第51話 この期に及んで



 

 帝国の魔法使い、『漆黒』のノヴァクは不吉な予感に襲われていた。


 エラステア、城内。

 ここは、もはや帝国の支配下にあり、第8位階魔法――常人の域を超えた魔法の発動により、敵などいない。

 

 ……はずだったのだが。

 

「なぜだ?」


 【探知】の魔法でアンデットの存在を感知しているノヴァクは、先ほどから城の中の異常さに気がついていた。

 

 アンデットが消えつつある。

 それも、急速に。


 何が起こったかわからず、辺りを見回す。

 

 付近に怪しい影はない。

 しかも、城内に残っているアンデットはリッチなどの上級アンデットばかり。


 王国側に魔法を使われた? 

 いや、それにしては魔法を発動した気配もない。


 そもそも相手が侵入してきているなら、リッチたちも魔法で応戦できるはずである。


 手掛かりといえば、先ほど風切り音が聞こえたくらいか。


 ――まただ。


 また同じように、シュンと空気を裂く音が聞こえる。


 そしてまた1体とアンデットの反応が減っていく。

 意味がわからない。

 

「一体、何が……!」


 意味不明の事態に、ノヴァクは走り、たまらず開けた場所に出た。

 そして、そこで目にしたのは――


「……は?」


 呆然と立ち尽くす。

 何が起こっているのか。

 

 ノヴァクの目の前には、無残にも倒されたリッチが、まるで小さな山のように折り重なっていた。

 いや、倒されたなどという生やさしいものではない。

 

 心臓部に綺麗に丸い穴が開いている。

 完膚なきまでに、リッチが壊されている。

 

「一体……どういう魔法だ?」


 絶句する。

 

 謎だった。

 魔法を唱えた形跡が一切ないのに、城中のアンデットが根こそぎいなくなろうとしている。

 

 そして次の瞬間、ノヴァクは冷や汗を感じた。

 

「……おい、お前たち?」


 リッチの山の奥の方にはもう1つ山があり、そこには帝国の兵士たちが置かれていた。

 見たところ、息はある。ギリギリ生きているらしい。


「……なぜ?」

 

 一体、どういう方法で。


 これだけのリッチと兵士を相手取り、いや歯牙にもかけていない。


 おそらく、相手の実力は想像を絶する。

 こんなクラスの強者が出てくるなんて、まったく聞いていない。

 

 ――シュン。

 

 そして、また風切り音が聞こえた。

 依然、魔法を使ったような形跡はない。

 

 ――シュン。


 また近づいてくる不気味な音。 


 いや、この音は、きっと自然現象で――


 だが、ノヴァクが己を納得させようとした瞬間、後ろのほうからまだ若い声が聞こえた。


「これはアンデット……あーいや、すごい顔色悪いけど、ギリギリ人間か」

「は?」

「じゃあ峰打ちにしておきますね」

 

 何も緊張感も感じられない口調。

 そのまま後頭部に衝撃を受け、ノヴァクは意識を失った。

 

 そして、薄れゆく意識の中。


 そういえば、とノヴァクは思う。


 魔法を唱えた気配は一切しなかったが……あれだけのリッチを物理的に叩き潰せる方法はたしかにある。

 

 単純な話だ。

 使


 あの風切り音は、単に移動する速度が早いだけではないか。

 あの破壊痕も単に武器でもって、リッチを壊していただけではないか。

 

 一切魔法を使わずに――


 それは魔法使いのノヴァクにとって、一番あり得ない可能性だった。

 

 魔法を使われる前に、速度で圧倒する。

 

 もちろん、それは魔法使いを相手にするならベストな選択肢。

 だが、言うは易く実行するのは難しい。


 そんなの魔法詠唱者の側もとうにわかっているからである。


 しかし相手は、尋常ではない移動速度でリッチを壊して回っていた。


 魔法で探知されるよりも、早く。

 それも、機械のような正確さでもって。


 あり得ない。

 そんなわけがない。


 魔法という人類の英知が効かない。

 魔法という武器が通用していない。


 もしそんなのが、いたとすれば。

 

「ばけ……もの」






「ふぅ」


 ホテルで今後の方針を決めた俺は、城から脱出した道をたどって城内へと侵入していた。

 その最中に、ちゃんとリッチと帝国側の人間を倒すのも忘れない。

 

 床にうずたかく積まれたリッチと帝国の偉そうな人たち。

 

「やっぱそうだよな……」



 そして、それを見て俺は確信をしていた。


 やはり、と。


「どう考えてもそうだよな」


 やはり――


 、と。



 そう。

 そもそも俺やエンリケは原作だと、お荷物になる程度の実力である。

 

 だが、今回のリッチは最初からだいぶおかしかった。

 リッチはそれなりに強い魔物で、俺やエンリケ程度だと絶対に勝てないはずが、俺がジーク君の身代わりとして戦ったリッチには、あっさりと勝ててしまったのである。


 つまり、どう考えても弱すぎる。

 あまりにも。


 そして、あろうことか、あの貧弱な中二病・エンリケも城から脱出する道中、普通にあっさりとアンデットを倒していた。

 あんな見るからに弱そうで序盤に偉い顔しているのにすぐ死にそうな男が、普通に対抗できてしまっている。


 ここから導き出される結論。


 それはつまり――

 

「原作よりも弱いな。間違いなく」

 

 一人でつぶやいて、納得する。

  

 理由はよくわからないが、ここで召喚されたアンデットたちは、『ラスアカ』の作中のエルドによって召喚されたアンデットたちよりも、遙かに弱い可能性がある。

 

 ……本当は数年後に発動する魔法なのに、早めにやりすぎたせいで思ったよりも召喚したアンデットが弱い、とか?

 

 おそらく、そうだろう。

 というか、そうに決まっている。


 ……エルドは原作チート主人公のジーク君が、まともに勝ちきれなかった敵。


 もし作中で『楽園堕とし』が発動したのと敵の強さが完全に同じだったら、あの中年中二病がこの状況下で、のこのこ生きていけるはずがない。


「まあ、行きますか」


 気を取り直す。

 とりあえずここまでが第一段階。


 アンデットは思っていたよりも弱く(たぶん)、エルドは弱体化している(おそらく)


 なら、


 だからこそ俺は城内の敵は俺1人で片付け、場外のことに関しては、2人にまかせておくつもりだった。


 表の顔もあり、本性を除けば一見まともに見えないこともないグレゴリオには、ジーク君とレイン、そしてクリスティアーネなどが集結している場所に向かわせておく。


 言うことを聞いてくれるのか不安だったが、本人は、「フッ、トリニティ始めるぞ」と、などと、部下の黒い鎧の人たちに言っていたので、問題はないだろう。


 ……正直、扱いに困ったのがエンリケである。

 あの男に関しては、あまり人前に出てほしくない。


 というわけで、エンリケには、ジーク君たちがいるところとは逆方向に行くように適当に指示をした。


 本人は、

「カッカッカッカ! おいおい、俺を死地に向かわせるなんざ。坊ちゃん、扱いが悪すぎるだろ」

 などとこれまた臭いセリフを言っていたが、


「お前ならやれるはずだが」と、俺が冷たく言い放つと喜んでいた。

 

 中二病に加え、ドMとは……。  

 エンリケ、ますます救えない男である。


 ……まあいいか。

 最悪、エンリケに関しては、別にアンデットになっても別に何の問題もないような気がしてきたし。

 

 うん、困るやついないだろ。





 そんなことを考えながら、城の中心部に向かう。


 城の中心部の大聖堂。

 重厚な扉は何かを誘うかのように、開けっぱなしになっている。


 生暖かい空気の中。

 ピリピリと肌が粟立つのを感じる。


 間違いない。

 俺の感覚は、こう言っていた。


 ――第8位階魔法の中心地はここである、と。


 聖堂の中は開けた空間になっていた。

 

 従来は、壮麗なステンドグラスが月の光を受けて輝くはず。


 が、しかし、床には綺麗な内装に似つかわしくない、漆黒の巨大な魔方陣が描かれていた。

 その構成は複雑で、幾重にも文字が重なっている。


 そして、そのちょうど中心には――


 少女がいた。

 見た目だけなら、こちらと同じくらいの歳だろうか。

 

 美少女、と言っても良いだろう。いわゆるゴスロリのような服装。

 ただ、そのたたずまいは、挑発的なオーラを感じさせる。


「あら。あの使えない弟子が『リッチの数が~』とか言って大慌てで出かけたかと思えば」


 ――死霊魔法使い、エルド。

 そういったエルドが座ったままに、こちらを向く。


「誰かと思ったら、ご本人登場ってことかしら? まさかアンタも来ていたとはね、ジェネシス」

「つい、さっきまで登場する気はなかったけどな」

「ふぅん」


 というか、こっちはいやいや呼び出された側である。

 こちらを品定めするエルドの目線はあくまで冷たく、そして見下すような雰囲気すら醸し出す。


「というより、思ったよりも若いのね。 だいぶ年上かと思っていたわ。当てが外れちゃった」

「悪いが、話に付き合うつもりはない」

「なぁんだ、つまらない男ね」


 剣を構える。

 持てるだけの魔力を注ぎ込む。


 出し惜しみなどはしない。 

 なぜなら、いくら原作よりも弱体化しているとは言え、相手はそれほどの敵だから。

 

 ――【女教皇】。


 その意味は、知性。 

 すなわち、魔法の深淵を極めし者。


 


「あら、やる気なの? 魔法が成功して気分が良いから、今なら見逃してあげてもいいけど――」


 魔力を全身に纏わせる。

 肉体が歓喜に震え、五感のすべてが活性化される。


 そして、逆だ。


 こっちはお前のせいで、原作主人公と友情を深めるだけの楽な計画がパアだ。

 今頃、のんびりベッドで寝る予定が、何の因果かアンデットが無限に湧く街で必死に走り回る羽目になっている。


 だから。


「この期に及んで」


 俺は一気に踏み込み、

 

「――見逃すわけないだろ?」


 世界が、加速した。




―――――――――――――――――――――――――――――


エンリケ

→本人は理想の主従だと思っているが、当の坊ちゃんからは「こいつがアンデットになっても困らないだろ」くらいの扱い。多分泣いていい。




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ここから3日に1回くらいの投稿ペースにもっていければと思っています!

感想もお待ちしています。

「バカあほ」とかでもいいので、書き込んでもらえるとモチベーションになります



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