第47話 来い来い来い来い来い来い来い来い



 ……おかしい。

 この世界は間違っている。


「――彼ら全員には囮として頑張っていただきつつ、ここを脱出しようじゃありませんか」


 耳を疑う。

 今、後ろから最低最悪の作戦が聞こえた気がした。


「ああん?」


 グレゴリオの発言を聞き、すかさずエンリケも唸る。


「それで、どう解決になるんだよ。だいたい脱出できたとしても、後からジェネシス疑惑が持ち上がったら、結果坊ちゃんが疑われることになって意味が無いだろうが」


 エンリケのまともなツッコミ。

 ヤバい、どうしよう。グレゴリオが危険人物過ぎて、エンリケの好感度がぐんぐん上昇している。

 

 ……お前、実はいいやつだったんだなエンリケ。


「いえいえ、簡単ですとも。死を偽装すれば良いのですよ」


 が、余裕たっぷりのグレゴリオの弁舌はとまらない。


「適当に背丈の似たようなアンデットを持ってきて、我が主の服装を着させましよう。あ、もちろん顔面も後から照合されないように念入りに潰しておきましょうか。こうすれば簡単に死を偽装できます。つまり、ウルトス・ランドール少年は哀れにも、この街でアンデットになり、命を堕としてしまったということで……。これでとりあえず、王国の捜査は打ち切られるでしょう。そもそもの本人が不幸にもアンデットになってしまったのですから」


 後ろから、ハンカチで鼻をすするような音が聞こえた。

 グレゴリオだろう。ただ、絶対に確信できる。


 これは嘘泣きである。


 ホントどういう神経してるんだ……この……狂人……!!


「……それから坊ちゃんはどうするんだよ」

「決まっているじゃないですか!! 死を偽装し、晴れてすべてから解き放たれたジェネシスは、裏社会の帝王として君臨するのです!!! ひとまず、表社会から姿をくらまし、王国と帝国が争っている間に裏で勢力を拡大させる。クックック……まさしく、混乱の時代。力こそすべての混沌の始まりです!!」


 恍惚とした表情のグレゴリオが、テンションMAXで演説をし終える。


「恐らくあの強大な魔法は、ジェネシスであっても手強いでしょう。であれば、今回はこれが最高の策かと」





 夜空の月を見ながら、後ろから聞こえた話を整理する。


 ……うんうん、なるほど。


 つまり、グレゴリオの策はこうらしい。


 原作主人公ほか、重要人物たちを見捨てて俺が今から急いで脱出。

 もはや疑惑を掛けられてしまったウルトス・ランドール自体の存在自体を抹消して、裏社会で心機一転頑張るぞ!……と。


 後ろからは、「ほぅ、そういう手もあんのか」とか「まさか、ウルトス様がそんなことになるとは!」という声が聞こえてきた。




 ……いやいやいやいや、待て待て待て待て待て待て。


 おかしい、おかしい

 絶対おかしい。



 この街にいるのは、ジーク君にしろ、レインにしろ、クリスティアーネにしろ後に本編で活躍する重要な人物ばかり。


 それを見殺し????


 なるほどたしかに完璧な作戦だ。

 原作崩壊待ったなし、という最高の欠点を除けば。


 というか、裏社会の帝王……??


 お前じゃん。

 おかしい、原作でグレゴリオがなるはずだった役を押しつけられている。


 しかも、「帝国と王国が争っている最中に漁夫の利を得て、裏社会で名を残す????????」


 ……俺の信条たる「クズレス・オブリージュ」は遙か遠くに行ってしまったようである。


 やることが巨悪のそれだ。悪事のスケールがでかすぎる。  

 もはやモブキャラ、というかクズ悪役を越えて、もう物語の黒幕とかそういうレベルである。


 どうしよう。泣きたい。

 あり得ない。終わっている。


 違う違う違う違う。俺の思い描いていた世界と全然違う。


 なぜ、原作主人公を前向きにさせるためだけの旅行が、余裕なはずの計画が、こんな原作主人公の命と、俺の貴族生命を天秤にかけた事態に発展しているのか????


 しかし、嘆いている余裕もなく、


「で、どうすんだ坊ちゃん!」

「ウルトス様!」

「主よ、ご決断を!!」


 もう時間がない。

 三者三様に俺を呼ぶ声が聞こえた。


 いや落ち着け落ち着け。


 考えろ俺!!


