、こんなところに家とかあったら住んでみたいのになって思って。何か建物あればいいのに」


 確かにここはとても広いので、何もない殺風景よりは何かあったほうがいいだろう。でも、住みたいという蝦宇さんの意見には賛成しかねる。


 雑草広場を見つめていると、途端に何か違和を感じた。


「あれ?」


「どうしたの? 梶世くん」


 蝦宇さんが即座に反応する。僕は眉を顰め、食い入るようにその広場を見つめた。


「いや……昔ここに何か建ってなかったっけ?」


 蝦宇さんが固まる。ポカンとした表情だ。


「ここはずっとこんな感じだろ」


 すると瞬が横から口を出した。瞬も僕同様に眉を顰めているが、僕とは異なる感情らしい。


「境界と言ったらこの広場、というか、ずっと前からそういうものじゃん」


「……そうだっけ?」


「もしかして、また何かを思い出したの?」


 先程からソワソワしている藍花が心配そうに僕を見た。「もしかして本当に昔、建物あったとか」と胸の辺りでぎゅっと拳を握る。


「でもさ、そうだったら何か形跡とか残ってるんじゃ……」


 瞬はそう言い、柵に手をかけ中の様子を見つめた。すると「いてっ」と言って左の手のひらを見る。柵から木の棘でも出ていたのか、切れて少し血が流れていた。


 藍花が「あっ、ハンカチ……」と言って自分のポケットからハンカチを取り出す。その弾みで、同じところに入っていた青っぽい色のシャーペンが転がり落ちた。ノックする部分が花の形になっており、蝦宇さんが持っていたピンク色のものと色違いのようだ。


 慌てて拾おうとする藍花。すると、大きな革靴を履いた誰かの、ごつごつした手がそれを拾い上げた。藍花はびっくりしたように顔をあげた。


「どうぞ」


 そこにいたのは、眼鏡をかけたいかにも賢そうな人だった。穏やかな雰囲気をまとっている。


 すぐに、例の研究の先生だと分かった。


 ぱっと見、伊杷川先生と同じくらいの歳のようである。先生は確か四十代だった気がするので、この人もおそらくそのくらいだろう。髪の色は金色っぽく輝いていて、レンズの奥の瞳は淡いオレンジ色をしていた。髪は染めているのではなく、おそらく元からこの色なのだろう。そして研究者というだけあって白衣を着ていた。長身によく似合っている。


「あ、拾ってくれてありがとうございます」


「待たせたね、君たちが研究に来てくれた子たちだよね?」


 僕たち四人は少しの間目を配りあっていたが、「はい、そうです」と僕が答えた。多分代表者は僕だろう。


「君が、記憶が一年ないとかいう人?」


「はい、梶世と言います」


「初めまして。サワイです」


 名刺を手渡された。『アイサ術研究所 所長 沢井さわい颯樹さつき』と書いてある。名刺なんて今までもらったことなかったのでドキドキしてしまった。


「コウ……伊杷川とは結構前からの仲でね。僕が研究所をつくるときもちょっと協力してもらったんだ」


 白衣のポケットから一枚の写真を取り出し、僕に見せてきた。どこかの実験室の中の写真のようで、右側に寄るような画角で二人の男性が写っていた。二人とも微笑んでいる。何年も前に撮ったもののようだが、その二人は沢井さんと伊杷川先生に間違いない。


「あいつは非術地方の人だけど、術の知識は正直可術地方の人より高い」


 そう言って沢井さんは笑った。そして「研究所の名前、アイサのイは伊杷川のイさ」と付け加える。


 さっき、沢井さんは伊杷川先生のことを、コウ、と呼びかけていた。コウというのは沢井さんが伊杷川先生を呼ぶときの名前、なのだろうか。先生の何からそういうニックネームを付けたのかは分からないが、二人が親しい間柄なんだなということは分かった。


