エピローグ クズ悪役は、成功を確信する





 衝撃の別れを告げた俺は、すでに自分が行くべき場所を見つけていた。

 下手に原作キャラと関わり合いにならず、数年間のんびりできる場所。俺の、いや、モブの楽園。


 つかの間の休息を楽しめる場所。

 それは――  





「完璧だ」


 俺は自然豊かな領地で、一息ついた。鳥がさえずり、気持ちの良い風が吹く。

 ここならば、ここ数ヶ月のごたごたで傷ついた俺の心をきっと癒やしてくれるはず。


 が、後ろからそんなのどかな雰囲気に似合わない、殺気だった声が聞こえてきた。


「アンタ……よくも急にノコノコ顔を出したかと思えば、急にうちの領地に顔を出すなんて……? たしかに、こっちに来いって言ったのは私だけど……中々喧嘩売ってくれているわね」

「そう殺気立つなよ。将来の美人が台無しだぞ。ハッハッハ」

「なるほど、元凶のくせに自覚がないのね」


 エラステアを立って、一週間後。

 後ろでイーリスがピキピキと額に青筋を浮かべている中、俺はイーリスの領地。すなわち、ヴェーベルン男爵領へと移動していた。


 手紙で「やれ、こっちに来い」だのと言っていたイーリスの領地である。


「というか、何しにきたの? なんかエラステアの方でとんでもないことに巻き込まれていたとは聞いたけど……」

「……心に傷を負った俺は、これからここに滞在するつもりなんだ。数年間」

「は?」

「ちなみに両親の許可は取ってある――リエラ」

「はあああああああああ???」


 指をパチンとやると、後ろからリエラがささっと我が父上――ランドール公爵の印が入った文書を出す。


 そもそもイーリスはメインヒロインの1人で、ここにはイーリス以外に主要人物はいない。

 だからこその、この領地である。


 社交界? 表舞台? 

 モブにとっては知ったことじゃない。ここは華麗にフラグをスルーさせていただくとしよう。


「アンタねえ。そもそも全部話が急なのよ。公爵家では報告の仕方も教えてくれなかったのかしらぁ??」

「いやだなあ、イーリスさん。旧交を温めに来たのにそんな態度を取るだなんて」

「アンタに『イーリスさん』って呼ばれると非常に嫌な予感がするんですけど???」


 青筋を浮かべたイーリスをなだめて、準備があるから後で話そうと言い、とりあえず室内に入る。


「ウルトス様。数年間、社交や領地のことはお任せするとご両親には伝えましたが、他の者にはどう伝えますか?」

「あ~、エンリケとグレゴリオか」


 グレゴリオと、エンリケ。それにエルドも生きているらしいが。


「……いや、いいかなもう」


 たしかに、やつらの協力があって今回の危機を乗り切れたと言っても過言ではない。


 しかし。色々迷った結果、関わり切れない、と俺は思ってしまった。


 あいつら、何でか知らないが、めちゃくちゃやる気があるのである。

 エンリケも弱いくせに、やたら事件に首をツッコみたがるし、グレゴリオもこのまま黙っててくれれば良いのに、やたらウキウキしている気がする。


 急遽、会わずにエラステアを去ってしまったが、ここらで俺も彼らに別れを告げるべきだろう。


 だって俺は、どう見ても力不足だ。

 今回の戦いだって、薄氷の上。なんとかゲーム知識でやってこれたに過ぎない。


「そうだな。じゃあ、伝えておいてくれ――、と」


 そう。俺は力不足。

 後は君たちでなんとか好きにやってくださいな。


「はい、しかと伝えておきます」


 リエラが笑顔を浮かべる。俺はゆっくりと紅茶を口にした。


「……ふう。これでやっと落ち着けるな」 


 これこそが俺のモブへの道。

 将来が約束されたイーリスの領地で、このまま学園入学までぬくぬくする。


 ジーク君は別れるときに覚悟を決めた表情で、「……絶対に学園で会おうね」と言ってくれたし、間違いなくやる気を取り戻したはずだ。何なら、エラステアの一件で、『ラスアカ』の作中よりも父親との仲もよさそうに見える。

