第55話 18禁ゲー世界で生き残る男


 ゆらりと幽鬼のように立つ仮面の男。


「は?」


 最初にその言葉を耳にしたエルドの胸を襲ったのは、驚き――そして怒りだった。


 ついに狂ったのか?

 だって、あり得ない。


 ――。それは伝説上の魔法である。


 世の魔法使いたちが追い求める、至高の領域。

 何百年もの間、人々が探し求めていた魔法の極地。


 その辺で知られているような簡単な呪文などではない。第1位階や第2位階のように、もう研究されつくし、一定の法則が確立されているような領域ではないからだ。

 

 難易度は想像を絶する。

 そもそも呪文は? 何を唱えれば正解なのか? それが発動する条件は? 


 例えば、エルドが今回発動させた第8位階死霊魔法――『楽園堕とし』とて、何年もの研究の末にやっとたどり着いた。


 高価な触媒を使用し、それを1週間掛けて、大規模な儀式とする。

 月の魔力を媒介にしているので、月が満月の時にその効果は最大限となる。


 そう。そんな緻密な積み重ねをずっと行ってきたのだ。 

 才能あるものがすべてを投げ出してようやくたどり着ける魔法。


 そんな自分をしてもたどり着けないのが、第10位階魔法である。


 それを、こんなぽっと出が??

 


「ずっと考えていたんだよな。お風呂で好感度を上げるのには失敗した……けど、この世界のシステムはどこまで自分が知っているのと同じなんだろうって」


 何を言っている??? お風呂????


 男は場違いなことを言っている。

 否定するのは簡単だ。


「でも、魔法は法則なんだよな? 同じ条件であれば、同じ結果を生む。なら。俺ににもきっと、できるはず」


 空気が変わった。男は中心に、小さく風が吹いている。


 ようやくここに来てエルドは、警戒を始めた。


 ぶつぶつとつぶやき、ふらふらと立っているのもやっとな男。


 が、何かがおかしい。

 なぜ、自分はにここまで恐怖を感じているのか。


 ――まさか、本当に第10位階魔法が使える?


 その想像が浮かばなかった理由は簡単だ。


 基本的に、魔法使いは前線で戦闘をしない。 

 魔法使いは、魔法を磨く時間に費やすのものであって、肉体を鍛えるアホはいない。 

 どこの世界に、アンデットを己の肉体でなぎ倒し、その上で、エルドすらもたどり着けない魔法を使用できる戦士がいるというのか。


「デス・クラーケン……!!!」


 もうダメだ、この男はどこかおかしい。

 他のことはどうでもいいから、今だけは――今だけはこいつを始末しなくては。


 エルドがそう叫んだのと同時に、異変が起きた。

 エルドの足下にある魔方陣が、鈍く光り始めたのだ。

 ……いや、その表現は正確ではない。


「魔法陣が上書きされている……!?!」


 深紅の魔法陣が塗り替えられ、蒼白い光を放ち始めるのをエルドは呆然と見ていた。

 元々あった文様が次々に姿を変え、置き換えられている。 

 聖堂を、青白い光が包み込む。深紅の魔方陣がのまれていく。


 幻想的とも言える光景。


 が、理解できない。こんなのは知らない。


 エルドが男を止めようとした、次の瞬間。


 魔法陣が止まった。

 そのまま爆発するかのように、より光が強くなる。


 嘘だ。やめろ、まずい。


 もはや、エルドの中から怒りなどはとうに失せていた。

 あるのは、恐怖。そして、焦り。


 唐突に第10位階魔法を行使する人間が現れる???

 質の悪い冗談だ。 

 伝説上の魔法。各国は荒れるだろう。間違いなく、世界の均衡が壊れる。


 そんな存在が、いていいはずが――


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 絶叫。

 デス・クラーケンが光り始めた魔方陣ごと、男を叩き潰そうとして――


 

 ……はあ。


 正直言って、ギリギリの賭けだった。

 エルドを、アンデットごと普通に倒せればそれでよし。


 もし仮に倒せなかった場合、どうするか。

 そこで思い浮かんだのが、ジーク君が『ラスアカ』で、王都に侵入したエルドを倒した方法である。


 原作開始後の話になるが、ジーク君と仲間たちは、アンデットパラダイスになりつつある王都で、地下に広がる秘密の巻物的なアイテムを必死に集める。


 なんと。

 そこに書かれていたのが、第10位階魔法の呪文である。


 そして、とうとうエルドに追い詰められたジーク君一行は、誰も成功させたことのない第10位階魔法を発動させる。


 ……これは後でわかることだが、実は、【空間】の属性は最初の属性であり、なんと【空間】の属性をもつ主人公やラスボスは、第10位階魔法を発動させることができるのだ。


 という、まあ、いかにも主人公を優遇させるようなトンデモ設定が存在しているのである。



 ここで、ふと俺は思った。

 ? と。


 原作では、【空間】の属性を持っていることなんか誰も知らなかったが、たしかにウルトスも設定的には主人公、ラスボスと同じく、【空間】の属性を持っている。


 かすかな希望。


『ギリギリの賭け』と言ったのは、こういうことだ。


 そもそも、この世界のシステムは、ラスアカとは違っているかもしれない。 そんな状況で、ゲーム内の裏設定にすべてを賭けるだなんて狂っている。


 が、どうやら俺は賭けに勝ったようだ。


 ――エルドは同意した。

『魔法は法則。同じ条件であれば、同じ結果を生む』と。


 魔法のプロが、そう言っている。だからこそ、俺は命を懸けた。


 どうせ、エルドの策略のせいで王国側にもムダに疑われてしまっているのだ。


 このまま行けば、モブ生活は破滅確定。


 なら、命を賭して懸けるしかないじゃないか。


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 エルドの絶叫。

 デスクラーケンの、まるで巨人の一撃のような巨大な触手。

 それが、唸りを上げて迫ってくる。


 もう、避けきれないだろう。そんな余力もない。


 が、俺の方は、すでに準備は完了している。

 

 たしかに、不安や不満がないわけではなかった。


 第10位階魔法は主人公が使うものだろ、とか。

 だいたいなんで、主人公パーティが力合わせて闘うべき敵が今この場で暴れているんだよ、とか。


 たしか設定的には圧倒的な力だったな、とか。ちょっと詠唱が厨二病っぽかったな、とか。


 まさかジャッジメント計画がこうなってしまうとは、とか。


 不安材料は山ほどある。

 

 うん。まあ、でも仕方ない。


 俺は、ジェネシス。

 そう。だって、俺は。


 この狂った世界を。


「――使



 だから。これで、終わりだ。


 ――眼前に迫り来る死。絶体絶命の窮地。


 しかし成功を確信した俺は、穏やかな気分でつぶやいた。



「第10位階魔法、発動」と。




――――――――――――――――――――――――――――――――――


ウルトス

→華麗にサブタイトルを回収する様子はまさに主人公。





最近の増えてきた悪役転生ラノベの主人公「クールな主人公が王道路線を歩む! カッコいい技! 華麗にヒロインを救う!」

作者「おぉ、かっこいいなあ。勉強になる」


うちの主人公「原作主人公(女の子)を男だと思い込んで結果的にセクハラ! 原作主人公の前で死んだふりをしてメンタルにダメージを与える!」

作者「……うわぁ」


そんな全然クズを脱却できていない、『クズレス・オブリージュ』第1巻発売中です









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る