「地方を越えた仲って何かいいですね」


 僕が言うと、沢井さんは嬉しそうに「まあね」と口角を上げた。


「研究者とかじゃないと、可術地方と非術地方の交流なんて滅多にないですよね」と瞬が尋ねる。


「まあねえ、術が使えない者は使える者に圧倒的に敵わないから……」


 沢井さんは苦笑いした。眼鏡の縁がキラリと太陽に反射する。


「別に、術を持つ者は持たない者を倒そうとする……とか、そんなことはないけど、術を持たない人は安心できないからね。自分たちの世界で完結できるのなら関わらない方が無難って、非術の人たちはみんな思ってるんだ」


 僕は自分の周りの人の様子を思い出して、確かにそう思う人は多いのだろうと思った。「だから、君たちがこうしてやって来てくれるのは嬉しいよ」と沢井さんは微笑む。瞬は少し気まずそうに斜め横を向いた。きっと瞬はまだ、可術地方の人を完全には信用できていないからだろう。


 瞬の様子に気づいたか気づいてないかは定かではないが、沢井さんは僕たちを見てハハッと笑った。


「確かに術を乱用して悪いことしてる人もいるけど、最近は本当に少なくなっているし、その確率で悪い人なら非術地方にもいるから、結局そんなに変わらないと思う。気を張らなくていいよ」


 言うと、彼は「じゃあ、ついてきて」と僕たちを案内した。


 可術地方と非術地方の境界には門がある。柵に囲まれている広場は二つに分かれていて、その間に門がついているという構造だ。その門は、僕らを待ち構えるように立っていた。沢井さんが入ってきたため門扉は開いている。


「ここ、門番の目を盗んで柵をよじ登って広場を通って向こう側行けそうじゃないですか? 門番一人しかいないし」


 不意に瞬が訊いた。門の横の柵を指差している。その質問に沢井さんはゆっくり首を振った。


「柵にも門にも術がかかっている。触る程度なら問題はないが、それらを越えるのはたとえ可術地方の人でも難しいんだ」


「へえ、そうなんですね。難しいんだ」と蝦宇さんが感心したように顎に人差し指を当てた。


 沢井さんが門番に声をかける。可術地方に入る手続きを済ませると、僕たちはついに足を踏み入れた。


 ここが……可術地方……。


「僕の研究所は、少し歩いたところにあるよ」


 感慨に耽っている僕の様子に気づくそぶりもなく、沢井さんはさらりと言って歩き続けた。思わず立ち止まってしまったのは僕だけだったのかと顔が熱くなりかけたが、見た感じ藍花も瞬も僕と同様だったみたいだ。蝦宇さんだけがクールに歩みを進めている。さすがだなぁと感じつつ、僕も足を動かした。


 初めの方は辺りを見渡しても木ばかりだったが、しばらくすると家が見えてきた。住宅地の風景は、非術地方のものに比べ家の外装や街灯などが豪華な気がする。また少し歩くと、高い建物が立ち並んでいる光景が見えてきた。


 すると突然、「我々の生活を返せー!」と複数人の声が響いてきた。


 何事かと思い、声のした方を向く。そこは大きなビルの目の前で、数十名の人が横断幕のようなものを掲げて何か喋っていた。デモ運動のように見えるが、何のためにやっているのだろう。


 気づけば僕らはみんな声のした方向を向いていた。沢井さんが「ああ」と若干気の抜けた声を出す。


「あれはね、トワ様に対する反対運動だよ」


「反対運動?」


 理由も聞かずに、なぜ、という思いが渦巻く。称賛されているトワ様の反対運動などがどうしてあるんだろう。


 沢井さんは呆れたように「腹いせみたいなものだよ」と言った。


「トワ様が優秀すぎるがゆえに、事業とかに失敗した一部の人たちがトワ様を責めているんだ。自分たちがうまく行かなかったのはトワ様のせいだって言ってね」


「ああ、なるほど……」


 そう言えば、この前伊杷川先生も「一部の可術地方の人は批判してるっていうのは聞いたことあるよ。ただ、その人たちは自分の失敗を全てトワ様のせいにしているだけみたいで、半ば理不尽な腹いせっていう話」と授業で言っていた。


 可術地方の人間は、トワ様を非難したいと思えるほどトワ様を身近に感じているのか。僕ら非術の人間にとってトワ様は遠い遠い存在で、何となく世界を守ってくれているのかなという気持ちだから、その事実はなかなか飲み込めない。


「トワ様のお陰で成功する人が多い分、失敗する人が目立つんだよ」


「こんなデモ起こして、何か変わるんですか?」と僕は訊く。


「トワ様に対しては何も起こらないよ。多分、人集めじゃないかな。仲間が少なすぎるから、活動を民衆に見せることで人を集め、組織を大きくしようとしてるんだ。そうすることで組織としての術力を高め、トワ様に攻撃しようとしてるんだと思う。歴代の統治者がそうやって消滅していったように」


 僕は納得した。確かに彼らは周囲を見渡しながら大声を上げている。トワ様に対して直に攻撃するんだったら、横断幕など無意味だろう。すると、沢井さんの説を肯定するかのように「我々はー!」と民衆に呼びかけるような声が上がった。


「トワの横暴を許さない! 一部の人を不幸にして、何が統治者だ! 全員を幸せにしてこそ統治者! みなさんも、そう思いませんか!」


「新たなる統治者を、今すぐにでも生み出しましょう!」


「可術地方のみなさん! 我々は、総勢三十名です! 力が足りません! みなさんのお力を、どうか!」


 様々な声が、乾いた空に消えていく。沢井さんはまるで興味がないように、颯爽と歩みを進める。しばらく立ち止まってそれを見ていた僕たち四人も、慌てて沢井さんについていった。


 ちょうどビルの横を通ろうとしたくらいで、「やってらんねーよ!」と一際大きな声がこだました。


「仲間が増えねぇ! もう、俺が一人で奴のところに乗り込んでやる!」


 ドスの効いた男の人の声だった。周りの人が戸惑ったように一点に固まり、「一人で乗り込むとか馬鹿なこと言わないで!」「きっと人は集まるわよ!」と口々に彼を宥める。


「……あのビルに、トワ様がいるんですか?」


 藍花が、カジュアルなスカートをはためかせながら覗き込むように尋ねた。それに対し沢井さんは「んー」と返答に困った顔をする。彼は頬をポリポリと掻いた。


「あのビルは確か、統治者に関わる何かを保管する場所だったはずだから、トワ様がいる……とは言えないかな。でもたまに立ち寄ってるらしいっていう噂はあるんだ。あくまで噂だけど」


 沢井さんはそう言うと、「とりあえず行こうか。道はこっちだよ」と僕たちを誘導した。


 彼の研究所は、住宅地から抜けて数分歩いたところに建物を構えていた。僕が予め想像していたのとおおよそ合致していて、学校くらいの大きさの真っ白い建物で、ガラス窓がいくつかあり、何となく『最新鋭』というワードが想沸された。それでも壁に所々汚れがついていたので、建物自体がすごく新しいというわけでもなさそうだ。


 沢井さんが入り口の扉に手を当てると扉が開いた。僕はドキドキしながら中に入る。内装は清潔感のある白が基調となっており、いくつのも部屋があるのが見て取れた。研究者と思われる人が数人、書類を持ちながら歩いてこちらにやってくる。


「じゃあ今から研究に協力してもらおうと思うんだけど……。梶世くんは僕の方に来てもらうとして、この中に梶世くんが記憶喪失になったときのこと詳しく知っている人はいるかな?」


 沢井さんの言葉に「あ、私かな?」と藍花が手をあげた。


「じゃあ君はこの人に、残りの二人は今の梶世くんについて聞きたいからこっちの人について行ってもらえるかな」


 沢井さんがそう言うと、瞬は「えっ、いきなり登と離されるのかよ?」と心配そうな声をあげた。


 沢井さんは少し困惑したように眉を下げる。


「そう言われても……。僕が研究協力してほしいのはあくまで梶世くんであって、ほかの人とはやることが違う……」


「あっ、あの私、登に関することで別で質問もあるんですけど、いいですか」


 すると藍花がフォローするように会話に割って入ってきた。沢井さんは困り顔から元の表情に戻すと、「ああ、もちろん。後で聞くよ」と微笑む。その間に、僕は瞬に袖を引っ張られた。瞬の口が僕の耳に寄る。