 なぜか俺の見舞いに来る度にレインがジーク君を見て、ニヤニヤしていたし。


 このまま息を潜め、学園に入学。

 入学後はモブとして地味に生きて行く。


「あ~、そういえばあのネックレス、渡したままだっけ」


 ふと、そんなことを思い出した。 

 

 カルラ先生の不幸を呼ぶネックレス。アレを渡すと、ヒロインの方が依存したり、ひどい時には闇堕ちしたり、と色々厄介なことになってしまうのだが。


 ま、いいや。どうせジーク君の中では俺は友人の中の1人……くらいの温度感だし、たぶん使い捨ての指輪も今頃ゴミ箱行きだろう。安物だし。


 ……そして何なら、カルラ先生にも連絡するのも忘れていた。

 先生の中では、エラステアの事件に巻き込まれた結果、心を病んで田舎に引きこもるくらいに思われているかもしれない。


「う~ん……ま、先生も俺のことなんて気にしてないだろうし、細かい話は学園で会ったときに話せばいいか」


 それはそうだ。なぜなら、俺はやっと解放されたから。


 すべてのフラグをたたき折り、安心安全な生活を手にした。

 完璧な計画。その確信を得た俺は、笑みを浮かべながらつぶやいた。


 これぞ――


「クズレス・オブリージュ、成功ってね」




 エラステアの一室。

 グレゴリオとエンリケは、リエラからの手紙を受け取っていた。


 リエラからの手紙には、主・ウルトスの言葉がそのまま書かれていた。

 すなわち。


「なるほど、俺たちは『力不足』ってわけか。けっ、まあ坊ちゃんそう言われたら立つ瀬がねえな」

「たしかにねえ。主が我々に何も言わず旅立ったのも、一から鍛え直せ、というメッセージだとは」


 ――もちろん、ウルトスのいう「力不足」というのは他でもない自分自身のことだったが、それを曲解したリエラによってウルトスの部下として実力不足だというとんでもないメッセージが2人の元に届いていた。


「で、どうするかい? エンリケ」

「決まってんだろ? たしかに、坊ちゃんは第10位階魔法を使用した。誰もたどり着いたことない領域にな。ただ、俺は黙ってこのまま引き下がるわけには行かねえ」


エンリケは言い切った。


「もっと、強くなる。それしかねえだろ?」

「ふむ。ま、私も同じ気持ちだ。主が望まれるよう、組織をより強大にしなくては。良い奴隷――ではなく、新たな仲間も手に入れたことだしな」

「今、奴隷って言わなかったかしら?」


 そう言いながら、額に青筋を浮かべているのは、エルド。

 その表情からは、この状況にまったく納得していないということがうかがえる。


「この屈辱……なんで帝国で上位にいた魔法使いたる私がこんな無能なやつらの配下に……私が杖さえあれば、アンデットの餌食に……!!」


 そう。

 あれよあれよという間に、エルドはなぜか、ジェネシスの側にいることになっていたのである。


「まさか、そんな風に思われているとは。こちらは君を帝国に突き出してもいいんだけどねえ」

「くっ……あのガキといい、このクズども……!!」


 舌打ちをするエルドに、グレゴリオがニヤリと笑う。

 帝国は躍起になって、主犯格のエルドを捜索している。そして、高価な杖を失ったエルドは牙をもがれたも同然。

 かといって、王国でもエルドは超一級の危険人物として知られてしまった。


 かくして、帝国からも切られ、もはや味方がいなく無ったエルドはしぶしぶグレゴリオたちと行動を共にすることになったのである。


 敵国を追われた超一流の魔法使いをただで、自由にこき使える。これも考慮に入れていたのだとしたら主のウルトスは、相当悪辣だろう。


「主は数年間、身を潜めた後、王都の学園に入学するそうです」

「なるほど、そこまでに、力を付けておけってことだな」

「ええ。私も早速動き出すとしましょう。横にいる下僕――ではなく、魔法使い殿ともにね」

「あんた、完全に私のこと舐めていない???」


 騒がしい言い合いを後ろに、エンリケは立ち上がって扉の方へと向かう。


(坊ちゃん、アンタに追いついてみせるぜ)


