第45話 最低の交渉
あまり嬉しくもない再会を果たした俺は、城の外へと脱出していた。
地下の牢屋を抜け、そのまた地下を通っていく。
「それにしてもこんな裏道があるとはね……」
「ま、歴史ある城というのは案外、抜け道があるものなのですよ」
なんと城の地下からは外へと出られるらしく、グレゴリオはしれっと逃げ道を把握をしていたらしい。
「まあ世の中何があるか、わからないですからねえ。私のような小市民はこうやって安全を確保するしかないのですよ」
よく言うよ。
俺は隣でペラペラ話す男を微妙な表情で眺めていた。
この男が『ラスアカ』でしてきたことを考えれば、一体どこが「小市民」なのか?
小一時間ほど問い詰めたいものである。
「よっしゃ、あの牢屋ともおさらばだな。やっと暴れられそうだぜ!」
城の外壁辺りでは、アンデットもうろうろしていたが、痛いセリフを吐きながら元気に剣を振るうエンリケにあっけなく倒され。
――というわけで、一旦俺はホテルへと避難をしていた。
グレゴリオが宿泊しているホテルは城から少し離れたところにあり、元いた方向を見ると、城が深紅のドームで覆われているのが見えた。
居心地の良い部屋の中は、外の喧噪など関係の無いかのように落ち着いている。
「ささ、どうぞどうぞ」
グレゴリオに促され、俺たちは渋々と座ることになった。
「表は固めてありますので問題はありません」
俺はいけしゃあしゃあと椅子に座っている男を眺めた。
――【月】のグレゴリオ。
ろくでもない狂人。
自分が楽しめればそれでいいとする生粋の快楽主義者。
こいつは原作でどれだけ緊急事態になろうとも、ヘラヘラ笑って主人公を裏切ったり他勢力に加担したり、と自分にとって都合の良い行動を繰り返していた。
所業だけ見れば立派な悪役なのだが、グレゴリオは見た目だけはいいので最後らへんは許された風を装ってしれっと「最初から主人公の仲間でしたよ」みたいな顔をして無事ハッピーエンドを迎えていた。
……さすが18禁ゲー。節操がない。
顔の良さは生存率に直結するのだろうか。
これじゃあ惨めに死んでいったクズトスがバカみたいでは無いか。
つまり、このグレゴリオは、『ラスアカ』世界で関わりあいたくないランキングがあったら確実に上位には入ってくるクズといえる。
そして。
「……グレゴリオ」
「はい、なんでしょうか???」
俺は表面上、態度と返事だけはいい男にむけて問いかけた。
「そもそも、帝国がなんでこんなことをし始めたかが、知りたいんだけど……わかるかな??」
額に青筋を浮かべながら。
◆
「フフッさすがは我が主。そうですね、実は――」
グレゴリオが語りだす。
なぜか、うっとりしたような眼でこっちを見ながら。
「実は、あのリヨンの一件の後、つまり私が貴方様を見て、自分が本当に求めたものを感じ取った後ですね。事後の準備を整えている私に対し、帝国からの使者がやってきたのです」
「お、おう」
一瞬、意味がわからないやけにポエミーなフレーズが挿入されたような気がするが、まあそれは置き。
……帝国からの使者。
意外に感じたが、よくよく考えてみれば不思議ではない。
グレゴリオはこのまま放っておけば、将来的に闇ギルトのトップとして王国内で力を蓄える危険な野望に満ちた男。
帝国側としても、接触する価値はあるのだろう。
割と理にはかなっている。まあ、俺があったときは、ただの劇団員の集まりだったが。
いや、待てよ。
というかこの流れで行くと――
「ってことは、帝国とのパイプがあるってことだよな??? じゃあそれを使って――」
グレゴリオの口ぶりだと帝国からの使者とこいつは話したことがある。
と言うことは、である。
帝国との交渉経験があるグレゴリオを盾に、帝国側となんとか穏便に交渉。
できれば、この第8位階魔法は原作開始までとってもらって、主人公のジーク君が修行をした後に発表してもらって――
が、しかし。
「無理ですね」
俺の予想に反し、グレゴリオは爽やかに首を振った。
「なんで?」
「いやあ実は。帝国が非常に無礼を働きましてね。こちらの戦力が低下しただの、挙げ句の果ては傘下につけ、だのとふざけたことをおっしゃるものですから……ついにこう言ってしまったんです。『そちらこそ、《明るい夜》の新たなる王――ジェネシスを知らないのか』と」
「は?」
そういえば、俺はグレゴリオから手紙を受け取っていた。
俺のことを新たなる主人とか訳のわからないことを書いていた気ががががががが、、、
「じぇ、ジェネシス? ジェネシスって、俺……のことだよな?」
「はい。我が主以外に、ジェネシス――その高貴なる名前は使ってないと思いますが」
息が荒くなる。
なぜどいつもこいつも、そろってジェネシスの名前を出すのか。
「ぐ、グレゴリオ君。本当はなんて言ったのかな……??」
キョトンとした表情のグレゴリオ。
徐々に嫌な予感が高まっていくのを感じながら、グレゴリオに問いかけた。
グレゴリオは面だけは良い二枚舌のクソ野郎である。そして生粋の煽り屋。
そんな男が帝国相手に、どこまで言ってくれたのか。
「ああ、やはり我が主はお見通しだったのですね……実は、本当の強者を知らない哀れな子羊に、多少の分別を教えてあげようかと思い――ほんの少しだけ、からかいました」
「具体的に言え」
「我々が帝国の参加に降るよりも先にそちらがやるべきことがあるだろう、と言いました。例えば、皇帝自らジェネシスの下に馳せ参じて、その足下で頭を垂れ、ジェネシスの偉大さを理解し得ない己の浅慮を恥じ、ジェネシスの足に忠誠の口づけをしながら帝国のすべてを献上する方が先では無いか、とか」
「……この部屋に頭痛薬とかある?」
ものすごく、ものすごく楽しそうな笑みを浮かべて、グレゴリオが言う。
一方、こっちはパニック状態だった。
こ い つ は 馬 鹿 か??