「おい登、何かあったらすぐに言えよ」


「うん、もちろん」


「何か言いたくない事訊かれても、無視していいからな」


「分かった。ありがとう」


 そう言い、僕はゆっくりと頷いた。


 瞬たちと別れ、僕は沢井さんの後についていき、ある一室に入った。そこは教室程の広さの部屋で、奥の方に検査用ベッドと大型な機械が置いてあった。


「あの機械は何ですか?」


「ああ、あれは脳を調べる装置さ。とりあえず、君の今の記憶状態を確認する。あと、病気か事故か術か……記憶が何で失われたのかも調べるよ。悪いけど、失われた記憶の中身を復活させるのは、また別の部屋だ」


 ということは、この検査は躊躇わずに受けられそうだ。僕は少し安堵し、大きな機械の全体をゆっくりと見渡す。沢井さんはその機械を軽く二回叩いた。


「非術地方でもこういうのはあるんだけど、ここでは術の力も使うことでより深く調べることができるんだ。君にはまずこの検査を受けてもらいたくて……」


 沢井さんはそう言うと一旦言葉を切り、「あ、この部屋に置くのやめときゃよかったな」と左側の壁の方を見た。つられて僕もその方向を見る。見た瞬間、僕は思わず飛び上がってしまった。


「うわあっ!?」


 壁際に仰け反る僕を見て、沢井さんは「ああごめん、驚かせちゃったね」と言いながら、僕の反応が面白かったようで少し笑った。


 そこには人が横並びに座っていた。きれいにずらりと並んでいる。顔はそれぞれ違うのだが、全員目を閉じていて人形のように全く動かない。みんな揃って白いTシャツとハーフパンツを着ているのも、また不気味だった。


 この光景は……一体……?


「えっと……これは……」


 恐る恐る聞くと、「人そっくりの、魂の入れ物だよ」と沢井さんは言った。


「魂の入れ物……?」


「これら、人じゃないんだ。触ってみたらわかると思うんだけど、いわば人形みたいな」


 僕が最初に思った喩えが合っていたということか。沢井さんに言われてこわごわ触ってみたら、確かに人肌の感触とは違い、少し硬くてプラスチックのようにつるつるしていた。人じゃないと知り、僅かだけれど安心した。でも疑問はある。


「何でこのようなものを……?」


「この使い道はね、病気の治療とか、しばらく自分の体が動かせないときにも他の体を使って自由に生活できるようにすること」


「……え?」


「人間ってね、術によって身体と魂に分割することができるんだ」


 沢井さんはすごい事実をこともなげに言った。可術地方では常識なのかもしれない。または、色んな人に説明を繰り返しているうちに、ただそのフレーズを言うのに慣れただけなのかもしれないけれど。


「つまり、一時的に魂だけ入れ物に入れることで自分は入れ物の体で動くことができる。もちろん、術を使ってもとの体に戻ることもできる。例えるなら、車を修理に出したときに代車を貸してもらえるでしょ? 修理が終われば戻ってくるけど。ああいう感じだよ。これらの入れ物は、代車みたいなものってわけ」


「……はあ」


「意味、分かる?」


「まあ……」


 意味は何となく分かった。しかし、少し不気味な気はする。製作者の意図は理解できるし、素晴らしい発明だとは思うが、これを使う勇気のある人はなかなかいないんじゃないかと思う。実際のところどうなんだろう。


「これが、どうしてこんなところにあるんですか」


「とある工場から没収してきたんだよ。国の命令で」


「没収?」


 僕がそう言うと、沢井さんは人差し指をピンと立てた。


「この入れ物はまだ実用化されてないんだ。安全面とか倫理面とかの関係で、可術地方の研究者の間でも反対する人が多くてね。でも研究材料としては興味深いから、その工場から持ってきて色々調べてるんだよ」