 エルドの魔法はもう発動している。アンデットも、もうすぐ街にあふれ出してしまう。

 俺に使えるのは【空間】の域外魔法と、【変装】の補助魔法。

 

 ジーク君はあの指輪だけだと遅かれ早かれ、負けてしまうだろう。

 グレゴリオの策は生き残れるかもしれないが、ジーク君が死んでしまう。


 ジーク君たちを救いつつ、俺の疑惑を晴らせるような何かが必要だ。


 何か、状況を打破できるような何か!!


 何か何か何か何か何かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い。


 いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!


「……ッ!!!」


 あまりのストレスからか、普段抑えていた魔力が外に漏れ出る。


 絶対絶命の状況。








 ――が。






「……あれ」


 そんなとき。

 ふと頭によぎったのは、根本的な疑問だった。

 

 ……そういえば。


 なぜ、

 そして、この魔法――『楽園堕とし』を


 ドクン、と心臓が跳ねる。


 何か、糸口が見つかりそうな感覚。 


 そして、

 ……いや、ひょっとしてこのアイデア。使えるんじゃないか??


「まさか……」


 ――すべてが、頭の中でつながってゆく。



 いや待てよ。

 できる。この方法であれば、この街を救い、ついでに俺の無実も証明できるかもしれない。


 見つけ出したのは細い細い、一本の糸。


 あまりにも頼りないが、もし仮に、この考えが、この作戦が成功したとしたら。


「……ハハッ」

  

 絶望的な状況に、思わず笑い声が漏れてしまう。

 

 たしかに、イチかバチかである。

 だが、やるしかない。


 なぜなら――



 








「――グレゴリオ。悪いが、その計画はなしだ」


 俺は、そう言いながら後ろを振り返った。


 部屋の中を見る。

 俺の真後ろには月が輝いており、床を見ると月の光が俺の影を際立たせているのが見えた。


「なっ!? ですが、これ以外に方法は――」 

 

 驚愕するグレゴリオ。

 そんなグレゴリオに向けて、俺はにっこりと笑った。


 というか、もう破れかぶれでヘラヘラしているだけだが、こうするしかない。


 ここまで追い込まれた状況。

 ここに来て選択肢はない。


「……一体、何をなさるつもりで?」


 グレゴリオが言葉に詰まる。

 満面の笑みを浮かべるこちらを見て、ここへ来て初めて、グレゴリオの眼に焦りの色が浮かんだ。


 周囲を見渡す。


「リエラ。例の仮面はあるかい?」

「ええ、ウルトス様。実は、こんなこともあろうかと」


 リエラがうやうやしく差し出したのは、例の仮面――ジェネシスの仮面。


 もはや使うことはないと思っていたそれを、顔に付ける。


 懐かしい感覚。


「何をするか……そんなの、決まっているだろう? グレゴリオ」


 手を大きく広げ、グレゴリオに告げる。


「もはや茶番は終わりだ。こんな面白い事態に、逃げるなんてのはつまらない、よな?」

「……は?」

「ここからは――もはや王国も帝国も、貴族も騎士団も、魔法使いも英雄も関係ない」


 静寂が、青白い月光が、部屋を満たす。


「この世界が間違っているのなら、俺が正すまで」


 そう。


 あらゆるクズ行為を滅ぼし、安心安全なモブとしてこの世界を生きる。


 それこそが、目指すべき、正しき世界。


 ――だからこその、



「さて」

 


 俺は口をあんぐりと開けるグレゴリオに向かって、穏やかに、あくまでも普段通りに嗤った。


 もう知ったこっちゃない。

 俺は、絶対にモブ人生をつかみ取ってみせる。


 つまり、ここからは。



「――






―――――――――――――――――――――――――


グレゴリオ

→ウルトス本人が生き残って、邪魔者を全員見捨てるという夢のような策を提示。なおウルトス本人には、めちゃくちゃ嫌な顔をされた。


エンリケ

→頭は悪くないので、的確に状況を把握。『鬼人』の異名はグレゴリオにも伝わっているほど。まともなツッコミ側に回ったので、久々に坊ちゃんからの好感度が上がった。


ウルトス

→主人公らしく発狂……ではなく、カッコよく覚醒を果たした。








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