第56話 聖刻の審判<セイクリッド・ジャッジメント>
「――第10位階魔法」
男が口にしたその名を聞いたエルドは反射的に目をつむっていた。
本当にそんなものがあるとしたら……とんでもないことになる。
エルドは、来るはずの衝撃を待ち受けるが――来ない。
静寂のまま。
違和感を感じ、恐る恐る目を開ける。
すると、
「は?」
エルドの眼前には漆黒が広がっていた。
(一体、何が――)
視力が奪われた?
いや、違う。よくよく目を凝らすと、自分の肉体は確かにある。
そして、不意に声が聞こえた。
「良かった、成功して」
「ッ! ジェネシス!!」
別の方向を見るとジェネシスはまだ立っていて、その手が少しばかり輝いている。
「成功? これで? 第10位階魔法が聞いてあきれるわ。辺りを暗くする魔法? まあ、はったりとしてはそれなりに面白かったけど――」
「はったりなんかじゃないですよ。この魔法は威力が高いとか、そういうのではないので」
「はぁ?」
なぜか安堵している男。
その反応はまるで、己の魔法が成功したような雰囲気で。
エルドは目の前の愚かな男に言い聞かせるように空を見上げた。
「いい? ここら一帯は私の魔法の支配下に……」
が、次の瞬間。
空を見上げたエルドは、言葉を失っていた。
おかしい。今日は満月だ。
エルドの第8位階魔法魔法は月の魔力を使用する。だからこそ、満月を選んだ。
なのに。それなのに。
「……新……月?」
はるか上空にあるはずの月の光が全くない。
このとき、エルドは理解した。
辺りが暗くなったのは、月の光が届かなくなったからだ、と。
「そう、これが第10位階魔法。月の聖なる魔力を用いてあらゆるアンデットを浄化する、対アンデット用の最高位魔法」
「ちょっと待って、アンタ……それ……!!!」
わなわな、とエルドが震える。
遅れて気がついた。
仮面の男が光っているのではない。
男の手には、光る球体。それが光を放っているのだ。
「ああこれ?」
何でもないことかのように、男がヘラヘラ答えた。
「濃縮還元された月の魔力です」
「は?」
「月を一時的に新月状態にして、その月の魔力を魔法として使用するんですよ。まあ、そうテキストに書いてありました」
耳が、理解を拒否する。
理解不能。それに尽きる。
こいつ、本格的に何を喋っているのだ? という感覚。
月、夜空にあるあの月を?????
一時的に新月状態にする?????
そんな規模の魔法があり得るのか。
そんな魔法、存在して良いのか。
「ぶっつけ本番だったけど、いやあ何とかなるもんですね」
狂っている。
聞いているだけで、頭がおかしくなりそうな話の規模。
完全に、この男イカれている。
自分が上手く誘い込んだ???
いや、そうじゃない。
刹那、エルドは悟った。
自ら死地に踏み込んだ獲物は、まごうことなく自分のほうだったということに。
男の手のひらが、一層光を放つ。
「じゃあ、これで終わりですかね――『汝の身に祝福を、我が手にありしは、至高の領域』」
深紅の魔力と対をなすかのような、青白い魔力が、螺旋を描きながら収束していく。
『灰は灰に、不死者には浄化を』
そして。
まばゆい光の本流が、天へと昇ってゆく。
それと同時に放たれる、法外なほどの、魔力の爆発。
エルドの眼前で、光が爆ぜた。
『今、周くすべては我が身の元に――
◇
気がつけば、エルドは倒れていた。
聖堂はすっかり崩れ落ちており、ほとんど外観が残っていない。
「……まったくほんと、馬鹿げているわね」
はるか上空を見上げれば、月は元の光を取り戻しつつあった。
もう魔力はすっからかんだ。
そして同時に、周囲にはアンデットの気配もない。
恐らく、男の魔法がすべてを消し去ったのだろう。
男が近づいてくる。
だが、不思議とエルドは爽やかな気分だった。間違いなく、魔法の深淵に触れた。
……まあ、相手が高名な
「……好きにしなさい」
男がエルドの前に立つ。
ふと、この男は何をしに来たのだろうか。という疑問がエルドを襲った。
……まあいでもいい。考えても仕方ないことだ。
「あんた、相当の才能ね。まあ、高みを見れたわ」
そう、ここで死んだとしても魔法使いとしては立派な死だ。
もはやエルドの胸にジェネシスへの怒りなどはなかった。
あるのは、圧倒的な魔法を持った男・ジェネシスへの賞賛。きっとこの男も、必死に努力を重ねてきたのだろう。
その時。男の仮面も限界を迎えていたのだろう。
仮面が落ちる。
(最後に目に焼き付けるとするわ、ジェネシス。最高の魔法使いの顔を――)
「ん?」
……おかしい。
エルドは目をつむって、もう一度、そっと目を開ける。
おそらくその前には最高の魔法使いが……いるはずなのだが。仮面の下の素顔は、思っていたよりも遙かに若い。
……というか、その顔にエルドはもの凄く見覚えがあった。
「……王国の……ランドール家のガキ???」
ニヤニヤ笑う少年は、ランドール家のウルトス。
エルドがつい先日、罠にハメたはずのガキだ。
「いやー、好きにしていいとはありがたい。こっちも貴女のおかげで、だいぶ苦労したので」
ニコニコ笑う少年。
が、その笑みを向けられたエルドは、とてつもない速度で嫌な予感を感じていた。
「ありがとうございます。誰かさんに変な疑惑をかけられたせいで、非常に困っていましてね。ちゃんと付き合ってもらいますよ」
「な、何する気?」
「リエラ、手はず通りに」
こちらの質問には答えない。
男がなぜかメイドを呼ぶと、どこからか外見の良いメイド……が、すぐに現れた。
「じゃあ。この杖も貸してもらいますね」
なぜか没収される杖。
……もはや、先ほどまでの爽やかな敗北感など光の速さで消えていた。
「さて、今宵のフィナーレといきましょう」
気がつくと、男の目は深紅に染まっていた。
そして薄々、エルドは理解し始めていた。
「好きにしなさい」という単語を言ってしまったのは、我ながら、とんでもないミスなのではないか、と。
「アンタ……一体何を……!!」
――――――――――――――――――――
ちゃんと3日おきに投稿しております……
エルド
→爽やかに敗北感を感じたが、嫌な予感がしている。名前がなんだかバルドと似ているような気がしなくもない。
★宣伝
クズレス・オブリージュ第1巻発売中!
最近カッコいい系の悪役貴族ものがラノベ出て始めて一瞬脅威を感じたけど、まあ、『クズレス』とはどう考えても客層被らないだろ……と冷静になりました(果たしてそれでいいのか)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます