第48話 




「主よ、ご決断を!!」


(――


 意気揚々と、グレゴリオは口にした。

 己の策は必ずや受け入れられるであろう、と信じて。


 考えてみれば、ここまで長かった。


 この街に置いて、常にグレゴリオはウルトスを支えようとしてきた。

 嫌がる王国側の会議参加者を宥めすかし、会議にウルトスを招待したり(なぜか主は来なかったが)、夜のパーティーに主を呼んで接触しようとしたり(なぜか主とはパーティーで会ってくれなかったが)。


 しかし、それも今夜まで。

 突如として放たれた帝国側の一手。


 グレゴリオとて、帝国がこのような直接的な手段に訴えるなどとは思っていなかった。


 が、グレゴリオは、外を眺めるウルトスの後ろで、笑みを隠しきれなかった。




 すべては主のため。

 王国中央騎士団やレインは、アンデットを抑えるのに必死。

 しかし、精強を誇る彼らとて限界はある。


 つまり、その均衡はすぐにでも打ち破られるだろう。


 そうなる前に、騎士団・および邪魔者を犠牲にして、逃走。


 (……これぞ、最上の一手……!)


 そうして、グレゴリオが己の勝利を確信した瞬間――


「……ッ!」


 ふと、部屋の中を突き刺すような魔力が襲った。





 反射的に、身体が強張る。


 グレゴリオは魔法使いや戦士ではない。こと戦闘力に関しては、一般人並だ。


 だが、そのグレゴリオですら、目の前のウルトスから放たれる魔力の異質さを敏感に感じ取っていた。


 ――魔力の質。


 外に漂うアンデットの薄気味悪い魔力ではない。


 もっと別の魔力。もっと凶暴な何か。


 ただ、大きいだけではない。

 ただ、荒れ狂うだけの魔力でもない。


 だがしかし、なぜこんなにも寒気を感じるのか。


 そう。

 例えるなら、まるで一太刀の刀を喉元に突き付けられたような。

 

 それはまさしく極限まで研ぎ澄まされた、戦士の魔力。

 

「……カッカッカ」


 横にいたエンリケが笑みを見せる。


「いや、あの魔力を見ればわかるぜ。坊ちゃんめ、やっと本格的に動き出すつもりだな」

「は?」

「まあ、見てな。ああなった坊ちゃんは――誰にも止められねえ」





 その言葉に呼応するように、ウルトスが振り返る。




「――グレゴリオ。


 月光を、月明かりを背にしたウルトスは、普段通りの笑みを浮かべながら、こう告げた。


 グレゴリオは、もはや固まっていた。

 

 穏やかなウルトスの笑み。


 おそらく、普段は意図的に魔力を隠していたのであろう。

 本来の魔力を纏ったウルトスは穏やかにその場に立っている。


 が、


「――狩りの始まりだ」


 完全に、この街はアンデットが猛威を振るいつつある。その中で逃げるでもなく、逆に『狩る』?


「一体、何を……!」


 一体、このお方は何をしようとしているのか。

 グレゴリオは震える声で、問いかけた。


「ああ、そうだな。みんなにやってもらいたいことがあってね」


 そうして、ウルトスの口からとある計画が告げられ――









「――は?」


 計画を聞かされたグレゴリオは、うめき声をあげた。


 あり得ない。正気じゃない。

 ちょっと待て。

 

「本気で、仰っているのですか……?」


 動揺をこらえ、目の前のウルトスを見る。

 普段通りの笑み。普段通りの表情。


 が、しかし。

 どう考えても、狂っている。まごうことなく、狂っている。


 しかし、そんなイカれた発言をしたはずの張本人は、この場で誰よりもにこやかだった。


 そして、この時、グレゴリオは理解した。


 ――ダメだ。スケールが違う。


 この状況。普通に逃げ出せば、それは確かに生存率が高いのだろう。

 こんな計画、正気とも思えない。


 だが、


「本当に、やるおつもりで?」

「そうだな。まー、でもこうでもしないと色々まずいし」


 はっはっはっ、と。

 ウルトスの軽い笑い声が聞こえる。


 ――まるで散歩に行くかのような口調で、とんでもないことを言い出した男を、グレゴリオは呆然と眺めていた。







「じゃあ、手はず通り頼む。こっちは先に行ってるから」


 そう言い残し、ジェネシスは窓から去って行った。

 リエラ、と名乗るメイドも準備をしに去って行く。


 2人残された室内。

 グレゴリオはもう一人の男に声をかけた。


「時に『鬼人』君。」

「あぁ、何だよ?」

「元Sランク冒険者から見て、この状況はどうだい?」


 エンリケ。

 グレゴリオもその名は聞いていた。


 誰にもなびかず、己の闘争本能のままに暴れる、孤高の男。


 ――【鬼人】、【戦鬼】、【暴君】。


 その二つ名は数知れず。

 あまりの強さゆえに冒険者ギルドですら扱いきれなかった、元Sランク冒険者にして、『人の領域を超えし者』。


 こうして横にいても、その強さは伝わる。

 野性的な勘に、危険なまでに戦いを求めている。 


「まっ、状況としては最悪の一言だな」


 そんなエンリケが首を鳴らす。


「坊ちゃんは『第8位階魔法』とか言ったが……どう考えてもまともなやつだったら撤退一択だ。全く……いい貧乏くじだぜ」

「第8位階魔法とはそれほどのものなのかい? あいにく魔法には疎くてね」

「ふん、机の上で悪巧みばっかしてるからそうなんだよ。色男」


 が、そう言い放ったエンリケがニヤリと笑う。


「正直、ヤベえなんてもんじゃねえぞ。無制限にアンデットが生み出される、だぁ? 俺ですら、お目にかかったことはねえ。まず物量が違うからな。おちおちしてたら、この街のやつらごと全員アンデットになってお陀仏さ」

「ふむ。私たちも、十分危機的状況……というわけか」

「ま、高等位階魔法なんて面倒くせえから、俺だったら間違いなく詠唱完了前に術者を殺している……が。まあ、逆を言えば、またとない機会だ。だいたい高位の位階魔法の発動まで見て生き残っている奴はレアだからな。坊ちゃんの言葉を借りれば、『こんな楽しい状況はない』ってことだ」


 カッカッカ、と楽しげな様子で笑う鬼人を、グレゴリオはあきれながら見つめた。

 なるほど。かなり自分たちは追い込まれた状況にあるらしい。


「……まったく。本当にイカれているよ、君たちは。絶対に逃げた方が楽だというのに」

「お互い様だろうが。てめえも、計画を聞いた瞬間からニヤついていたくせによ」

「フン……まあね」


 それほど、衝撃的だった。


「――まったく。後方支援は全てこちらに任せて、たった1人で敵挑む、なんて」






 ――今まで何をしていても退屈だった。


 だからこそ、グレゴリオはギルドを作った。

 他でもない自分のために。


 ただ、それでも「楽しい」という感情が、芽生えなかった。


 市長となり、権力も手に入れた。

 闇ギルドを陰から動かし、勢力も盤石になった。

 


 それでも、心の渇きは一向に癒えなかった。



 だが、この状況はどうだろう?

 グレゴリオは、喜悦を抑えきれなかった。


 人の領域を超えしSランク冒険者ですら、危険を感じる状況。

 城では、敵国の魔法使いによって伝説級の魔法が発動し、外は今にもアンデットで溢れそうになっている。


 そんな状況でグレゴリオのような凡人は、逃げることしか考えていなかった。

 

 だが、ジェネシスは言った。


 ――これは狩りだ、と。


 つまり、自身には向かうものは、王国だろうが帝国だろうが、構わず叩き潰す、ということ。


 これこそが、ジェネシスのありかた。


 そして、自分の命すら危険な状況で、あれほど平然としていられる人間をグレゴリオはこれまで見たことがなかった。


 まるでこの絶望的な戦力差で勝てるつもりでいるかのように不敵な笑みを浮かべてみせるあの仮面の男に正気があるなど、いったい誰が言えるというのか。


 グレゴリオのような、生半可な甘い狂いっぷりではない。


 まさしく、真正の怪物。

 時代の傑物。覇王。


「本当に……よかった」


 グレゴリオは思わずつぶやいていた。


 痺れるほどの感覚。

 ゾクゾクする。この高揚感。


 ――最高だ。


 きっとこんな感覚を、こんな状況をずっと自分は心待ちにしていたのだ。


(……本当に、この人に付いてきてよかった)


「さあて、こっちも始めるか。せいぜい派手に盛り上げるとしようぜ、市長サマ」


 武器を取ったエンリケがこちらに呼びかける。


「こう見えて、ここ最近は地下牢暮らしだったからな。アンデット相手も悪くねえ。運動不足解消と行こうか」

「フン……良く言うよ。さっさと助けてほしいと頼めばいいものを」

「うるせえぞ!」

「……まったく」


 だが。そんな男に呼応するかのように。


 グレゴリオも薄く嗤った。


「ホント――最高ですよ……我が主……!!」



 普段の爽やかな表情をかなぐり捨てて。




――――――――――――――――――――――――――――――――――


グレゴリオ、エンリケ、リエラ

→「(((きっと何か考えがあるんやろうなあ……)))」


自分の利益しか考えず問題をまったく認識していなかったクズ

→「………………」




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