第59話 こいつら、もういやだ


 ――聖堂から少し離れた地点にて。


 謎に面だけはいいメイドに連行され、気がつけばエルドは簀巻きにされていた。

 口には猿ぐつわが噛まされており、言葉も発せない。


 そして、無造作に置かれた場所から、エルドは見ているしかなかった。 

 ……己の名前が好き勝手に悪用される、決定的瞬間を。 


「クハハッハハハハハハハ!!!!!!! その外道の前に貴様らは何も救えずに終わるのだ!!! どんな気分だ? 何が英雄!!! 貴様らは何も救えやしない!」


 ……おかしい。 

 まず、あのガキがなぜか身内であるはずの王国側の人間数人と戦っている。ま、まあ、それは良いとしよう。


 が、しかし、である。


「クソッ! 絶対に許さんぞ!!! エルド!!!」


 レインという男が吠える。なぜか、エルドの名を叫びながら。


「エルドとやら。職業がら色々な人間を見てきたが……ようやく今日、最下位が決まったよ。貴様は、見下げはてたクズだ」


 クリスティアーネとかいう騎士が、なぜか、エルドの名前を吐き捨てながら言う。


「クハハッハハハハハハハ!!!! そのクズに貴様らは負けるのだ。小僧の命も救えずになあ!! 己の無力さを呪え!!!」


 そして、楽しそうにウルトス本人がそんなセリフを口にする。

 

(こんの、クソガキィィィィィィィィイィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!)


 ここに来て、エルドは理解した。

 おそらく、ウルトスはすべてを自分に押しつけようとしている、と。 


 というか第一に、まず、あのガキ――ウルトスは、操られても何でもない。

 そりゃそうだ。というか、エルドに操られているとか言っているが、エルドがここで簀巻きにされている時点で操られているわけがない


 しかも、


(ご、拷問……?)

 

 突如として飛び出した不穏な単語。


 ……いや、拷問なんて一回もやっていない。

 あれは単なる正々堂々とした勝負だった。

 というか、そんなこと言い出したら文句言いたいのはこっちである。


 己の最高魔法は、急に姿を現したクソガキの魔法に打ち破られ、囚われの身。そして己の魔力の源泉たる杖(しかも最高級品)は、なぜかクソガキに没収され、目の前で粗雑な扱いを受けている。


「……やっと謎が解けた。謎の男もつまり帝国側だったということか!!」


 レインが吠える。


「たしかにランドール公爵家の息子を意のままに操れるのは大いなるメリット。だから、手先を使い、リッチに襲われたウルトス君をあえて生かしておいたんだな! エルド!!」


 さも当たり前のようにレインが「謎の男」という。


(は? 謎の男??? 何の話???)


 まずこっちはそんなの聞いたこともない。誰だそいつは。 


(というか、街中のリッチが消されてたのもあいつかい!!)


「エルド!! ウルトス君を、あの心優しい少年を返せ!!!」


 違う。どう見てもお前たちの眼は節穴だ。むしろ、そのクソガキが諸悪の根源なのである。

 そして、そうこうしているうちに、クリスティアーネとレインの会話が聞こえてくる。 


「あの赤い眼。そして、あの不気味な杖。おそらく、あの杖によって、ウルトス君は操られてしまっているんだろう」

「なるほど、死霊魔法……アンデットを使役するだけと思っていたが、まさか他人を操ることができるとはな」 


(……ぜ、全然違う)


 大人2人が一見冷静そうな判断を下すが、全然違う。エルドは何もやっていない。おそらく、あのガキは勝手に目の色を変えているだけである。

 エルドは絶望した。あの2人の魔法知識のなさに。 


(だから、あんなクソガキに騙されるんだよ!! 勉強しろ!! アホ!! 間抜け!! 死霊魔法はアンデットが対象!!! 生者は関係ないんだよ!!!)


 なぜかエルドの名前で悪事が次々に重ねられ、何なら拷問好きとかいう変な性癖まで付けられている。


(お、終わっている……さ、最悪のガキだ……)


 そうして絶望しているエルドの後方でふと、声が聞こえた。

 

「よお、そっちはどうだ?」

「あ、エンリケさん!」


 思わずエルドが声がした方を見る。すると姿を現したのは、ボサボサ頭の男。一見すれば、弱い。


 が、エルドの眼は男の強さを見抜いていた。

 肉体のバランス、そして獰猛なまでの殺気。間違いなく、戦士としては超一流だろう。さらに、その名前には聞き覚えがあった。


(こいつ……! 【鬼人】か……!!)  


「いやいや、一仕事終えた後というのは、良い気分ですなあ」

「あぁ! グレゴリオさん!」


(は?)


 エルドが呆気にとられていると、さらにもう一人の男が顔を出した。

 

(……グレ……ゴリオ?) 


 現れたのは、王国の政治家。帝国内でも要注意人物扱いされていた男・グレゴリオ。 


「………………」


 のんきにエルドの頭上で会話を始める3人。

 が、エルドはパニックだった。


 美形のメイド。追放された元Sランクの冒険者。闇ギルドの元締め。


(こいつら、一体どういう……?)


 明らかにマトモな人選ではない。そして、この凶悪なメンバーを従えるあの小僧。

 何百年解明されていない魔法を放つ仮面の男。もはや人間かどうかも疑わしい。


「しっかし敵の親玉を倒した後、操られたふりか。坊ちゃんもよくやるぜ。気に食わないやつを、全員ボコボコにした方が早いと思うがな」

「ま、主はまだ貴族の地位にいた方が良いと判断されたのでしょう。我々は従うだけさ」

「実はですね。ウルトス様は最初からこの状況を予見されていました」 

「あん、どういうことだよ?」

「『――始まりの時だ。創造の前の破壊が始まる。あらゆるものがゼロになり、すべては無に返る。そう、邪悪なる陰謀さえも破壊して』」


 するするとメイドが唱和する。


「『そしてついに――大聖堂の奥。英雄は己が宿命と対峙し、英雄は再び立ち上がるだろう』」

「大聖堂はたしかにここだが……なんだそりゃ」

「ウルトス様は一番最初にこう仰っていました。そして、自分には未来が見える、とも。きっとすべて最初から予見されていたのでしょう」


 メイドの発言に、エルドは息を呑んだ。


(未来視……だと?)


 あり得ない。現代の魔法技術では、そんなの不可能だ。だが、相手は第10位階を行使できる怪物。


 ………あり得るのか? 

 もはや本格的に人間離れしている。魔人か何かだと言ってくれた方がまだマシである。


「しかし、そんなことがノーリスクでできるとは思いませんね」


 グレゴリオが言う。エルドも同意見だった。

 魔法の専門家であるエルドにはわかる。そんなことをするためのリスク。


 ごくり、と息を呑む。


(一体、どんな犠牲を払えば、どれほどの鍛錬を積み重ねれば、そこまでの能力を――)


 そこまで言ったところで、メイドが力なく首を振った。


「ウルトス様は……胃がもたれたり……夜、寝付きが悪くなるそうです……ぐすん」


(……ん?)


「へえ、そりゃ難儀だな」

「あぁ、たしかに。それは辛いですもんね」

「そうですよね。私もウルトス様に『あ~ん』などで貢献できればいいのですが……」


 アハハハ、と。そう言って盛り上がるバカども。


(……そんなの)


 このとき、魔法使いであるエルドは思った。


(そんなの、デメリットになってないだろうがあああああああああああああ!!!!!!)


 頭上で話される馬鹿みたいなやり取り。

 こいつら、もういやだ、と。




――――――――――――――――――――――――――――――


エルド

→ウルトスのせいで単なる悪役からとんでもないクズへと成り上がってしまう。たぶん本人は泣いていい。


レイン

→状況証拠的に、すべての発端がエルドだと思いこむ。


ウルトス

→ノリノリで操られているフリ。自分のせいにされそうなので全力で他人に罪を擦り付ける生粋のクズ。



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これからは1日おきくらいで投稿して、4月中にはこの章終わらせます(最初は1月で終わらせるつもりだったのに………)。


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