第54話 法則
――触手が動き、聖堂を揺るがす。
この世の常識では有り得ない破壊。圧倒的な暴力が、大地を薙ぎ払う。
「言わんこっちゃないわね。これこそが、魔法の強さよ」
エルドは己の杖を弄びながら、目の前の光景を眺めていた。
魔法使いは杖を媒介として魔法を行使する。エルドほどの魔法使いともなれば、その杖とて死霊魔法に特化した作りとなっている。惜しげなく最高級の素材を使った逸品。
これを売るだけで普通の人間なら二十年は暮らしていけるだろう。
そして、そんなエルドの魔法で呼び出された魔物と仮面の男の力の差は歴然だった。
「あらあら、随分とみすぼらしい姿になったわねえ」
嗜虐心がエルドを包み込む。
あれほどの猛威を振るっていた仮面の男・ジェネシスは、すでにボロボロだった。
かなり巧妙に避けていたようだが、そもそも相手にしているのは、エルドの手駒の中でも絶対の信頼を置く対剣士用の魔物。
剣で斬られようが、ハンマーで叩かれようが即座に再生する。
その代わりに魔法への耐性は持っていないが、そもそもこちらに対し有効な魔法を持っていないジェネシスとの相性は最悪だろう。
「ふうん、でも、この子相手にはよく持った方ね」
全身に傷を負い、それでもよろよろと男が立ち上がる。
仮面はすでにひしゃげ、内蔵も何本かイっているはず。
もはやエルドの目の前にいるジェネシスは息も絶え絶えだった。
そして、ついに。
――カランとジェネシスの手から、剣がこぼれ落ちた。
勝った。
完全なる勝利。
「終わりね」
エルドの口元が、鋭く釣り上がる。
こちらの体勢は万全。
ついに召喚したデス・クラーケン。
それに散々目の前に手こずらせられはしたが、それでもなお、こちらはまだまだアンデットを召喚可能。
(そもそも、この私が動き出した以上、もはやこの魔法は止められないわ)
それにしても、なんたる甘美な瞬間。
人の心を折るというのは、なんと美しいのか。
帝国には王国に侵攻をしかけた次いでに「ジェネシスも葬った」と言っておけばいいだろう。どうせ、この後も『楽園堕とし』の効力は続く。
この都市は終わりだ。そして、そもそもエルドの目的は別のところにある。
――苦節、十年肉体の成長を止めてまで魔法の研究に勤しんできた。
それもすべては、至高の領域。
第10位階魔法のため。
今回の発動させた第8位階魔法の研究結果を元に、帝国からの金を受け取り、そしてさらなる高みに至る。その道中、誰がどうなろうと知ったことではない。
エルドは杖を振るった。
男を触手が囲む。もはや逃げ切れない。
「仲間でも連れてくれば良かったのかもしれないのにね。さて、と。中々素体は良さそうだったからアンデットにしてあげても――」
この時、エルドは間違いなく勝利を確信していた。
剣士が剣を捨てる。己の唯一の武器を投げ捨てた。
この状況、あのジェネシスといえど、こんな絶望的な状況で一体何ができるというのか。
笑みを浮かべたまま、最後の命令を下す。
勝利への確信。
己の魔法への絶対的な信頼。
だからこそ、エルドは気が付かなかった。
そもそも、なぜ、この状況下でジェネシスが自分に挑んできたのかという事実に。
「1つ、聞いてもいいか?」
「は?」
「……魔法は法則だよな? 同じ条件であれば、同じ結果を生む……それで合っているんだよな」
「今更何かと思えば、魔法の授業でもしてほしいわけ?」
ただ、ニヤリとエルドは笑った。
「そうね。当たりよ。魔法とはこの世界の法則を明らかにする技術。アンタたちのように剣を振り回すだけの低脳には、理解し得ない深淵よ」
「そうか、なら良かった」
「――は?」
予想もし得ない返答に、エルドの動きが止まった。
いや、止まってしまった。
――このとき、エルドは理解していなかった。
仮面の男にあって、エルドにないもの。
それは、勝利に対する執念。
自分の命を天秤に掛けてでも、勝利するという飽くなき欲求。
おそらく、エンリケであれば気がついただろう。
歴戦の戦士たるレインも、クリスティアーネも気がつけたはずだ。
だが、エルドは気がつけなかった。
今まで絶対的な勝利を収め、誰よりも冷静なエルドは気がつかなかった。
「いやいや、良かった。これで唱えられる」
「何……を?」
追い詰められた敵が、最も恐ろしい。
ふらふら、と立つのもやっとな男を見て、エルドは予想しえなかった。
武器を捨てたはずの仮面の男が、未だにまったくもって勝利を諦めていないことを。
「――第10位階魔法を」
―――――――――――――――――
ウルトス
→絶体絶命のクズ系主人公
エルド
→強大なるメスガキ魔法使い。他人を見下しがち。フラグ建築が上手いとも言う。
デスクラーケン君
→打撃/斬撃に耐性を持つ強力な魔物。剣士系統では対策が必須になるレベル。急に呼び出された割には頑張っている。
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