第43話 祭りの匂いがしてきたな




「この魔力……一体ここで何が……!」


 辺りは騒然としていた。

 もはや誰もこっちの尋問のことなど頭から抜けているようである。


 たしかにそうだろう。


 月が赤く染まっている。


 が、正しく言えば、違う。

 月が赤くなっているのではなく、城を中心にドーム状に魔力が覆っており、それが中にいるということ。


 これが第8位階魔法――『楽園堕とし』。

 

 俺はその効果をよく知っていた。

 この魔力に覆われた領域の中では、術者はアンデットの無制限召喚を可能とする。


 本来、死霊魔法には死体や儀式など多くの準備が必要となるのだが、それが一切に不要になるのである。


 魔法の持続時間は太陽が昇る――つまり、夜明けまで。


 この魔法は、満月の夜にしか使用できない。

 だから夜明けまで耐え切れれば、この城を覆っている魔力も消え去る。


 ただ、そこまで持ちこたえられる可能性はごくごく低いだろう。

 元々呼び出されたアンデットも生者をアンデット化させるので、何も対策をしなければ、物の少しのうちに街はアンデットであふれかえることになる。


 まさしく、死霊魔法の極地点。


 8位階魔法は『ラスアカ』世界でも屈指の魔法であり、作中ではこう評されていた。


 ――常人にはたどり着けない領域。条件次第では1人で1都市を堕とせる、とも。

 

 域外魔法のように生まれつきレアなのではない。


 普通の人間には、第8位階まで極めることが困難だからである。

 と、でなければ。


「……エルド・フォン・フォーエンハイム」


 俺は思い当たる名前を小さくつぶやいた。

 その術者は、帝国の死霊魔法使い。


 対応するアルカナは、【女教皇】。

『知性』を意味する。

 

 彼女は一見するとただの可憐な美少女だが、その本質は魔法こそがすべて、と考える傲慢な原理主義者で、魔法が使えない人間をなんとも思っていない。


 肉体の年齢も10代で固定しており、そのすべてを魔法の研究に捧げていている。 

 まさに危険人物・狂気の魔法使いである。


 原作では、同じく満月の夜に王国に単身乗り込んできて、死霊魔法の特性と『楽園堕とし』の物量を使って、王都をめちゃくちゃにしていたという強者。


 実力は、カルラ先生と同格と言っても良いだろう。

 その時は、ジーク君、カルラ先生、イーリスと実力者がそろっていたにもかかわらず、崩壊一歩手前まで主人公たちを追い詰めていた。


 かろうじて、その戦いの時には、ジーク君がある特殊な魔法を唱えることにより、なんとかなったのだが……

 



 そして、なぜかそんな危険人物の魔法が顕現してしまっている。


 だが、今は誰もいないのである。

 ジーク君だって修行を始めていないし、カルラ先生だっていない。


 ……く、狂ってる。

 主人公まだ何も準備整ってないんですけど……。


「何かわからないけど嫌な予感がしますね……騎士団、一旦中庭の方に出ましょう。事態を把握しなくては」


 エラステアは城を中心とした作りになっており、さらに城の中心である中庭には、大聖堂がそびえている。

 中心部に行って状況を把握する、という判断だろう。


「ウルトス殿。申し訳ないですが、あまりに危険すぎます。ここは私たちに任せてこの場にとどまってください」


 こうして、呆然とした俺を残してクリスティアーネたちは去ってしまった。






 クリスティアーネも強いので大丈夫……と言いたいが、そうとは言い切れない。

 ここで重要になってくるのがアンデットの特性である。


 アンデットは種族的に斬撃無効や打撃無効などの能力を持つ物も多い。


 そう。

 アンデットは近接武器を使用する人間にとっては、かなり厄介なのである。


 もちろん……クリスティアーネなら死にはしないだろうが……。





 呆然と待つこと数分。

 扉が開いた。


 やってきたのは、安全を確保した王国中央騎士団……ではなく、帝国の人だった。

 

「おやおや、まだ生き残りがいたとはな」

「どうする? どこかに連れて行くか?」

「いや、作戦は始まったばかりだ。そういえば、城には地下牢があるんだろ? そこにでもおいておこうぜ」








「じゃあな」


 ドサっと音とともに衝撃が走る

 ロープで簀巻きにされた俺はあえなく、地下の牢屋に入れられていた。


「くっくっく、お前は運が良い。死者の饗宴を拝めるんだからな」


 と、帝国のモブっぽいやつが威勢のいいことを言って来る。


 ……つ、辛い。

 何が辛いって、「死者の饗宴」とはおれがジェネシックレコードとか言って適当に抜かしていた話だからである。

 ……もう二度と余計なことは言わない方が良いな。あまりにもフラグ過ぎる……。


 男たちも去って行ってしまった。




「もう何が何だが……」


 訳がわからない。

 地下の冷たい石の上で必死に頭を巡らせる。


 外はそろそろアンデットがうようよし始めるころだろう。

 そしてジーク君は??


 彼は生きているのだろうか??

 と言うか、なんでこんなことになっているのだか????


 おかしい。

 俺のモブ生活が異様な速度で遠のいていく……。






 そして悲しいことに、ここにいるはずのない男――エンリケの声が聞こえてきた。


 あんな万年中二病痛い系おじさん冒険者の声が飢えているはずも無いと思うけど、人間追い詰められるとエンリケのような人間でも恋しくなるのだろうか???


「なあ坊ちゃん」


 妄想にしては嫌にうるせえ。 

 こっちは集中して対策を練っている最中なんだからいくら妄想でも黙っててほしい。


「外は面白くなってきたな。祭りの匂い――このエンリケの大好物だ」


 はいはい、よかったねー。祭りだね祭り。

 俺も大好きだよ。ただこんな死者の祭りは、遠巻きに見ているのが好きだけどね。


「まさか帝国が仕掛けて来るとはなあ。だが、アンタは最初に帝国産の茶葉を呑んでいた。全ては坊ちゃんの読み通りって寸法かい」


 しかし、妄想にしてはやけにペラペラ話しかけてくる。

 それに弱いくせに口調だけは一丁前なところも完全に似ている。


 そして訳のわからない深読み。


「まったくよお。アンタは本当に面白い星の下に生まれているよなあ」

「は?」


 ……俺は嫌な予感を感じた。

 顔をそのまま上げて、牢屋の奥の方を見る。


「……うそん」



 カッカッカ、というダサい笑い声。


 開いた口が塞がらなかった。


 なぜなら牢屋の奥には俺がよく見知った男――エンリケが座っていたからである。



「さて、この『鬼人エンリケ』の力が必要になってきたんじゃあねえか」

 

 坊ちゃん、と男が笑う。


 まるで。

 さも重要人物みたいな口ぶりで。



 …………。







「え、なんでお前がここにいるの?」





―――――――――――――――



エンリケ

→忠犬エンリケ公。たしか20何話くらいに一瞬登場していた。満を持しての登場。坊ちゃんには「お前」呼ばわりされた。



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