「そうなんですか」


「ちなみに、可術地方の人に術をかけてもらえば、非術地方の人でも使用することができる」


 沢井さんは意味ありげに含み笑いをした。一番近くに置いてあった『入れ物』を軽く叩く。


「使ってみる?」


 いきなりの言葉に、僕は慌てて「いやいや……」と手のひらを見せた。「冗談だよ」と沢井さんはおかしそうに笑う。


 ふと辺りを見渡すと、それ以外にも気を引く様々なものが置いてあった。例えば紫色の液体が入った大きい瓶だとか、枝の一本一本が手足のようになっている不気味な植物だとか。なんだか魔女の部屋に来たみたいだ。


 沢井さん曰く、それらは術のスキルアップに関わる薬品をつくるための瓶と植物らしい。昔からやっている共同研究の一環だと言う。一時期『恐怖の薬品』などというデマが流れて小さな問題になったため、違うテーマである個人研究を復活させて重点的に進めたところ、いつの間にかそっちに没頭した、と沢井さんは笑いながら語った。無論、その個人研究のテーマというのが『記憶の復活』だ。


「本当に術って何でもできるんですね」


 僕は言う。すると沢井さんは「そうなんだよ」と、術について話すのが楽しくてたまらないという顔をした。そして、あり得ないくらいの言葉量が彼の口から飛び出す。


「一口に術と言っても、可術地方の人なら簡単にできる術と、めちゃくちゃ難しい術って言うのがあってね。簡単にできる術で言うと、相手を捕らえるために平衡感覚を失わせたり、目がぐるぐる回るような感覚に陥らせたり、とか。あとは鍵開けとか、物理的な攻撃とか、物の透明化とか、身分を誤魔化す術なんていうのもあったかな」


「あ……はぁ……」


「簡単な術なら、その力を様々なものに貯めることができるから、実は術を使えない人でも術の効力を人に食らわせることができて。例えば、可術地方の人は、術の効力が含まれるように凝縮した液体などをつくることができるから、それさえあれば、非術地方の人でも術を使うことができるんだ。術の込められた武器とかも使える。あと、ほかにも色々あって……」


 息をつく間もないくらいの早口だ。話じゃなくて僕の研究をするんじゃ? と思ったが、見ていて少し面白い。研究者の性とでも言うのだろうか。自分の専門分野について語ると止まらない人のようだ。伊杷川先生もその質があるような気がするけど、どんな感じで二人は会話するのだろう。こんな人たち同士で話してたら日が暮れそうだ。


「難しい術で僕が聞いたことあるのは、例えば子供から一気に大人になれる術とか、その歳で年齢を止める術とか、分身の術とか、知能を与える術とか、あとは禁断の術っていう……」


「ああ、禁断の術なら伊杷川先生に聞きました」


 僕はようやく口をはさむタイミングを見つけた。強引に入っていかないと多分この人は止まらない。


「記憶を失わせるやつもあるんですよね?」


「あ、そうそう。君の記憶喪失もそれかもしれない。でもその術が使える人なんて、この世界にいるのかな……」


 ようやく自分の話を中断させた沢井さんは、腕を組んでうーんと唸った。


「え、じゃあ別の原因があるんですか?」


 確かに伊杷川先生も、トワ様レベルの能力の持ち主かも、と言っていた。そんな人がこの世にいるのをそう簡単に仮定してはいけない気もする。


「まあまだ分からないけどね。とりあえず検査を始めようか」


 ベッドに横たわるよう言われ、僕はその通りにした。すると、頭に先ほど見た大きな機械の一部が取り付けられた。目の前は真っ暗で何も見えない。じっと目を凝らせば何か奥に見えそうな気がしたが、そんな気がしただけだった。


「ああ、寝てていいからね。暇でしょ」


 確かに何もやることなくて暇なので、僕は遠慮せずに寝ることにした。こんな中寝られるだろうかと思ったが杞憂で、意外とベッドの感触が心地よく快適だった。


 僕は、想像以上にぐっすり眠りに入っていった。

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