 そう。決意を秘めながら。






「はあ……はあ」


 ――薄暗い森の中。


 ジークは魔力を生み出すための修行をしていた。

 それは、ウルトスに聞いた方法。聞いたときは、どんな方法だと笑っていたが、ジークはそれを試していた。


「くっ……!」


 魔力を持っていないのに、魔力を引き出そうとするせいで身体が拒否反応を起こす。

 全身を走る激痛。たしかに辛く苦しい。


 ただ、ジークにとっては耐えられないほどではない。

 だって。


「……きっと、辛かったのは、ウルトスの方だから」


 そう。ウルトスは寂しそうな表情で、どこかへと去ってしまった。 

 騎士団に入れることも、貴族として出世することもすべてを捨てて。


 ――全部、自分のせいで巻き込んでしまった。

 ウルトスはそう言っていた。


 いや、違う。

 弱いのウルトスではなく、自分の方だ。


 でも、ウルトスはジークの弱さを責めることもなく、静かに去ってしまった。

 まるで、この一週間が嘘だったのかのように。


 自分が弱いからウルトスを守れなかった。 


 なら、なすべきことは簡単だ。

 。誰よりも強く。


 自分に足りないものは、すでに分かっている。それは、魔力。

 マジックアイテムに頼ろうと、魔法を使おうと、身体強化をしようと全部魔力がなくては話にもならない。


 学園に入学して再会すると、そうウルトスと約束した。

 もちろん、学園に入学するのだって魔力が必要だ。


「……もっと」


 全身の節々が痛むが、そんなのは大した痛みじゃない。きっと――


「ウルトスの方が、ずっと辛いはずだから」


 全身を苛む痛みの中、それに以上に覚悟を決めたジークは笑みを浮かべた。

 にっこりと。


「ウルトス。今度は、


 その指には、銀のリングが光っていた。










 モブになるための完璧な計画。


 ――が、俺は忘れていた。そもそも、完璧な計画なんぞは存在しない、と。 

 俺とあのクズどもの縁はまったく切れてなどいないことを。


 そしてジーク君と友情を築いた……などではなく、ジーク君の俺への思いはとんでもないことになっていることを。


 原作よりも早く登場してしまった、あの第10位階魔法の影響も。


 そして何より、クズレス・オブリージュはまだまだ始まったばかりだということも。



 すべては後の祭り。



 俺が、自分の大いなる勘違いに気がつくのは、数年後、俺が物語の舞台となる学園に入学してからであった――




――――――――――――――――――――――


ウルトス

→本人は楽しく田舎に隠居だと思っているけど、周りからは……。自分のことをコミュニケーション能力があると思っているコミュ障。


ジーク

→クズトスの思わせぶりな発言によってついに地雷が起動する。怖い。


イーリス

→「正々堂々顔を出せ!」と言いまくっていたが、まさかウルトスがすべてを投げ出してこちらに来るとは思っておらず、頭を抱える。


エルド

→主人公の仲間(?)入り。戦力が大いに低下した上で、ウルトスのせいで帝国に切られ王国でも危険人物扱い。たぶんこき使われる。





★第3章完!!!!

やっと小説発売に間に合いました(発売は明日)

果たしてこんなギリギリのスケジュール感で綱渡りする作者は他にいるのか??? いや、いない(反語)


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(以上、GWという概念が存在しない作者より)

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