ムダに豊富な語彙力から放たれた最低の交渉。
まず前提として帝国のほうが国力が高い。
王国内の闇ギルドの『明るい夜』――そもそも俺は主では無い――とは、まさに天と地との差もある。ラスアカの原作だって、帝国と敵対するときには、わざわざ周辺国家との同盟を結んだりしているのである。
そんな相手に、このバカ(グレゴリオ)はジェネシスの名前を出した……?
「カッカッカッカ! お前も結構面白いな! なんだ、やるじゃねえか。気に入ったぜ!」
やんやともう1人のバカ(エンリケ)がはやし立てる。
グレゴリオもグレゴリオで、「ふっ、そうでもありませんよ」と満足げな返事。
アットホームな雰囲気で、部屋の中の空気はだいぶ暖まっていたが。
が、おかしい。
明らかに想定通りじゃない。
ジェネシスとは、仮面の謎の男。
単に一時的な隠れ蓑として、リヨンのイベントでカッコよく現れ何事も無かったかのように去って行く人物。
その予定だったはずのジェネシスは今ものすごいスピードで敵を作りまくっていた。
しかも、全方位で。
嫌な予感。
俺は震える声で問いかけた。
「……ってことは、今回の件って」
「ええ。帝国側はおそらく機だと思ったのでしょう。混乱した王国。そして一見、力を失ったかのように見える我々『明るい夜』。手を打つなら今だ、と。だからこそ、帝国は偽りの条件で会議という罠を持ちかけ、王国側に壊滅的なダメージを与えようとした」
犯人決定。
すべてはジェネシス……の名を借りて、帝国を煽り倒したグレゴリオのせいだった。
「まあ、王国の愚かな貴族どもは甘い餌に誘われたのでしょうねえ。我先に、と本当に救えない愚か者どもです」
そして、人が良いことに定評のあるうちの父上がまんまと甘い餌に引っかかった訳である。
グレゴリオはこの状況を楽しくてしょうがないらしく、美形な顔をゆがませてニヤニヤ笑っている。
「――で、どうされますか? ジェネシスよ」
◆
「え?」
混乱。
今さっき真実をやっと知ったばかりの俺に対し、グレゴリオが尋ねてくる。
「いえいえ、ジェネシス! 私も貴方を陰ながらサポートするようにしていたのですが、貴方はお一人で迷い出たアンデットを倒していた。すなわち――貴方は、帝国が魔法使いを出してくると言うことにも、すでに気がついていたのでしょう」
そう言ったグレゴリオが手を広げ、期待に満ちた眼を向けてくる。
「まあ、挙げ句の果てには、帝国がまさかジェネシスご本人に、ジェネシスの仲間疑惑などというくだらない疑いをかけたときにはさすがに笑いましたけどね。そう言われると王国も動かざるを得ないのでしょうが……クク、ジェネシスご本人に、そんなくだらないことを……」
クックック、と楽しそうに笑うグレゴリオの声を聞きながら、俺は嫌な予感がとまらなかった。
「さすがはジェネシス。その知略はリヨンのときとまったく変わっていませんな――で」
何かを期待するような視線のグレゴリオ。
そして邪悪な男の口元が、にんまりと弧を描いた。
「これから、一体どうされるので?」
―――――――――――――――――――――――――
グレゴリオ
→バカその1。余計なことしかしていなかったクズ悪役。恐らくこの状況を一番楽しんでいる。
エンリケ
→バカその2。グレゴリオに対し、謎に先輩風を吹かす。
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普通の作品は初日に売れて少しずつ下がっていくはずが、なぜか『クズレス』はジワジワ売れているらしい。
元々まともな作品じゃ無いとは思っていたけど、何で売れ方もちょっと変なんだこの作品……。
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